[明かされた真実・2]
「ササライ…………あんたは、哀れな子だな…。」
「……僕が、哀れだと…!?」
「…あぁ、哀れだよ。哀れじゃないか。」
そう言って、男は首を振る。
「僕は、別に……自分を哀れんでもらいたいとか、誰かに同情してほしいとは、思っていない! ましてや、きみに…!」
「……違うよ。」
「っ、何が違うんだ!」
「……あんたや、この子の出生に関して………哀れんでるわけじゃない。」
「それなら…!」
滅多に沸き上がることのない怒り。それを止める事が出来ない。
すると、男は言った。
「あんたの、その……………驚くほどの”無知”ぶりに関してだよ……。」
その言葉に、ふと冷静さが蘇る。落ち着きが戻ってくる。
冷静に考えてみた。男の言う事は、真実か否か。
・・・・・・・紛うことなき真実だ。
自分の出生に関しても、自分のこれまでの経歴に関しても、傍にいた者たちに答えを拒否されてからは、一切調べようとも考えようとも思わなかった。それが真実だった。
そして、それを男は、”無知”と言ったのだ。そう言ったはずだ。
・・・・何も言い返せなかった。
出来ることといえば、今まで何も紐解こうとせずにいた自分を責めるのみ。
それを嘲笑うでも見下すでもなく、男は、続けた。
「無知は……時として、どんな罪よりも重い時がある。人を殺すことや、世界を破滅へ導こうとするよりも…。」
「僕は…」
「…聞きなよ。あんたを責めてるわけじゃない。この世界には、ちゃんとした役割があるんだ。あんたは、あんたっていう”人間”の役割があって、それを忠実に遂行していた。でも、それは………この子たちも同じだったんだよ……。」
破壊者であった少年と女性の亡骸を見つめながら、そう言った男。
その言葉に、皆が皆、思案した。何かを暗示していると思ったからだ。
「あんたは、哀れむべき”無知”だ。でもこの子たちは、それとは逆に『知り過ぎた』子供だった。何もかも……。だから、自分の出生を憎み、百万の命を呪い………未来の解放を行おうとした…。」
「きみは、いったい、何を…」
「この子が『悪夢』に……そして、世界の”終末”に魘されている間……………あんたは、何をしてた?」
やはり、これは『暗示』だ。ササライは、咄嗟に思考を巡らせた。
この男は、自分に、いったい何を言おうとしている?
それすら分からず、もどかしさだけが込み上げる。問いかけるように、ただ零れていく言葉。
けれど自分は、それすら理解できない程、”無知”なのか・・・?
徹底的に思い知らされる。自分が、いかに甘んじて生きてきたのか。自分が、いかに愚かな道を歩んできたのかを。
男が、一つ嘆息した。それは、自分に浴びせた質問を、まるで男自身にも問うているかのような、そんな溜息だった。
すると、それまで黙って問答を見ていたルシアが、口を開いた。
「…。」
「…ルシア? あんたまで、なんでここに…?」
「大事な息子に何かあったら、大変だからな。」
軽口、と言えるのだろうか? この空間では、そうとも呼べないかもしれない。
「お前は………その者たちと、どういう関係だったんだ?」
「…………。」
途端口を閉ざした男に、その『答え』を知る者たちが、一斉に眉をひそめた。この場において、それを問うことが、如何に難解であるか知っていたからだ。
そして、その『答え』こそ、男がこの場所にいる理由であると・・・・。
「関係、ね…。」
「今さらかもしれないが……全て終わったんだ。だから…」
「終わってない。」
男は、それを強い口調で、きっぱりと否定した。
「終わってない…?」
「…そうだよ。何も終わってなんかない。」
「どういう…?」
眉を寄せたルシアに、男は、抑揚の無い声で言った。
「ここに来た目的が………ササライと同じだからだよ。」
途端、その場には、張りつめた空気が流れた。
男は、いま一度、破壊者と呼ばれた者の亡骸を見つめると、背中越しにササライに問うた。
「あんたと同じ『目的』があって………ここにいるんだ。」
「僕と、同じ…? それなら、きみは…」
「…そう。ここにいる目的は、『真なる風の紋章の回収』と……『この子たちの亡骸を、連れ帰る』こと。」
「…………。」
ササライの追加任務として、紋章回収の他に、もう一つあった。
だが、まずは、真なる風の紋章回収が先決であると考え、それは二の次にした。
それが、男の言った『ルックとセラの亡骸を回収する』だったのだ。
「なにを…。風の紋章は、元々ハルモニアの物だ! それを、魔女レックナートが…!」
「ササライ、あんた……まだ”真実”を否定したいの? あれだけこの子が、しっかりした証拠を見せたのに? それにレックナートさんは、この子を連れて行っただけ。風の紋章は、元々この子に宿って生まれて来ただけだよ。奪ってなんかない。」
「っ……。」
「あんた、この子に、はっきり言われたよね? ハルモニアの真実をさ。それなのに、まだ現実から目を逸らすの? …………いい加減に……真実を認めろよ。」
返す言葉が、どこにも見当たらない。
返答に苦しんでいると、男が「…それじゃあ、全部貰っていくから。」と言った。
拳を握りしめて、それを止める。
「きみは、その封印球で…………それを持ち去ると言うのか?」
「……封印球? あぁ、これの事か。でも悪いけど、こんな物…………必要無いから。」
そう言って、男は、腰にはいていた刀を抜き放つと、円を描くように封印球に向けて一太刀。
人のパーツが詰め込まれた封印球は、音も無く割れ落ちる。乳白色の液体が、地に落ちる寸前、シュッと音を立てて蒸発した。
男は、落ちる『それ』を目にすることもなく、背中越しにクスリと笑った。
その微かな笑いに、ふと大きな怒りが込み上げる。
この男の何もかも知ったような物言いや、先ほどからの挑発めいた行動に対して。
「きみは…………………きみは、いったい何者なんだッ!!?」
理性が大きく揺らぎ、本能のままに、そう叫んだ。
すると男は、刀をしまった。
そして呼応するように、けれど何かを必死に押し殺すように、ゆっくりと振り返る。
ゆっくり、と・・・・・。
「俺か……? 俺は……………………いや、私はね………」
そして、ササライは。
ササライと、『彼女』を知らぬ者達は。
その、涙に濡れた表情と。
そして、震えながら発された言葉に・・・・・・
「この子たちの…………………………………『家族』だよ………。」
全身が、戦慄した。