[殲滅]



 炎の運び手と、そして、破壊者による最後の戦いが始まった。
 これで、全てに決着がつく。

 シーザーやナッシュ、そしてアップル以外の面々は、本当に『情報』とやらを信用しても良いものか? と半信半疑であったようだが、の言葉通り、破壊者は中央にユーバーを、そして左翼にセラを配置してきた。
 本当に言われた通りの配置ぶりに、シーザーは、苦い顔をしながらも唸った。

 「凄いな……。でも、どうして…」
 「…シーザー。今は、そんな事よりも、勝利を収める為にその頭を使いなさい。」
 「アップルさん。分かってるけど…」

 それ以上彼に何も言わず、アップルは、敵部隊を見つめた。誰がに『敵の布陣』を教えたのか、何となく分かってしまったからだ。
 では、何故それを知っている? と思ったが、これまで生きてきた中で理解し得ぬことなど五万とあったし、その考えもまた『落ち着いた』と言われる所以ではあったが、にそう言われた事を思い出し、思わず笑みを零した。

 「それじゃあ私は、左陣に指示を与えていくから…。」
 「…分かった。俺は、ヒューゴ達と一緒に、あのユーバーとかいう黒い奴を相手にする。」
 「えぇ。…武運を祈っているわ。」
 「アップルさん…。うん、俺も…。」

 笑みを交わした後、アップル率いる『足止め部隊』は、左回りに。
 そして、シーザー率いる『本隊』は、右回りに軍を進め始めた。






 戦場は、大混戦になっていた。
 セラという魔女の造り出す幻影が、次から次へと生産され続けたからだ。
 それを目にし、とパーティを組んでいたは、額に流れる汗を拭いながらそっと息をついた。

 「どうしたんですか、さん?」
 「あぁ…。左陣の方は、上手く足止めしてくれてるみたいだけど、こうも大量に『生産』されるとな…。」
 「確かに……キツいですね。」

 も、それぞれ獲物を振るいながら、一向に減る気配のない敵部隊に眉を寄せている。他の部隊を見れば、個々に相手を撃破してはいるものの、皆、疲労の色が濃い。
 『出来るなら、セラの部隊に攻撃を仕掛けて欲しい』と前線の部隊に伝えたが、左陣に回った者達には、少し荷が重いかもしれない。

 が姿を消す前に「部隊の割り振りは?」と聞いてみたのだが、生憎彼女は、少し考えてから「…任せるよ。」と言った。それは、『軍師殿にお任せする』という意味合いであったのだろうが、残念な事に、ユーバーを撃破するためだけに、本陣に戦力を割り振り過ぎた。
 自分が割り振りを行えば良かったと臍を噛んでも、もう遅い。それに自分が前に出ることは、きっと良くない事だろう。
 可哀想なことに、今ごろ、後方にいる若き軍師は、己の力量不足を悔やんでいることだろう。

 「まぁ……誰の所為でも無いからな…。」

 自嘲気味に呟いた直後、遥か遠い左陣の方角から歓声が上がった。
 やったか? と思ったのも束の間、アップルから自部隊へ向けて、伝令が駆けて来る。

 「どうした?」
 「それが……敵が、後方から責めようと、左陣の方へ部隊を積極的に当て始めたので…」
 「…なるほど、そう来たか。。こっちに来てくれ!!」

 二人を呼び寄せ、伝令兵に「俺たちが救援に向かうから、ヒューゴ達にもそう伝えてくれ。」と言って、左陣めがけて走り出した。






 炎の運び手と、破壊者の軍が入り乱れる、最中。
 その全貌を見渡せる場所で、は、ルカと共に立っていた。

 「やっぱり……歴史通りにはいかないか…。」
 「……しかし、見事なまでの陣形だな。」

 呟くと、隣に立っていたルカが、鼻を鳴らしながら皮肉る。
 この時を知っていたはずなのに、自分が介入した所為なのか、全く思う通りにならなかった。でも、それを嘆いている暇はない。

 「やるしかないよね…。」
 「……何をする気だ?」

 不測の事態が起きたならば、自分が助太刀する。そうは言ったものの、ここまでの惨状になるとは思わなかった。だが元はと言えば、こうなってしまったのも自分の責任。本来なら圧勝出来るはずの戦いを、自分がそう伝えた事で、バランスを崩してしまったのだろう。
 その責任を取る為に、自分に宿るこの紋章を使わなくてはならない。

 ゆっくりと右手を上げながら、「少し下がってて…。」と言うと、彼は一歩離れた。

 右手に意識を集中し『門』に呼びかけた。
 すると、大地の紋章を押しのけて、創世の刻印が現れる。その刻印は、次第に形を変えていき、『門の紋章』の刻印が、はっきりと浮かび上がる。
 それは、師である彼女の所有する、表裏の『裏側』。入り口と言われており、召還された魔物達を、本来あるべき世界へ帰すことも出来る。
 裏の門の刻印は、淡い光を放っていたが、次第に大きく渦巻きだし、目を開けていられない程の強い光となっていく。

 「さぁ、裏の門よ…。我が呼びかけに応じ、我が前に立ち塞がるあれら異形の者を、あるべき場所へ返せ!!!!」

 その光を、自分の見下ろす戦場へと解き放った。



 光が収まると、混戦状態となっていた場所にいた魔物達は、跡形もなく姿を消していた。
 それを見て、上手くいったと思わず口元を緩める。
 隣を見れば、ルカが目を丸くしていた。

 「おい、今のは…?」
 「さーてと…。あの子たちが召還した奴らには、お帰り頂いた事だし…。」
 「おい、待て! いったい貴様、何をしたのだ?」

 問いただそうとする彼に視線を向けて、緩やかに笑い、言った。
 「さて、行こうか。」と。






 「今の光は、いったい…。」
 「まさか……?」

 アップルの所へ向かおうとした矢先、突如巨大な光が戦場を覆ったのを期に、その場に居た者すべての行動が止まった。その光は、目を開けていられないほどに強く、仰々しいものだった。
 光が止み、目を開けると、まず第一声を放ったのは。そして、光の所以に思い当たったのか、静かに呟いたのはは、そんな二人に頷いてみせた。

 「あれが、たぶん……の言ってた『助太刀する』って意味だろうな。」
 「でも……今の光は……昔…。」

 の疑問。それは、尤もな事だった。18年前の戦で、彼は、その光と酷似するものを目にしている。そして、それが『門の紋章の片割れ』であることも。しかし、それを継承している彼女の師は、あの塔から出る事はない。
 それなら、あの光の正体は・・・・?

 「さん…?」
 「。それは、この戦が終わった後に話そう。」
 「……そう、ですね…。」



 彼女の持つ紋章は、”共鳴”を終えた相手の物ならば、継承者が変わらない限りいつでも使用可能になる。彼女本人から聞いていた事だ。
 しかし、それを彼に伝えるのは、後で良い。そう考えて、は先手を打った。

 すると突然、が驚きの声を上げた。すぐに彼に視線を向けると、「敵が居なくなってます!」と、目を丸くしている姿。
 それを見て、も苦笑した。「戦闘が楽になったんだ。それ以上、何も考えなくて良いんじゃないか?」と言いながら。

 と、シーザーからの伝令兵が、息を切らせながらやってきて、「敵部隊が消えたので、正面から乗り込むようです!」と言った。「すぐに行く。」と返して、ふとは、遥か彼方にそびえる山々に目を移した。
 何となく、彼女が、その方角に居るような気がしたからだ。

 「さん、どうしました?」
 「あ、あぁ……なんでもない。」

 心配そうなに笑みを見せて、もう一度、その方角へと目を向ける。もう彼女はそこにいないだろう。彼女は、既に、これから自分達の目指す遺跡の中へと入り込んでいるはずだ。

 「……さん……行きましょう…。」
 「…そうだな。とっとと行って、ルックの奴を止めてやらないと。」
 「はい! 絶対に、ルックを止めるんです!」

 深く頷いて、は、シーザーの伝言通り、シンダル遺跡に向けて歩き出した。