ねぇ・・・・教えて。
 私は、いつも夢見るの。いつでも、思い出すの。

 交わした言葉の数々を。
 微笑み合った、あの日々を。

 何よりも大切だった・・・・・・・きみ達の、最後の時を・・・・



 『真の紋章を持っていたとしても……ちゃんは、ちゃんだよ?』

 私を私だと言ってくれた、きみ。
 いつも、優しく見守っていてくれた。いつでも、優しい言葉をかけてくれた。
 でも、きみは・・・・・もう居ない。



 『…………………………………愛してる。』

 私のことを愛してくれた、きみ。
 ずっとずっと、永遠に。
 再開の約束を果たすことなく・・・・・きみも、私を残して逝ってしまった。



 『私の母は………………あなただけです。』

 私を母と呼んでくれた、きみ。
 たった一人の、愛しい娘。
 あの微笑みを残して・・・・・きみも、私を置いていった。



 『ずっと………ずっ…と…………愛して……る………よ……。』

 そして、きみも。
 私だけを、一人残して・・・・・

 初めての『家族』。何者にも代えられない弟よ。
 お前まで、私を置いていくのか?
 どうして、私だけを置いて・・・・

 大切な、きみ達に残されて・・・・私は・・・・・・・・生きていけない。



 ねぇ・・・・教えて。
 私は、いったい・・・・どれだけ亡くした?

 ねぇ、誰か・・・・教えてよ・・・
 あと、どれだけ亡くせば・・・・・・・『私』に終わりが来るのだろう?



[光はいらない]



 夢の中。
 また、夢だ。
 また、きっと、”声”が・・・・私を・・・・・

 『………?』

 いつまで経っても、声は、自分を呼ばない。
 おかしく思い、意識を開いた。
 だが、目の前に広がった光景に、心臓が早鐘を打った。

 『灰色の夢』

 記憶が、鮮明に蘇る。
 そうだ。ここは、全てが灰色で、音も無く、人も無く。
 存在という存在は、この世界には、何も・・・・

 あの子が、ずっと独りで苦しんでいた場所。
 ずっと、独りで戦い続けていた場所。
 自分以外の存在の無い、静かで、色の無い、物悲しい場所。

 『ゲーム』として見たものとは、明らかに違った。
 実際、その場に立ってみて、初めて分かる感情。感覚。
 この場に足を踏み入れて、ようやく、初めて・・・・・・・分かった。

 『これが……本当の……?』

 これが、彼の”苦悩”だった。苦しみの”元凶”だった。憂いていた”未来”だった。
 これが、彼が命をかけてでも変えようとした、この世界の”結末”だった。

 『ルック……私は……。』

 ・・・・どうすれば良い? 何をしたら良い?
 どうすれば、この終末を変えられる?
 お前は、生まれた時から、ずっと一人で、こんな恐ろしい世界に囚われていたのか?

 『教えて………っ…誰かッ!!』

 膝をつき、涙を流した。拭っても拭っても、止まることはない。
 ここには、もう、誰も・・・・・何も居ない。
 こんな寂しい”結末”は、誰も望んでいないのに・・・・・。

 『っ!?』

 ・・・・・感じた。何者かの気配。
 それは、蠢くような歪さを持って、己が周りを取り囲んでいる。

 『なに……これ………、ッ!!?」

 音も無く、『それ』は襲いかかって来た。
 気配があると分かっていたのに。
 全てが灰色に染まりきった、この世界で。

 『番人……?』

 ゆらゆらと蠢く、黒で塗りつぶしたような物体。それは、何頭も何頭も。
 自分以外にも、存在・・・・していた。

 これが『夢』だと分かっていた。これは夢で、現実は、まだ終わっていない。
 これはあくまで『夢』であって、まだ、この”終末”には至っていないのだ、と。

 けれど・・・・・・・

 『…ッ、壊してやる…………お前ら…っ………全員……ブッ殺してやるっ!!!!!』

 失った『怒り』をぶつける、その矛先。
 それは、もう、この番人たちでしか晴らせなかった。
 右手に感じたのは、使い慣れた愛刀の感触。いつの間に手にしたのか知る由もないが、この『怒り』を晴らすのに、そんな疑問はいらない。

 『…殺してやる………殺してやるッ!!……消えろっ!! 全部、消えろおぉッ!!!』






 斬っても切っても、番人が減ることは無かった。
 それよりも、更に数を増して襲いかかってくる。
 まるで、『この世界に”人”はいらない』とでも言うように・・・・

 『………消えろっ………消えろ、全部ッ………ぜんぶ消えろォッ!!!!!』

 どれだけ殺戮してみても、意味が無いものだと・・・・
 どれだけ斬ろうとも、亡き者にしようとも・・・・
 この哀しみが消えることなど・・・・・・決してありはしないのに・・・・



 それなら・・・・・いくらでも相手をしてやる。
 それで、あの子の見ていた、この世界の”先”が、救われるなら・・・・
 そう・・・・・いくらでも。



 この夢が覚める・・・・・・・その”時”が来るまで・・・・・。





 意識が引かれた。
 目覚めを促すそれは、遥か天から差し込んでくる覚醒の光。
 それに手を触れることで、覚醒ではなく、永遠の安息が訪れてくれれば良いのに。
 でも、それは、決して己にもたらされる事は無い。

 ・・・・・知っていた。

 その光に触れれば、目だけが覚めること。
 それだけで、分かってしまった。
 自分が『生きている』ことを・・・。

 死ぬことが、出来なかった。
 彼らと一緒に、永遠の眠りにつくことが、出来なかった。
 彼らと、共に逝くことが・・・・

 だから、その光に触れたくなかった。
 狂おしい闇の中で輝く、自らを現実へ引き戻そうとする、眩い程のその光に。
 でも、それでも、意思に反して、心がそれに惹かれていく。

 眩しい。悲しい。苦しい。
 涙が出る。叫びたい。・・・・壊してしまいたい。

 それでも己は、無意識に・・・・・・その光を欲していた。






 「……………。」

 目を開けた。
 先のものとは、また違う明かり。いったい、どちらが目に痛いのか定かではなかったが、それでも今、この目に触れてくる光よりは、こちらの方がマシだ。
 どっちにしろ、もう自分に『光』など、無用なものだけど・・・・。

 うっすら開けてみたが、それは、容赦なく視神経を突いてきた。鬱陶しかったから、感覚のある手でそれを遮る。慣れるまでには、相応の時間がかかったように思う。
 ようやくそれにも慣れた頃、遮っていた手を退けて、ゆっくりと身を起こした。いつもとは違い、覚醒してからまだ時間は浅いというのに、思考は正確に稼働を始める。

 首から上を使って辺りを見回した。・・・・使い慣れた部屋だ。
 先日まで、自分と連れが使っていた、二間の部屋。寝室として使用していたそこには、誰の姿も見当たらない。
 肩を覆っていたシーツが、するりとベッドに落ちた。ヒヤリとした空気が肌に触れ、思わず身震いする。

 かけられている鏡に、自分を映してみた。この地へ来てから、寝る時以外は決して脱ぐことの無かったコートではなく、そのインナーとして着用していた浅土色のハイネックのみを着ている。よくよく見てみれば、ずっと愛用していたカーキカラーのパンツをはいておらず、今まで陽に当たることのなかった足が、すらりと伸びていた。

 バンダナも、今は無い。剣を扱う者に必要な革手袋も、何処へいったか。
 この部屋にある物は、自分の身を包む腿までの丈の長いハイネックと、丁寧に壁にかけられた愛刀のみ。

 と。

 扉が、控え目に開かれた。扉を開けた者が誰であるのか、気配で察する。
 視線だけを動かした先には、。その後ろには、。だが、後ろの二人は、自分の格好を見るや否や視線を彷徨わせ、それをさっと床に伏した。

 それを見ていても、何の感情も湧かなかった。彼らをからかおうとも、羞恥を感じるでもなく。己が瞳は、のみを映し続けた。

 「………………。」

 彼は、視線を合わせる事が出来ないのか、目を伏せたまま自分を呼んだ。
 それに返答するでもなく、ただじっと、闇と虚構を沈めた瞳で彼を見つめる。
 それを見て僅かに芽生えたのは、葛藤か。光と闇の。
 けれど、それを闇の彼方へと消し去りながら、何事もなかったかのように不自然過ぎるほど自然に問うた。

 「………どれぐらい、経った?」

 私が、意識を手放してから。
 そう言わずとも、彼は、ルカからある程度の事情を聞いているのだろう。視線を合わせる事はせずに、暫く躊躇した末に「…二日だ。」と答えた。

 「そう…。………服を。」
 「……………。」

 彼の手元には、それまで自分が身に付けていたコートとバンダナ、そしてカーキのパンツ。それを投げて寄越してもらい、身に付けていく。

 「運び手の皆は、どうしたの…?」
 「…それぞれ、これから先の方針を決めたり、この地を去ると言って、出て行ったり…。」
 「そう…。それで、ヒューゴやクリス、ゲドにササライは?」
 「…彼等は……」

 着替えている途中、パンツの太もも部分が無惨に裂けていたが、あの時、意識を保つために自分がつけたものだった事を思い出し、気にせずにはく。ついでに斬りつけた太ももの傷を確かめたが、紋章で治療されたのか、僅かな痕を残しているだけだった。
 それを軽く指でなぞってから、次にコートを羽織り、裏止めのボタンをとめていく。

 だが、その過程で、彼が言葉を濁した事に、心内である『決定』をしていた。
 ヒューゴ達の話題を出した途端、僅かに狼狽えた、彼を見て。

 「…。」
 「…なに?」

 あとはバンダナを残すのみ、となった時に、彼が口を開いた。
 顔だけ向ければ、彼は、一向に視線を上げることはしないが、何やら言いづらそうな顔。
 彼は、背後のに「…二人にしてくれないか?」と言った。それを聞いて、気配を断っていた二人が、静かに部屋を出て行く。

 ・・・・・パタン。

 その音を聞き終えてから、彼は、言った。

 「………俺は……!」
 「…そういえば、ルカは?」



 まるで、これから自分がどのような言葉を紡ぐのか分かっているように、彼女は、静かな声で遮った。淡々としているものの、それは、有無を言わさぬ口調。
 怒っているわけではない。哀しんでいるわけでもない。

 それぐらい、には分かった。

 ・・・・・・・分かっていた。