[生の意義]



 彼女は、悩み、葛藤している。
 自分が、彼女を生かした事に。

 どうして、生かしたのか。
 どうして、あの場に置いてくれなかったのか。
 どうして、死を与えてくれなかったのか。

 何故、邪魔をしたのか。
 何故、許してくれなかったのか。
 何故、大切な者たちと引き離したのか。

 だが同時に、彼女は、違う自分を見ているはずだ。
 大切に想っているからこそ、自分が彼女を『生かした』のだと。
 愛する者たちの気持ちをもって、自分が彼女を『許さなかった』のだと。

 確かに、それもある。
 この心の中には、大き過ぎるほどに。
 だが、自分も同時に葛藤していた。己に巣食う、光と闇の狭間で。

 『生きていてほしい』
 『去って逝った者たちの分まで』
 『生きていれば、必ず良かったと思える日が来るから』

 そう、思っていた。
 しかし、それだけではないのも、また事実だった。
 自分とて、心深き場所に『闇』が存在していたのだから。

 『俺一人を置いて…』
 『きみまで、安息を得ようというのか?』
 『きみまで…………俺を……置いて…。』

 だから、言わなくてはならなかった。自分が持つ『闇』の中にある”想い”を。
 それは、懺悔だ。最初で最後の。
 でも彼女は、きっと、それすら言わせてくれないだろう。



 は、顔を上げた。
 そして請うように、哀願を込めて言う。

 「話を………話を聞いて欲しいんだ。…。」
 「…ごめん。悪いけど、話をしてる暇が無いんだ。」
 「…。」

 そう言って、彼女が背を向けた。拒絶ではない。否定でもない。
 彼女は、聞きたくないのだ。自分の言葉を。
 それでも、諦めずに続けた。

 「俺を……恨んでくれて構わない…。」
 「なにを…」
 「俺は、死を望んだきみを……生かした。でも、それは、ただ『友人だから』という感情だけじゃない………それだけじゃないんだ…。」
 「………。」
 「俺は……俺は…!」

 「…もういいよ、。」

 そう言って、彼女は首を振った。



 『一人っきりになるのが嫌で、きみを生かした』

 彼に、そう言わせはしなかった。
 そう言われてしまったら、自分のこの想いは、一体どこへ向ければ良いというのか。
 だから彼に向き直ると、続けた。

 「もう、いいんだよ。あんたの気持ちも………ちゃんと、分かってるから。」
 「………。」
 「それにね……あんたがそう言うなら、私だって同じだよ。あの子は、”死”を望んでた。死と解放を。でも私は、それを『失いたくない』って気持ちだけで止めようとした。その結果にあの子は、命を落としたけど……それでも、あの子が満足だったなら…………私には、最初からあの子を引き止める権利なんて……無かったんだよ…。」

 涙がにじんだ。思い出して? ・・・・・違う。
 自分のやらなくてはならない事が、『彼を止める』ことではなく、『彼の望みを叶える』ことだったと気付いて。『安息を得たい』という願いを、どうして『生きて幸せを掴みたい』に変えてやることが出来なかったのか、と。

 でも、全て終わってしまった。
 もう、全て・・・・。

 「だからね……。あんたが、自分を責める必要なんか無いよ…。」
 「違うッ! きみの願いを邪魔した、俺こそが…!」
 「……そうじゃないんだよ、。」

 ゆっくりと首を振り、彼を見つめる。
 そして、あやすよう言った。

 「私が、生きている事こそ………………私への”罰”なんだよ……。」



 「ッ……、違う!! 違うんだッ!!!」

 彼女の言葉。
 それが、私の宿命だから。だから、あんたは、気にしなくて良いんだよ。
 彼女は、そう言っている。自分に。そして彼女自身に。

 何か言いたくて口を開くも、上手く言葉が出てこない。

 「違う……違うんだ……。」

 言葉を紡げずにいると、彼女が腰に刀をはき、右手を掲げる姿。
 光の波が、固い床に波紋を広げた。
 と、ここで別の場所から光が現れた。その光の波から出て来たのは、ルカだ。
 その姿を見た彼女は、静かに問うた。

 「ねぇ、あんた……ササライが、どこ行ったか知ってる…?」
 「…………。」

 彼は、答えない。代わりに目を伏せた。

 「知らないの? それとも言えないの? ……まぁ、それならそれで良いよ。その代わりといっちゃなんだけど、頼みがあるの。」
 「……なんだ?」

 聞き取れないほどの声で、彼女が彼に耳打ちした。彼は、小さく「…分かった。」と言うと、また光の中に消えた。
 それを見送り、彼女が目を閉じる。転移する気だ。

 「、いったいどこへ…?」
 「……あの子たちを……本来あるべき場所へ”還す”だけ。私たちの”家”に…。」
 「だ、駄目だッ!!」

 なりふり構わず、彼女を止めた。行ってはいけないと、声を荒げながら。
 すると彼女は、視線を床へ落とし、ふと微笑んだ。

 「…。あんた、この15年の間で嘘が下手になったよね。ササライが………彼らが、どこへ向かったのか隠し切れないなんてさ…。」

 彼女は笑う。自嘲にも似た、悲痛な笑みをもって。
 ササライが、そしてヒューゴやクリスやゲドが、どこへ向かったのか。それは、一つしかなかった。それを彼女も分かっているのだ。
 彼女のその笑みが、うすらとした不気味なものに変わった。それに気付いては、行かせまいとその肩を掴む。

 「駄目だ!! きみは、行ってはいけない!!!」
 「ふふ…大丈夫だよ。仲間を傷つけるような真似は、するつもりはないからね。あの子たちと紋章を、”回収”するだけだよ…。」

 そう言って、彼女は、完全に笑みを消し去った。
 表情の無くなったその顔は、まるで人形のように、何の色も示さない。
 彼女は、掴んでいた腕をゆっくりと退けると、光に身を委ねた。

 「ッ!!!!!」
 「ただし……………」

 止める間もなく、彼女が光に飲み込まれていく。
 その冷やかな瞳を静かに伏せ、たった一言、言葉を残して・・・・・。



 「…あいつらが、黙って、あの子たちと風の紋章を………渡してくれればの話だけどね。」