[封じられた地]



 ササライ率いる一行は、シンダル遺跡内部を歩いていた。
 急ぎとはいえ、途中戦闘をしながら、崩れた瓦礫を避けながらだったため、普通よりも比較的ゆっくりとしたペースで。
 彼等は、着実に中心部へと歩を進めていた。ナッシュに対して、何やらシエラが愚痴っていたものの───「なんで弾かれるのじゃ…。」云々───、それを耳に捉えても、ササライは困り顔をするしかなかった。

 なぜなら・・・・・

 ササライが、転移魔法を使う際に合わせた軸は、遺跡の中心とも呼べる最奥部であった。だが、いざ着いてみると、ものの見事に入り口。
 どこでどう軸合わせを間違えたのか? と首を捻ったものの、どうにも結論が得られなかったのだ。

 しかし、遺跡の内部へ一歩足を踏み入れた瞬間、その謎が解けた。
 遺跡全体を覆うように張られた、巨大な結界。誰が作り出したのかは不明だが、その結界によって、自分が定めたはずの軸が、遺跡の入り口へと『強制的に』ずらされたのだ。

 では、いったい誰が、この結界を張ったのだろう?
 まるで、外部からの転移による侵入を阻止するように張られたそれは、その規模や継続性を見る限り、相当な術者が施しているものと分かる。遺跡全体を取り巻くように大きく、継続時間も、着いてから一刻以上は経過している。
 これだけ高位の結界を張れる術者に、ササライの興味が湧かないはずがなかった。

 その術の根源となる気配は、自分達の向かう最奥から感じられる。
 外からは、全てを優しく包み込むように。けれど、一度中に入ってしまえばその本質は、真逆。これは『拒絶』だ。
 まるで優しさに溢れているように見えて、実は違う。感じたのは、虚無、恐怖、絶望?
 術者の心の動きを表しているかのような『それ』。張っているのは、どのような人物なのだろう?

 そう考えていると、シエラが、エッジの肩に背負われている星辰剣と話し始めた。

 「ふむ、これは相当…。」
 「…そうだな。本来ならば、我らが属には、実に心地良いものではある。しかし…。」

 「いったい、何の話だい?」

 控え目に割って入ってみたものの、シエラに顔を顰められ、星辰剣には無視される。
 困ったように笑って、彼等の傍から離れた。
 しかし、やはり気になり視線だけ向けると、二人は互いに目配せしている。と思ったら、次は両者同時に苦い顔。



 ササライと同じく、シエラも星辰剣も、この結界の中に漂う『違和感』に、嫌な予感を感じていた。
 今日は、気候も穏やかで、快晴と呼んで然るべき日であるはずなのに、この結界の中にいると夜のように薄ら寒い。異空間にでも迷い込んだような、不可思議な感覚を与えるのだ。
 一番近い言葉を選ぶとするならば、それは”無”か・・・。
 外の世界には動きがあるはずなのに、この中だけは、そうと呼べる相応しい空気がない。いや、本当は、空気すら存在していないのかもしれない。
 『正』も『反』も無く・・・・。

 恐ろしさすら感じるその中で、自分達は、『それ』を醸す人物が居るであろう中心部へ向かっている。それだけで、小さく体が震えるのだ。
 空間全体を覆うようなその気配を醸す『人物』を思い浮かべ、シエラも星辰剣も、それから口を閉じた。



 それぞれが思い悩み、歩き続けた。
 自分達の向かう先から、まるで『異界への門でも開いているのか?』と思うほど、次々現れる魔物たちを倒し、時折崩れてくる瓦礫を避けながら。

 皆、黙々と歩いた。



 そして。



 彼等は、ようやく『破壊者』と最終決戦をしたと思われる場所へ辿り着くことが出来た。
 なぜ確定できないのかと問われれば、入ってからというもの、道とも呼べぬ残骸を踏み越えながら歩いてきたからだ。唯一、綺麗なまま残された祭壇部が、その場所なのだと教えてくれている。

 だが、彼等は、その場所についた瞬間、石畳の祭壇中央を見て、それぞれの反応を見せた。

 その中央部には、自分たちに背を向けるように立っている者が一人。
 ゆったりとした青いコートを身に付け、頭部をバンダナで覆い、腰に異国の刀をはいている、男。
 男は、同じく中央に位置する『破壊者の遺体』と自分たちの間に入るように立ち、背を向けたまま項垂れている。

 ササライを始め、ディオスにヒューゴ、そしてクリスにエッジ、ゲドを除く12小隊の者たちは『どうしたこんな所に?』と、心底不可解そうにその背を見つめている。
 アップル、シエラ、フッチ、星辰剣、ルシア、ゲドは、どこか納得がいったような顔。
 唯一『誰だ?』と顔を顰めていたのは、ブリジットのみであった。



 「もう………良いのか?」

 夫々の想いが交錯する中、まずそう問いかけたのは、シエラだった。
 彼女は、元々『男』を知っていたし、その男から粗方の経緯を聞かされていたからだ。
 この地へ来て、何をしようとしていたのかを・・・・。
 その『全て』を知る数少ない人物だったため、彼女はそう問うたのだ。『お前の思うことは、全て成し得たのか?』と。

 それに反応するように、男が、ゆっくりと顔を上げた。
 その表情は、背を向けられているため確認する事が出来ないが、声で彼女だと判断したのだろう。振り向くことなく、静かな声で「……うん。」と答えた。

 次に問うたのは、ヒューゴだ。

 「どうして、あなたがここに…?」
 「……………。そうだね………私用で来たんだよ。」

 それだけ言って、男はまた項垂れ、ゆっくりと息をはいた。何かを堪えるように。内から溢れ出ようとする”感情”を、決して表に出さぬように。心の中に押し留めるように。
 その、ある一つの意思表示とも取れる吐息の”真意”を見抜いたのは、男の正体を知る者達だった。皆、男の想う事が、すぐに分かったのだ。
 しかし、その想いを知らぬ者達は、その意図が掴めず、訝しげにその後ろ姿を見つめている。

 次に続けて何か問おうとしたディオスを遮って、男が、今一度顔を上げた。
 そして、静かにヒューゴに問う。

 「ヒューゴ……。あんたらは、ここに、何しに来たの?」
 「それは……」

 「破壊者を、本当に倒せたのかどうか、調べに来たんだ。」

 答えたのは、ササライだ。彼は、どうしてこの男がここにいるのか、何となく分かってしまった。目の前で背を向けている『男』は、破壊者のリーダーと関わりを持っていた。
 では、どうしてそう思ったのか。これは語るまでもない。
 最後の戦いの前のあの会話を聞いていれば、嫌でも分かる。あの二人は、どこか親しい間柄のように、小さな声で話をしていたのだから。

 それにササライは、運び手に入る前から、この男に興味があった。チシャの村で一見した際、その剣技や、纏っている空気に惹かれるものがあったからだ。
 だが、暗躍させているはずの部下に調べさせた情報は、全くといっていいほど役に立たなかった。部下自身、何か隠している様は見受けられたが、まるで『言えない』とでも言うように、徹底して調査の手を緩めたのだ。
 それを叱咤することも出来たが、この戦において『男』の情報は、あくまで自分の個人的興味だけであり、何の因果も無いだろうと考えていた為、それ以上何も言わなかった。

 しかし・・・・・

 今現在、それは『もっと調査させておくべきだった』と思わせる結果となった。あの『破壊者』と会話が成立していた時点で、徹底してマークすべきだったのだと。それが運び手の手緩い部分でもあったのかもしれないが、今となっては、後の祭りだ。
 しかし、目の前の男が、こんな場所で何をしようとしているのか。それが分からない。何するでもなく、ただ結界を張り、破壊者の亡骸の傍に立ち、こちらに背を向け項垂れている。

 何をするでもなく・・・・・。



 ふと、男が、自分に意識を向けた。
 ピン、と張りつめた空気。その刺すような意識が、自分だけに向けられる。
 戦いを生業とする者たちは、その空気に、すぐさま身構えた。



 それを知ってか知らずか、男は静かに、まるで何事も無かったかのように問うた。