[不穏]



 グラスランド全土を覆った、悲しみばかりの戦いは、終結した。
 この戦を巻き起こした『破壊者』を倒し、解放された『真なる風の紋章』の化身を倒し。
 崩れ落ちる遺跡から、全員が、無事生還することができた。

 『第二次・英雄戦争』

 そう呼ばれる戦いに、決着がついた。

 しかし・・・・・

 グラスランド、ゼクセン騎士団、そしてハルモニア。
 その中の『代表』とされる者たちは、それぞれに思うことがあった。
 『破壊者は、本当に死んだのだろうか?』と。

 ヒューゴ、クリス、そしてササライの三人は、最後の戦いの後、その事について話をした。グラスランド全土を戦火に陥れた、あのルックという男たちは、本当に死んだのだろうか、と。
 でも、もし・・・・例えば、生き延びていたとしたら?
 また、あのような戦を、起こそうとしたら?

 三人がそう考えたのも、無理のない事だったのかもしれない。

 ササライは、最後の決戦の場にいなかったため、それを聞くまで知る由もなかったが、ヒューゴ達は、遺跡から脱出する際ルカ率いる集団に会っている。
 もちろんヒューゴは、『危ないから戻れ』と止めたのだが、彼等は、それを聞くこともなく遺跡の最奥部へ駆けて行った。ゲドやジーンに宥められたものの、それで彼が納得したわけではない。
 だから彼は、クリスとササライに提案した。『もう一度、あの遺跡に行って、本当に破壊者を倒したのか確認しないか?』と。

 クリスも、この戦で大切な者を失った。父という大きな存在を。
 故に彼女も、ゲドやジーンの言葉に顔を顰めながら、『ルカ率いる男達が、もしも破壊者を生かしていたら…』という不安があり、ヒューゴの意見に賛同した。

 そして、ササライ。彼も、ヒューゴの意見に賛成した一人だ。
 もしもの事があった場合、のちの禍根を断たなくてはならない、と。
 更にもう一つ、彼には、やらなければならない事があった。

 それは、『真なる風の紋章』の、回収だった。

 ルックに真なる土の紋章を奪われた際に投げかけられた言葉に、ずっと悩んでいた。
 話の内容の真意・・・・・それは、最終的に言えば己の”存在意義”だ。
 彼の話が本当───本当なのだろうが、信じたくない───ならば、自分は”人”ではない。それこそ、彼の言った通り『人の形をした何か』だ。

 では、何故、自分は生まれて来たのだろう?

 戦争中ではあったが、それが終結を迎えた今も、一人悶々と思い悩む日々を送っていた。
 そんな中、本国より、とある『指令』が届いたのである。それが真なる風の紋章の『回収』だった。

 所持者を亡くした紋章は、そう時間の経たない内なら、所持者の骸付近にしばらく浮遊しているのだという。
 だが、どうやって紋章を回収するのか、その術を知らなかった。いや、知っていたが、知らぬフリをしたかった。
 ルックに見せられた、乳白色の液体の封印球。『禁断秘宝』。話によれば、自分達は、それによって生まれてきた。”人”のパーツが入った、あのおぞましい『封印球』から。
 「この忌わしい技があれば、真なる紋章を、簡単に手元に置いておくことが出来る。」と、彼は言っていた。

 ならば・・・・・その回収作業をするのは? それを行うのは? ・・・・自分なのか?
 回収命令の文字を見た時、正直、体が震えた。あの恐ろしい封印球で、弟の宿していた紋章を持ち帰るのだ。自分と弟が生まれた『大本』とも言える、あの封印球で。
 本音を言ってしまえば、そのような事、自分に出来るわけがないと思った。すると、そんな自分の心境を見抜くように、追って本国より追加された書状の内容を見て、恐ろしくて仕方なくなった。

 『真なる紋章の”回収者”を、本国より送る』

 ・・・・泣きたくなった。本当に泣き崩れることはなかったものの、本国の者は、自分がその封印球から生まれたことを知らずにそう言っているのだろうか、と。
 それとも、自分がそれを知ったと分かっていて尚、そうしろと言っているのかと。

 事実、使者兼回収者としてやって来たのは、自分同様、神官将の地位につくブリジットという女性だった。ハルモニア人と一目で分かる長いカールブロンドに、キツめの眼差し。人の目を引くほどの長身に、バランスの取れた彫刻のような体つき。
 出自は、ハルモニアの中でも高位だと聞く。十代で両親を亡くしたが、家督を相続する男児がいなかった為、女性の身でありながらそれを継いだのだと。

 実際に話をした事はないが、その噂は耳にしていた。
 性格は、容姿が醸す雰囲気とは真逆で、規律には煩く真面目ではあるが、見た目の理知的さとは裏腹に好戦的、時として逆上しやすいのだという。
 だが、将としては有能な面もあり、得意のレイピアを使った剣術は、高く評価されているとのこと。しかし、その熱くなりやすい性格と目を引く美貌によって、神殿内では少し浮いた存在なのだとも。

 実際、彼女と会って話をしてみて、なるほどこれなら神殿で噂が立つのも浮いた存在となってしまうのも理解できる、と思った。礼を重んじてはいるし、将として真面目ではあるものの、確かに気が短いのだ。言うなれば、冷静さを欠いている。
 隣で話を聞いていたナッシュが、少し冗談を言っただけで全身で不快さを表し、更にはジョークまじりに口説こうとした彼を斬りつけようとまでした。

 ・・・・・その話は、置いておいて。

 回収に行くとしても、ナッシュとディオス、そしてブリジットだけでは、些か心もとなかった。ディオスは剣技よりも知能派であるし、ナッシュは小回りはきくが、打撃の威力でいくと一撃一撃が頼りない。
 ササライ自身、接近戦や肉弾戦は不得手だし、唯一それが得意だと不敵に笑うブリジットも、いつその性格が裏目に出るか分からない。

 だからこそ、ヒューゴの申し出には、二つ返事で頷いた。

 彼等の目的である『破壊者の生死を確かめる』のと同時に、自分の使命である『風の紋章の回収」が出来る。
 追加命令には、『もう一つ大切なこと』が書いてあったが、それは、紋章回収後でも構わないとあった為、その後にしようと考えた。



 こうしてササライは、ヒューゴとクリス、そしてゲドにナッシュ、ディオスとブリジットという7名で、最終決戦のあったシンダル遺跡に向かおうとした。

 しかし・・・・

 ここで、誰から聞いたのか、数人の者が『自分も行く』と名乗りを上げた。
 アップル、シエラ、ルシア。そして、ゲドが行くならと12小隊の者たちに、「少し調べたい事がある。」と言ったシーザー。更に「星辰剣が駄々をこねたから。」と、あまり機嫌の宜しくなさそうなエッジに、トランの竜騎士団員フッチとその騎竜ブライト。

 その数を見て、『これなら、別に戦闘面で心配する必要は、無かったのではないか?』と言ったのは、ナッシュだ。その優男の笑みを見て、盛大に顔を顰めたブリジットを先頭に、一行は、ササライの転移魔法を使って遺跡へ向かった。



 だが、転移直前。
 彼の周りを、不穏な風が、ゆらりと流れた。

 誰も彼も、それに気付いてはいない。