[さよなら]



 ルシアに連れて来られたのは、会議室だった。
 彼女の手によって開かれたドアの先には、炎の運び手の中枢メンバーが。
 それを目には、これみよがしに溜息をついてみせた。ルカはといえば、とある人物を目にし、今まで見た事もないほど思いきり顔を顰めている。

 「さん。こちらが、ササライさんとディオスさんです。」

 ヒューゴが仕切っているのか、男を二人紹介してきた。だがこれも予想通り。
 顰め面をしているルカを見て見ぬフリしながら、平然とササライに歩み寄り、ニコリと微笑む。

 「初めまして。僕は、ササライ。」
 「ササライ様の側近の、ディオスと申します。」
 「だ。宜しく!」

 にこやかに右手を差し出し、握手を終えると───その最中にササライが、一瞬眉を寄せたが───、一歩引いてヒューゴを見つめる。すると彼は、視線を大理石に落として苦々しい顔。
 ・・・・もう時間は残されていない。故に、自分の方から切り出した。

 「ヒューゴ。」
 「え、あっ、はい?」
 「俺に、何か聞きたい事があるんじゃない?」
 「えっ…」

 核心を突いてやると、彼は怯んだ。「言えない事は、黙秘するけど。」と付け足して笑みを深めると、彼は戸惑ったような顔をしていたが、ルシアにポンと肩を叩かれ腹を決めたのか、問うてきた。

 「…今さらですけど……さん。あなたは、破壊者と呼ばれる者たちと、どういった関係なんですか?」

 ・・・・本当に、今さらだ。だが当然の質問でもある。逆に、どうして今までそれを問われなかったのか不思議に思うくらい。
 何か事情があって、と、それまで遠慮してくれていたのかもしれないが、流石にもう誤摩化しはきかない。あのブラス城の戦いで、この中のメンバーのみならず、全ての仲間達にさらけ出してしまったようなものなのだ。そして噂されているのだろう。『運び手の一員が、破壊者と密通している』と。
 だから彼には、炎の英雄を継いだ者として、それを問う責務があるのだ。

 だがは、首を振って答えた。

 「……悪いけど、それは、黙秘させてもらうよ。」
 「なっ、どうしてですか…!?」

 言えるわけない。・・・・言えるわけないじゃないか。
 『彼らは、自分の家族である』などと。

 苦しいことではあるが、運び手の者たちは、家族の巻き起こした戦争で大切な者を失った。その身内である自分が『真実』を告白したとなれば、運び手側は混乱するだろう。
 自分がここから居なくなれば解決する問題を、わざわざ真実を教えて混乱を招き、いらぬ動揺を与える必要も無い。最終決戦を前にして、それだけは、どうしても避けたかった。

 それに、形式上『敵ではない』と言ったものの、彼らにとって完全な味方かと問われれば、答えは『NO』だ。何故なら自分は、彼らの憎むべき『敵』を救おうとしているのだから。
 それが、この地に来た時からの『目的』なのだから・・・・。
 だから、言えなかった。

 するとルシアが、ヒューゴの前に出た。

 「…。」
 「ん?」
 「黙秘するのは、構わない。だが…」

 続きを問わなくとも、彼女が何を言いたいかぐらい見当はつく。炎の運び手には居られなくなるぞと、そう言っているのだ。
 彼女は、自分の疑いを晴らそうとしてくれている。そのチャンスを与えてくれている。それなのに、それを黙秘して突っぱねるなど、彼らの問いに肯定しているようなものだ。それは分かっていた。
 だが、一度仲間達から疑われてしまえば、その信頼を回復するのに相当な時間をかけなければならない。けれど、自分の『目的』を遂げる為の時間は、残念ながらもう無い。動くなら、もうこの時しかないのだ。

 彼等の信頼と、ルック達の命。どちらを天秤に賭ける?
 ・・・・・・即決だ。自分は、迷わずあの子たちの命を選ぶ。

 もう二度とこの地に戻る事が出来なくとも、あの子たちが生きていてくれれば、それで良い。自分にとっての生き甲斐は、あの子たちなのだ。あの子たちが、この世界で生きていてくれる事こそ、今の自分にとって最上の救いなのだ。
 それが、例え炎の運び手の者たちに恨まれる結果になったとしても・・・・。

 それに自分は、取り戻した。記憶と呼ばれる、歴史に関する事柄を。
 そして今は、それを活用出来るだけの力を持っている。馴染んだこの場所を離れるのは、正直いえば名残惜しい。だが、いつか離れる時が来るのだ。

 更に言えば、ササライという男と行動を共にする、というのは考え難い事だった。下手に同じ組織にいれば、いずれは勘付かれる。
 決戦を前にそれと知られることで、周りに混乱を招くのは宜しくない。彼に個人的な恨みはないが、彼の属する国に対しては、昔、相当手酷い目に合わされた事がネックになっている。これもまた事実である。

 そう考えていると、横合いから声がかかった。

 「…………待て。」
 「ゲドさん?」
 「…………こいつは……敵じゃない。」
 「でも…」

 唯一、言葉として自分の肩を持ってくれた男に、そっと目を向けた。
 ゲド。50年前からの友人として、彼は、いつも自分を気にかけてくれていた。昔も、そして今この時ですら。

 「こいつは……セナイ山で…………破壊者達と戦った。」
 「え…?」
 「………クイーン。」

 彼が目配せすると、黒髪の女が一つ頷く。

 「あぁ、そうさ。は、あたしらが破壊者に負けた時に、剣を取って戦ってくれたよ。ねぇ、エース?」
 「あ、あぁ! すっげぇ強かったぜ!」

 エースまでも巻き込んで、クイーンが笑った。
 確かに、真なる雷の紋章は奪われてしまったが、破壊者と呼ばれる者たちと戦ったのは、事実だ。だが、彼らも気付いているはずだ。自分と破壊者が、近しい間柄なのだと。
 あれだけの「帰ろう、帰ろう」と言う場面を見せてしまったのだから、気付かない方がおかしい。
 しかし彼等は、一番大切な部分を省いて、自分をここに残そうとしてくれている。思わず目頭が熱くなった。

 「…ヒューゴさん。ゲドさん達も、そう言っていますし……。私も、さんが破壊者と密通するとは思えません。」

 そう言ってくれたのは、アップルだ。

 「まぁ…そうだろうな。それに、こいつぐらいの力があれば、そんな面倒な事をせずとも、すぐに私達の寝首を掻く方が早いだろう。」
 「ほーら! だから言っただろ? アップルさんが『大丈夫』って言ってるんだから、心配ないってさ!」

 続いたのは、ルシアとシーザー。
 けれど・・・・

 「……ありがとう、皆。でも、俺たちは……もう、ここに居る事が出来ないんだ…。」
 「?」
 「そんな、どうしてですか?」

 声を上げたのは、ゲドとアップルだ。二人とも、どうしてそんな事を言うのかと自分を見つめている。
 隣にいたルカは、何やら思う事があったようだが、口を挟んで来ることはしない。残ろうが居座ろうが、彼にとってはどちらでも良いのだろう。

 「ごめん、二人とも。でも、俺は…………これから、どうしてもやらなきゃならない事があるんだ…。」
 「そんな、どうして…!?」
 「…ヒューゴさん。」

 声を荒げたのは、ヒューゴ。そして、そんな彼を止めたのはアップルだ。
 彼女は、戸惑いを隠せない彼に、小さく首を振ってみせた。



 アップルは、知っていた。
 15年前の戦争中、共に戦った『ルック』が、破壊者であったことを。
 他の者にそれを聞いた時は、正直耳を疑った。彼が? 有り得ない! と。

 あの頃、彼は、彼女と常に行動していたし、何より彼は、彼女をとても大切にしていた。
 絶対に本人は首を縦に振らないだろうが、彼女が悲しい顔をしていれば常にその隣にいたし、彼女が笑えば静かに口元を緩めていた。
 それは、あの頃からアップルにも分かっていた。

 そして彼女は、以前、言っていた。『家出少年を探し中』と。
 それがルックである事も、勿論知っていた。だからこそ、彼女の目的が『彼を止めること』なのだと、『彼が破壊者にいる』と聞いた時点でようやく理解した。

 でも、その事情を知らぬ運び手の者たちに、知らせる事が出来なかった。彼女は、ルックを止めようとしている。救おうとしている。
 しかし、この戦で失われた命の多さを考えれば、その代償は、決して安いものではない。彼女は、きっとそれを誰より分かっている。痛い程に。
 まして、それが身内のしでかした事であるなら、尚更・・・。

 破壊者の命を救おうとしている。そう分かれば、一部の運び手は、彼女をただでは済まさないだろう。彼女が負ける事など無いのだろうが、自らその渦に巻き込まれるほど、彼女は馬鹿ではない。アップルは、そう思っていた。
 だから彼女は、ここを去るのだ。運び手側にも、破壊者側にもつかずに。

 ただ、無心に『家族』を止める為に・・・・。



 「アップルさん…。」
 「さんが、そう言うんですもの。私たちが、どうこう言う問題では無いでしょう?」
 「でも……」

 優しくヒューゴを諭すアップルに、は、視線で礼を言った。ありがとう、そしてごめんと。彼女は、微笑んでくれた。
 だが、それに気難しそうな顔をしたのは、それまで黙って事の成り行きを見ていたササライだった。

 「きみ達の話している事は、僕には良く分からないけど…。戦力が減るのは、心もとないね…。」
 「そうですねぇ…。」

 彼の真意は測りかねたが、賛同したディオスは、先ほどの会話を聞いて『とルカという男は、相当戦力になる』と思ったのだろう。高い鼻筋を撫でながら、もったいないと思案顔だ。
 しかし、その懸念を打ち破ったのは、アップルだった。

 「…大丈夫でしょう。お二人の代わり、と言っては何ですが…。戦力になる方々なら、さんが、残していってくれるでしょうから。」

 ね? と笑いかけてくる知的な女。その言葉で『戦力になる方々』を直ぐさま思い浮かべ、思わず苦笑い。当人達の了承無しに、気安く「はいそうですね」とは言えないからだ。

 「アップル……それは、あいつらに直接聞い…」
 「僕たちは、構いませんよ!」

 言葉を遮り、後ろからかかった声。見れば、ドアを開けて入って来たのはだ。

 「……」
 「あなたの代わりに僕たちが、彼らに協力します。安心して下さい!」

 ですよね? と、彼が、その後ろに続くに笑いかける。それに「そうだね…。」と返答しながら、が静かに微笑んだ。

 「…。」
 「…ここは、僕たちに任せて下さい……。あなたは……あなたの成すべき事を…。」
 「………ありがとう、二人とも。」

 静かに言葉を紡ぐ少年に礼を言って、ルカに視線を向けた。彼も『分かっている』と言いたげな顔をして、マントを翻し、扉に手をかける。
 去り際、は、自分の正体を知る者たちに、一瞬だけ目を向けた。
 『ありがとう』と『さよなら』を込めて。



 閉じた扉の奥から、「って……トラン解放戦争の英雄と、デュナン統一戦争の英雄じゃないか!」という、エースの慌ただしい声が聞こえた。