[未来の応用]



 会議室を出て、自室を目指した。が、そこに居ると考えて。
 ルカを部屋の前に待たせて中に入ると、案の定、彼は椅子に腰掛けており「待ってたよ。」と微笑んだ。

 「…」
 「……もう、俺の名前は、必要無いみたいだな。」
 「うん。ありがとう……本当に。」
 「……きみの為なら、どんな事でも。」

 微笑む彼に笑みを返しながら、僅かな旅荷を纏める。元々、そこまで荷物になる様な物は持って来なかったので、すぐに終えた。

 「……。」
 「うん?」
 「私は………ここを出るから…。」
 「うん。だろうと思った。」

 名を彼に返すことは、即ちここから先は、誰とも関わりを持たないという事だ。
 だが彼は、困ったように笑った。

 「それで……ここを任せても、構わない?」
 「あぁ、お安い御用さ。」
 「それなら……。一つだけ、頼みがあるんだけど…。」
 「ん、なんだ?」

 不可解な顔をした彼に、は、深呼吸して話し始めた。






 頼み事を言い終えると、彼女は、直ぐさまルカを呼び、あっと言う間に転移した。「それじゃあ、宜しくね。」と笑みを残して。
 それを見送ってからは、会議室に足を向けた。彼女に頼まれた事を、即座に実行する為に。

 「やぁ、お邪魔するよ。」
 「あっ…」
 「……。」

 扉を軽く叩いて部屋に入ると、まず目の前に居たのは、。二人には、あらかじめ『は、俺の名を名乗っているから』と言い含めてあったので、名前を出す事なく視線だけを向けて来た。

 「…何か……あったんですか…?」

 が僅かに首を傾げたが、緩やかに笑うだけに留める。も『どうしたんだろう?』と言いたげな顔をしていたが、自分がシーザーに視線を向けたため、口を挟む事は無かった。
 自分を知るアップルが、視線で『大丈夫なんですか?』と問うて来たが、小さく頷いて見せた。

 「この軍の軍師は、きみで良いのか?」
 「あ、あぁ。確かに俺だけど……何だ?」
 「大事な話があるんだ。」
 「……っていうか、あんた、誰だ?」
 「俺? そうだな……。まぁ、今は、訳あって名乗れない。」

 余裕をもって微笑むと、シーザーが苦い顔をした。名前を明かせないと言われれば、致し方のない事か。しかし、これから話す事を信じてもらえなければ、意味がない。
 それなら、こう言ってみようか。

 「一つだけ言えるとすれば……今から話すことは、きみ達『炎の運び手』にとって、とても有益な情報だ。」
 「何だって…?」

 淡々と言うと、彼が声を潜めた。有利な情報と言ってやったが、は別として、彼らは自分の名前すら知らない。そんな正体不明の男の情報を、簡単に信用出来るはずがないか。
 それならば、と、再度口を開こうとすると、横合いから声がかかった。

 「そいつの言う事なら、信じても良いはずだぜ?」

 背の高いブロンドの男。だが生憎、自分はこんな男は知らない。
 すると、ブロンド男の背後から、見知った顔が姿を現した。

 「……シエラ?」
 「ふん。久しぶりさのぉ…。」

 そこで『成る程』と思った。なぜ彼女がこんな所に居るの知らないが、きっとあのブロンド男に伝えてくれたのだろう。『自分の話を信用しろ』と。

 「まったく、驚いた。きみが、こんな所に居るなんて…」
 「ふん、わらわに感謝せい!」
 「あぁ、本当だ…。本当に、きみには頭が上がらないよ。」

 素直に礼を言って、シーザーに向き直る。そして、話し出した。
 大空洞の北に位置する遺跡で、自分達が優位に立てるであろう『戦闘形態』を。






 「本当に…………信じて良いんだな?」
 「あぁ。とは言っても、元は、俺発信の情報じゃないけどな。」

 シーザーが、渋顔をしながらも納得した。
 が、彼に伝えた情報。それが彼女からの伝言だった。
 何故、彼女がそんな事を知っているのか知る由も無いが、『それが絶対に優位に立てる陣形であり、何より被害が少なく済む方法だ』と言い切られてしまっては、下手に口を挟むことも出来ない。

 彼女の言葉は、こうだ。

 『シンダル遺跡での戦いの際、ユーバーは中央に、セラは向かって左翼に陣取る。』
 『だが、彼等を取り巻く兵士達は、全てセラが造り出した幻影だ。運び手は二手に分かれ、左陣は、セラの作る幻影の足止めをしろ。』
 『本隊は、右陣より攻め上がり、ユーバーに直接仕掛ける事なく魔法攻撃を中心としろ。』
 『ユーバーを倒せば、必ずこちらに勝利の旗が掲げられる。』

 これが最後の戦いになるだろう。そう言って、破壊者たちの陣形を、彼女は事細かに自分に教えた。そして、それを余すことなく必ずシーザーに伝えて欲しい、と言った。
 表向きは、これで彼女の頼み事を終えたことになる。しかし、それには続きがあった。だが今は、それを運び手の連中に伝えることは控えた。それも彼女が望んでいた事だからだ。

 「敵を欺くには、まず味方から…か。まったく、よくやるな…。」
 「ん? なにか言ったか?」
 「いや……なんでもない。」

 彼女の立てた計画。
 を促して、訝しげなシーザーを横目に「それじゃあ、用があったら呼んでくれ。」と言い残して、会議室を後にした。






 「それじゃあ、結局……あれは、さんが?」
 「あぁ。」

 部屋につくと、早速とばかりにに質問攻めにされた。
 一つ一つ答えていると、次に

 「……彼女の言ったことは………本当に、それだけですか…?」
 「……………。」

 やっぱり気付いたか。
 そう思いながら、黒く哀しい色の瞳に見つめられて、苦笑いしながら両手を上げてみせる。
 そして椅子に腰掛けて、話した。

 「……きみ達には、話しておいた方が良いな。」
 「僕らに?」
 「…彼女に……なにを…?」

 「まず、前置きさせてくれ。どうしてが、ルック達の陣形を知っているのか、俺は知らない。」
 「聞かなかったんですか?」
 「あぁ。聞けなかった。」
 「…………。」

 の質問に耳を傾けながらも、は沈黙を保っている。

 「だが彼女は、はっきりと『あいつらは、必ずこの陣形で来る』と言い切った。俺もそれを信じてる。」
 「僕も、さんの言う事なら信じます。」
 「あぁ。それで、これからが本題なんだが…。彼女は、『それでも、何がきっかけで”運命”が変わるか分からない。何か不測の事態が起きた場合は、自分が相応の対処をする』と言ったんだ。」
 「………不測の……事態……?」

 「彼女の言葉の意味を理解するには、情報が足りない。推測も出来るにはできるけど、時間の無駄になるだけだと思う。でも、俺は彼女を信じているし、無理に問おうとも思わなかった。」
 「そうですね。」
 「……僕も……彼女の言葉を…信じます…。」

 「よし、決まりだな!」

 二人の顔をゆっくりと見て、腰を上げた。が、が待ったをかけてくる。

 「さん…。でも、彼女は………どうやって助太刀するつもりなんですか…?」
 「うーん。悪いが、それは俺も聞かされてない。彼女は、『大掛かりな事をするが、すぐに終わるから、心配しなくても良い』としか言わなかったんだ。」
 「大掛かりなこと?」

 が、眉を寄せて首を傾げた。その子供っぽい彼の仕草に苦笑しながら、は、「たぶん、一瞬で敵を殲滅するんじゃないか?」と返してやる。彼は、どうやらそれを冗談と取ったようだ。
 しかし、は、本気でそう言った。彼女の『新たな能力』を聞いて、本当にそれをやって退けるのだろうと。

 『創世の紋章か…。まったく、きみは、とんでもない代物を手に入れてしまったんだな。』

 ふと窓の外を見やれば、サァ、と風が入ってきた。物悲しさを纏いながら。
 それを感じながらは、小さく「その力を解放しなくて済むように、俺たちが頑張れば良いだけだ…。」と呟いて、扉を開けた。



 グラスランドを覆う、この戦いの終焉が、すぐそこまで近づいていると感じながら。