どれだけの者が 大切な人を亡くしたのだろう?
 どれだけの者が 傷つき涙を流したのだろう?
 どれだけの者が 苦しみや悲しみに嘆いたのだろう?

 大空洞の北に位置する シンダルが残したとされる 遺跡
 その場所で 今 終焉を告げる鐘が 高らかに鳴らされようとしていた
 108の想いをかけた戦いが 幕を閉じる・・・・

 ”運命”と
 そう呼ばれる歯車は 緩やかに
 けれど 確実に・・・・・・・その動きを止めようとしていた



 [崩壊─Side H─]



 ふと、誰かに呼ばれた。「」と。
 それは聞き慣れたような、でも自分にとってなくてはならない”声”だった。それが誰の物であったか思い出そうとしてみるも、朦朧とする意識が邪魔をする。

 誰が呼んだ? 私の名前を。
 誰が・・・・・・・教えて。

 焦点が定まり始めるよう、意識が纏まっていく。ゆっくりと。
 そしてそれが完全と成った時、ようやく目を開ける事が出来た。

 「…?」
 「大丈夫ですか、殿?」
 「っ……。」

 視界の先には、ハルモニアの神官将とその付き人。光に栄えるはずの青と白の衣服は、この薄暗い遺跡の中で酷く朧げに映った。
 ゆっくり身を起こして額に手を当てる。べっとりした汗が、先の頭痛がいかに激しいものかを主張していた。

 「大丈夫かい、?」
 「殿、足が…!」

 ササライが心配そうな顔で自分を覗き込み、ディオスが足の怪我を目にして口元を押さえている。
 ・・・・能天気な奴らだ。自分がルックと知った仲であるというにも関わらず、それを感じて尚、自分の心配が出来るというのか。
 だが、返事をする気も起きなかった。それよりも・・・・・

 「…ササライ。」
 「?」

 彼は、僅かに首を傾げて「どうしたんだい?」と言った。心底心配しているような、その表情。この少年の温厚さが伺える。
 しかし今は、そう思っている時間的余裕など無い。少年の右手で淡く光る紋章を目にし、心がざわめいたからだ。
 祭壇から紋章を取り戻すまでには、封印から考えて半刻はかかる。その紋章が今、彼の右手に存在している。あれから半刻過ぎている。
 でも、それより・・・・・今、自分の頭を支配している疑問を、彼に問わなければならなかった。唇が震えたが、それを必死に押し隠して問う。

 「……俺が、倒れてから……………どれぐらい経った?」
 「きみが倒れてから、かなり…。」
 「っ…!」

 咄嗟に立ち上がった。足に力を入れたため、自らつけた傷から血が流れたが、痛みは気にならない。頭は、痛みを認識することも忘れていた。
 血に濡れた愛刀を鞘に収めて、右手を掲げる。

 「ちょっと、……!」

 僅かな疑心。それに重ねて、不安そうな瞳が自分を見つめている。
 ・・・・でも、悪いけど、あんたらに構ってる暇は無い。
 宙から落ちた光の波紋を見て、ササライが目を剥いた。

 「それは…!」
 「…ササライ……俺から離れろ。」

 彼の言葉を無視し、有無を言わさぬ口調で言い放つ。低く地を這うような声で。
 対しササライもディオスも、自分の威圧感を感じたのか、後ろへ下がった。ピリとした空気が、全身から放たれていたのだから。

 「きみは……いったい…」
 「ササライ様! 危ない!!!」

 ドォン!!!!!

 問う間もなく、ササライは、ディオスに突き飛ばされた。尻餅をつき、咄嗟に自分が居た場所を見ると、そこには大きな岩が。部下が突き飛ばしてくれなければ、命を落としていた。
 彼に礼を言い、ササライは、青のコートを纏う者へ目を向けた。だが様子がおかしい。その音を聞いた瞬間、肩を引き攣らせ、顔を強ばらせたのだ。

 「、どうし…」
 「そんな……もう…!?」



 は、巨大な物音に驚いたのでは無い。『遺跡が崩れ始めた』事に硬直したのだ。それは焦りであり不安。
 全身が震える。ゾクリとした感覚と共に溢れるのは、今まで経験した事の無い類の、背筋を伝う汗。同時に、全身を覆い尽くすほどの悪寒。

 ガラ、と天井から音がした。
 見れば、巨大な石の塊が、自分目がけて落ちて・・・・
 それを見て、ササライが声を張り上げた。

 「、危ないッ!!!!」

 一瞬の事、だった。
 ササライが、その名を呼び終えるのと同時。

 ドッ!!!!!!!

 固い物が、固い場所に激突する音。それは、辺りに盛大に響いた。
 だが、遺跡が大きく揺れて崩れ始めた中、その場を支配していたのは、静寂。
 落ちてきた、人を一人簡単に潰せるほどの岩の塊は、地面に衝突して粉々に砕け散った。

 「…?」
 「殿…?」

 砕け散った岩の下に、という男は存在しなかった。
 只一つ、その存在を証明してくれるのは、光の波がチャプ、と音を立てて消える瞬間だった。