[明かされた真実・1]



 「ササライ………本当に、それだけ?」
 「……………。」

 ササライは、答える事が出来なかった。
 それまで、暗いものの表向きは穏やかそうだった男の口調が、一気に変化したからだ。
 ササライだけでなく、他の者たちもわけも分からず戦慄する。その声は、まるで地を這うごとく。だが反対に、どこか明るい側面をも見せていたから。
 それが『落差』によるものだと理解するまでに時間はかからなかったが、それにしても、この全身に襲い来る悪寒は何だ。内に襲い来る、見えない威圧や恐怖に、声を発することすら出来ない。

 「…もう一度、聞くよ。ササライ……あんたは『何をする為に』この場所に来たの?」

 それを見抜いたのか、男が口調を切り替えた。静かで、穏やかに。その際、男が小さく嘲笑しているような気がしたのは、自分達がこの空間に捕われそうになっている故の錯覚からだろうか。

 「僕……は……。」

 それでも、言葉を発する事が、恐怖に思えた。
 それすら見抜いているのか、男は、今度は、はっきりと言い切った。

 「言えない? …そうだね。彼らを前にして、言えるわけがないよね。」
 「え…?」
 「真なる風の紋章と……そして、この子たちの亡骸を『回収』に来た、とはね。」
 「!?」

 何故、それを知っているのか。
 問う前に、男が突如左手を真横へ伸ばした。その手からは、眩い光。目を覆う程のものではなかったが、しかし・・・・
 その光の中から現れたモノに、ササライは思わず目を剥いた。男の手に浮遊しているのは、不可思議な球体。乳白色の液体の中で、不気味な人のパーツが入っている、『なにか』。

 思わず、声を荒げた。

 「どうして……きみが、それを…!?」
 「…これ? そうだね………受け入れたんだよ。」
 「受け、入れた…?」
 「…そう。この子の持っていた紋章の中の……空間って言った方が、あんたには分かりやすいかな…?」

 背中越しにそう言って、男は、風を司っていた少年の骸に顔を向ける。その表情を伺うことは変わらず出来なかったが、静かな口調の中にも、嘆きが交じっているのが分かる。

 『受け入れる』

 ササライやブリジット、そしてシエラや星辰剣以外が、その意味を解することは出来なかった。ハルモニアの高等の将か、もしくは真なる紋章を長く所持している者でしか、理解し得ぬ事だったからだ。
 驚愕するササライに、男は尚も問う。

 「それより……あんたに、この封印球で、この紋章を回収する事が出来んの?」
 「…………何が……言いたい?」

 ふ、と。息をついた男。それは、自嘲とも失笑とも取れぬ『一息』ではあったが、ササライは、心の揺れを隠すのに必死だった。
 この男は、知っている。・・・そう。思い出したのだ。
 乳白色の封印球を男に託した、風の少年と、そして自分の出生を。

 男は、その動揺を射抜くように、更なる追い打ちをかけてきた。

 「…何よりも、この封印球の存在を『否定』したいはずの、あんたに……これが使えるのかって聞いてるんだよ。」
 「っ……」

 「『回収』の役目は、この私が担う。」

 そう言って会話に割って入ったのは、ブリジットだ。彼女は、眉を寄せながらも、自分を庇うよう一歩前に進み出る。
 その言葉に、男の肩が僅かに動いた。

 「…へぇ。新顔、だよね?」
 「私の名は、ブリジット。覚えておけ。」
 「ふーん……なるほどね…。そうか…ここで、新顔登場か…。」

 言葉とは裏腹に、さして興味も無いといった男の口調に、ブリジットが眉を寄せた。それを目にして『悪い所が出なければいいが…』と懸念していたのか、ディオスが少し焦ったような表情を見せた。
 だが、ハルモニア勢など一切興味無いのか、男は一つ鼻で笑うと、今度は彼女に問うた。

 「それなら、ブリジット…………あんた、知ってるの?」
 「…………?」
 「分からない? そっか…。それじゃあ、言葉を変えるよ。」
 「ッ、貴様、私を愚弄する気か!!」
 「…ふーん。短所は、挑発に乗りやすい、か。なるほどね…。あんた、神官将に向いてないんじゃないの?」

 挑発めいた言葉に、ブリジットが剣の柄に手をかける。だがササライは、それを止めた。
 男は、嘲るように笑っているが、言われた通りにブリジットは堪えている。

 「あんたは………この子たちの事、”ぜんぶ”知ってるの?」
 「……………。」
 「ブリジット…?」

 男の言葉に、彼女が押し黙る。それを見て『おかしい』と思った。
 本国から届いた文面だけを見れば、彼女は、回収作業を行うのは初めてだという。だからこそ、彼女は、隠された自分の出生を知るはずがない。そう思っていた。

 しかし・・・・

 「………貴様に答える義理は、無い。」

 躊躇の末に出した彼女の『答え』が、その考えを一刀両断に切り伏せた。当然と言えば当然、それにショックを受ける。
 やはり、ハルモニア神殿の者は───とは言っても、それは高等の将や一部の神官のみだろうが───その事実を知っていた。
 そして、それを今日まで知ることなく、安穏と生活を送っていた自分。

 ササライは、精神に相当な打撃を受けた。

 幼い頃・・・・何も知らない頃。
 自分の両親を知りたい。そう思ったこともある。
 だが、宮殿の者たちは、その問いに答えることは無かった。
 知る必要はない、と。そう言われ、自分も『それなら仕方無いか』と、考えもしなかった。

 だが、知っていた。
 一部の・・・あの神殿内で自分と接していた一部の者たちは、すべて知っていたのだ。
 だが、今、ここでその動揺を出してはいけない。出してしまえば、きっと男は、そこを容赦なく突いてくる。

 だからササライは、口元を引き締めた。自分には、まだやるべき事があるのだから。
 震えそうになる拳を握りしめ、顔を上げる。そして初めて知る『真実』を導いた男を、睨みつけた。
 眦をつり上げ、今、自分がしなくてはならない事を行うために。



 だが・・・・

 男は、その視線を風のようにさらりと流すと、嘆くように呟いた。