[崩壊─Side T─]



 崩れ始めた遺跡。
 その中を、二人の少年と一人の青年が、駆けていた。
 、そして、

 脱出を計るならば、彼等の行く道は真逆。がらがらと音を立てて崩れる瓦礫をかわしながら、彼等の目指す場所に間違いは無かった。
 彼等が向かっている場所は、この遺跡の中で最も奥深い場所なのだから。



 数刻前。

 達は、遺跡の入り口で、時が来るのを今か今かと待っていた。
 そして数刻後、遺跡全体が僅かに揺れた。
 彼の者たちが真の紋章を回収し終えたら、向かっても良かろう。そう言っていたシエラが目配せした。『行って来い』と。それを受けて、は、を連れて駆け出した。

 しかし、次々と現れる魔物に行く手を阻まれた。かわしても倒してもそれらは、次々に現れては邪魔をする。まるで見えない何かが、自分達の道行きを阻もうとするように・・・。
 それを時に殲滅し、時に身を翻しながら走った。傷ついても息が切れ始めても、武器を手に道を急いだ。
 それから、更に時間が経った頃。突然、遺跡全体が大きく揺れ出したのだ。

 「くそっ……いったい、どうなってるんだ!?」
 「…次から次へと……!」
 「これじゃあ、キリがありませんよ!!」

 募る苛立ちを隠すこともせず、三人で魔物に切り掛かり、殴り、それぞれの紋章を発動させる。しかし、いくら経っても魔物たちが減る気配は、一向になかった。まるで遺跡の奥に異界の扉でも開いているように・・・。
 三人で円陣を組みながら、武器を振るった。は双剣で斬りつけ、は棍を振るい、は回復呪文を唱え。減ることのない魔物たちによって、時が経つにつれて円陣は狭まり、体力が削られていった。

 瞬間。

 「さん!!!」
 「…!?」

 の声に振り返ろうとするも、目の前には、赤土色のゴーレム。その魔物は、巨大な腕を振り上げており、今まさに自分の全身を殴打しようとしていた。
 『隙は…絶対に見せるなよ…。そういうのが、命取りになるんだ…。』と。あの日、そっぽを向いてそう言った”彼”の姿が、脳裏を過る。

 『俺は…………まだ、彼女を置いて、きみの所へは行けない!!!!』

 少しでも急所を外すため、体をひねろうとした。
 その時だ。

 「伏せろ!!!!!」
 「!?」

 自分達の目指す先から、力強い男の声。だけでなく、もその言葉に身を屈めた。
 直後、頭上で、ゴッ! という音。顔を上げれば、自分を襲おうとしていたゴーレムの頭が、『何か』の攻撃を受けて粉々に破壊されていた。
 いったい、なにが・・・?
 三人が向けた視線の先にいたのは、ルカ。その周りを守護するよう囲んでいたのは、今しがたゴーレムの首を落とした物も含めて、数匹の巨大な銀色の狼。
 それらは、地を這うような低いうなり声を上げて、魔物達を威嚇している。

 「ルカ!!!」
 「……ふん。こんな所でくたばるには、まだ早かろう?」

 彼は、口元を吊り上げながら右手に力を込めた。途端、周りを囲む銀狼よりも更に大きな黄金色の毛を持つ『双頭の狼』が現れる。

 「そ、それは……!」

 それを目にしたが、驚愕した。その狼を知っていたからだ。忘れもしない、15年前の戦争で。だがルカは、彼を見ることなくに言い放つ。

 「……ブタ共の相手は、こいつらで十分だ。貴様らは、俺と来い。」
 「あぁ、助かった。ありがとう!」
 「……ふん、行くぞ。」

 そう言い、ルカが右手を振り下ろしたのを合図に、金と銀の狼たちが、一斉に魔物に襲いかかる。男達は、その混戦を擦り抜けて行く道を急いだ。
 だが、の心は冴えなかった。がその心境に気付いたのか、「先を急ごう…。」と肩を叩き駆け出したが、どうしても足を踏み出す事が出来なかった。

 ふと上げた視線の先。『ルカ』と目が合った。
 彼は、何か言うことも、まして何かしようともせずに自分から視線を外すと、を追うように駆け出す。

 その場に残ったのは、自分と

 「さん…」
 「。それは、この戦いが終わってからでも遅くないだろ?」
 「そう……ですね。そうですよね! 今は、ルックを助けるのが先決です!」
 「あぁ。さあ、行こう!」
 「はい!」

 その名。そして、その右手から放たれた金銀の獣たち。
 あの獣は、確かに『それ』であった。でも・・・・
 その疑惑を確かめるのは、今でなくとも良い。

 そう想い、は、駆け出したを追って地を蹴った。






 それから、一切魔物が現れなくなった。
 気配の無い道を、彼らは、ただひたすら走り続けた。

 と、自分達の向かう先から人影。
 それは、近づくにつれて6人程だとわかった。
 だが、その中の一人を見て声を上げたのは、だ。

 「…フッチ……?」
 「えっ、!?」

 は、彼に問うた。

 「フッチ。ルックは……?」
 「……………。」

 途端、項垂れ口を閉じてしまった彼に、の背筋が凍った。も同様の感覚を得たのか、静かに目を伏せている。
 フッチの表情、そして彼と共に戦ったのだろうヒューゴたちの無事な姿を見れば、結果がどうなったのかは明らかなのだ。

 でも、それでも・・・・!!

 「………行こう…。」
 「……はいッ!!!!」

 肩を震わせるの背に手をやりながら、は、とルカに目を向けた。一同は一つ頷き合うと、運び手の傍を擦り抜けて駆け出す。
 明かりが見える。出口は、もうすぐそこだ。
 背後からは、ヒューゴが何か大声で叫んでいたが、やがて聞こえなくなった。






 「どうして止めるんですか、フッチさん!!」
 「……いいんだ、ヒューゴ。」
 「なんで…! ここは、もうすぐ崩れるんですよ!?」

 崩れいく遺跡を逆走し、最奥の祭壇へと駆けて行った男達を止めようと声を上げたにも関わらず、それを止めた仲間に、ヒューゴは怒りを露にしていた。それでも黙ったまま首を振るフッチに、掴み掛からんばかりの勢いで詰め寄る。
 それを止めたのは、ゲドだった。

 「………やめろ…………ヒューゴ。」
 「ゲドさんまで!!」
 「……あいつらには………その権利が、あるはずだ……。」
 「権利って…?」

 問うも、その答えを述べる事なくゲドが歩き出す。項垂れていたフッチもそれに続いた。
 ヒューゴは、眉を寄せてその『答え』を思案した。
 すると、不意に誰かが、肩に手を置いた。

 「ジーンさん…?」

 戦闘補助としてパーティに入っていた、美しい紋章師。
 じっと見上げると、彼女は、いつもとは違う笑みを見せながら、小さな声で呟いた。
 そして、その言葉が何より重いものなのだと、彼は後に理解することになる。

 「”人”にはね……………言葉にしないことでしか、守れないものもあるのよ……。」