[祝福]
壮大に広がり渡る、森林。
その中心部には、円柱型の巨大な塔がそびえ立っている。
遥か昔に作られたそこは、見目こそ夜闇を表すが、しかし決して魔の住む域ではない。
いつか、そこには、少年と少女、そして女性と男性が住んでいた。
その中で、自分も共に暮らしていた。
賑わいが絶える事はなかった。それが、どんなに外界と隔たれた生活であろうとも。
『彼女』が笑えば、皆、笑顔を見せた。
どんなに時が流れても、『彼女』がいれば、皆、生を嘆くことなく過ごせた。
けれど、それは、”幻想”。
刹那の流れの中に散った、儚き”幻”。
でも、それは、決して・・・・・・・・・”夢”などではなかったのだ。
闇夜を彩る、月明かりの光。
それを控え目に浮けた塔の最上階に位置する、閉ざされたその部屋で・・・・・
塔の主は、独り、過ぎ去った日々を思い返していた。
他でもない、たった一人の少年のことを。
決して開かれることのない瞳の奥に、これまでの日々が、ゆらりゆらりと浮かんでは消えていく。
その部屋の中に、開かれた窓の外から、一つの小さな光の塊が入って来た。
その『光』は、塔の主────レックナートの周りを暫く徘徊していたが、やがてその動きを止め、彼女と向き合うようピタリと止まった。
その儚い光に向けて、彼女は、ゆっくりと口を開いた。
「戻って来たのですね………。」
それに答えるように、光は、小さく瞬いた。
その瞬きは、彼女に何かを問うように、控え目な哀しみを醸している。
「良いでしょう……………私の盲いた目に映るものならば、答えましょう。」
静かに瞬く『光』に呼応するよう、彼女は、紡ぎ出した。
「運命の輪は、重く……それを人の力で回すのは、困難です……。ですが、それは『不可能』を意味するわけではありません……。」
不可能を『可能』にする。それが、”人”という存在なのだから。
「私は、バランスの執行者………涙を持たぬ者…………。」
僅かに震える唇は、いったい、何を堪えるためのものだったのか。
「ルック………神に挑んだ愚かな魂…………100万の命を憎んだ、呪われた魂………………けれど私は、貴方を許し、祝福しましょう……。」
”神”に抗い・・・・・・全ての”命”を憎んでも。
決して諦める事はしなかった、その魂に・・・・・・”永遠の祝福”を。
「貴方は……貴方は、あまりに”人”であり過ぎたのだから、その魂に祝福を……。」
・・・・・・そう。
お前の生き方は、紛うことなき”人”であった。
そして、その心も”人”であったが故、その脆さに堪え切れなかったのだ。
「我が弟子…………我が子よ……呪われし紋章の子にして、人の子よ…………眠るがいい……………運命は過酷なれど、それさえ許さぬほど無慈悲ではない。」
”運命”からは、逃れられなくとも・・・・。
せめて・・・・その傷ついた魂を癒すため、眠りに落ちることは・・・・。
「108の星は、お前を祝福するだろう………それは、”人”の力…………”運命”を動かす力……。」
渦巻く”宿命”に翻弄された、哀れな子。
呪われた”この世界”で生き抜いた、運命の子。
”人”を愛し、愛されることが出来た、愛する我が子よ。
全てが、お前を憎んでも。私だけは、お前の全てを祝福しよう。
それが、お前の生きた証。”人”であった証なのだから・・・・。
それは、バランスの執行者ではなく。
人として。親として。
お前のことを、大切だと想い続けた・・・・・一人の”人”として。
風に愛された、少年の魂。
その隣に、また一つ、寄り添うように光が現れた。
最後まで、彼と共に、そして最後まで彼一人を愛し続けた、女性の。
・・・・・独りではないのだ。
我が子は・・・・・。
「いかに無力に思えても、それは、意味無きものではありません。」
ゆっくりとした、言葉の紡ぎ糸。
微かに震える、忘れていたはずの『何か』。
でも、それを出さずとも・・・・・・彼と彼女を、忘れない。
二つの『光』は、まるで別れを告げるように、一つ瞬いた。
そして、連れ添いながら、ゆらりと塔を出る。
夜の風に身を任せ、光は、ゆっくりと塔を徘徊し。
彼らを待つ、”星”の元へと。
空高く、天高く・・・・・・・・・・・昇っていく。