[明かされた真実・3]



 その言葉に驚愕したのは、ササライだけではなかった。
 ルックと『彼女』の関係を知る者以外は、皆、一様に身を固まらせたのだ。

 彼女は、破壊者を『家族』だと言った。その言葉の意味を、それぞれが頭の中で巡らせる。
 長い長い沈黙。その事実を聞いて、口を開く者はいない。

 ややあって、女性の声が響いた。

 「……だが………その者たちとは……似ても似つかない…。」

 冷たく、重苦しい空気の中で声を発したのは、クリスだ。
 髪の色も目の色も、各自が纏う空気さえ違う。そう言いたいのだろう。
 だが『彼女』は、僅かに目を細めると、それを鼻で笑った。

 「似てない? …当たり前だよ。そもそも似るはずがない。家族は家族でも………私達の血は、一滴たりとも繋がってないんだからね。」
 「……………。」

 それだけで、彼女の言いたいことを皆が理解する。
 クリスが、口をつぐんで小さく項垂れた。

 「ルック……大切な弟。会った時から生意気で……でも、決して冷血悪鬼なんかじゃなかった…。本当は、誰よりも優しい子だったのを、私が一番良く知ってる…。」

 「セラ……可愛い可愛い娘。ハルモニアに捕われ、魔道具として使われた、可哀想な娘…。誰より愛しい、唯一の娘だったのに……。私に、親としての心を教えてくれた……かけがえのない子…。」

 「血は繋がってなかったけど、私たちは、幸せだった。血の繋がりなんか無くたって、私は、ずっと大切に思ってた……。」

 過去の思い出を蘇らせ、そう言った彼女に、ヒューゴが声を荒げた。

 「でも! あなたにとっては、大切な家族だったかもしれない! でも、こいつは、こいつらは………俺たちの大切な人たちを、次々に奪ったじゃないか!!」
 「……そうだね。よく分かってるよ、ヒューゴ…。」
 「こいつらは、戦を起こして、沢山の命を奪った罪人だ! あなたの家族だったからって、俺は、許すことなんか出来ない!!」

 ヒューゴの想いを肯定しながら、彼女は、じっと彼を見つめていた。
 その瞳は、見た者を凍らせるような冷たい光を帯びている。いや、帯びていないのかもしれない。絶望のみを宿し、憎み、呪い。全てに何を感じることも無くなった、人では無い存在。
 しかし、その瞳に見据えられても、ヒューゴは、言葉を覆すことはしなかった。この戦を巻き起こし、大勢の人々の命を奪ったその根源は、確かに『破壊者』であったのだから。
 だから彼は、逸らしたい気持ちを精一杯押さえ付け、その闇色の瞳を真正面から見据えた。

 彼女は、やがて視線を落とすと、ゆっくり彼に向き直り、静かに問うた。

 「それなら……あんたに問うよ。もし……もし破壊者の中に、あんたの母さんが、席をつらねて……この子たちのように、命を落としたら? あんたは……どうするの…?」
 「それは…」
 「あんたは『憎むべき存在だ』と言ったけど………あんたは、愛する母の骸を連れ帰りもせず、風にさらされるまま朽ちる事を望むの?」
 「……………。」
 「……分かった? 私も、あんたと同じ………人間なんだよ…。」

 唇を噛みながら項垂れたヒューゴに、彼女は、悲しそうに微笑む。
 『愛する者だからこそ、その全てを許し、連れ帰ってやるのだ』と。

 「もちろん…私は、あんた達に、この子達のやった事を『憎むな』とか『恨むな』なんて、言える立場じゃない…。あんた達は、この子たちが巻き起こしたもので、多くの者を失った…。私は、それをこの目で見て来た…。だから……その罪を忘れて欲しいとか、許してやってほしいとか………言えない。」
 「でも…!」
 「聞いて…。あんたらは、あんたらの………宿星達の”想い”があった。でも、この子達はこの子達で、譲れない”想い”があった…。それぞれの”想い”が……違っただけ…。私は、この子達を止めることが、出来なかった。……その”先”すら、見通す事が出来なかった…。」
 「…………。」
 「そして、それは……私の”罪”だから。あの子達を止めることが出来なかった、私の…。」

 じわり。彼女の頬からは、涙。
 だが、それを遮ったのは、ブリジットだ。

 「……下らないな。貴様の後悔の話など、どうでもいい。」

 一歩前に踏み出し、心底『下らない』とでも言いたげに、侮辱するような瞳で彼女を見据える。だが彼女は、それに怒りを露にするでも冷たい視線を浴びせるでもなく、ただ小さく苦笑した。

 「そうだね……。あんた達には、全く関係ない話だもんね…。」
 「貴様が逝きたいのなら、勝手に逝け。その破壊者とやらの元へな。」
 「そうしたいのは、山々なんだけど………残念な事に、逝けないんだよ。」
 「貴様の御託は、どうでもいい。聞いて欲しいのなら、壁に向かって話していろ。私達に、貴様の話を聞いてやる義理は無い。本国から受けた、大切な使命があるのだからな。」

 そう言い終えると、ブリジットの右手から光が溢れ出す。
 その手の平には『封印球』。だが、それに人のパーツは、入っていない。
 ブリジットの出したそれを見て、彼女が、途端表情を曇らせた。

 「へぇ…。”使命”、ね…。」
 「そうだ。私に課せられた使命は、真なる風の紋章の回収。分かったのなら、今すぐにそこを退け。」
 「……ふふ。それは、出来ない相談だわ…。」

 すると今度は、ブリジットが眉を寄せた。先ほどから、逐一勘に触るような彼女の物言いに、いい加減苛立ち始めているのだ。見れば、その美貌を怒りに染めている。
 それに口元だけ笑みを見せて、彼女は言った。

 「……言ったよね? 私の目的も、あんたらと同じだってさ…。」

 いい終える前に、彼女が指を弾いた。直後、ブリジットの手の中にある封印球が、盛大な音を立てて───まるで、内側からの圧力に、器が堪え切れなくなったように───破裂する。
 それを目の当たりにして、ブリジットが舌打ちした。

 「貴様、邪魔をするか!!」
 「……何度も言わせないでよ。私が、風の紋章を回収するんだから。」
 「このっ…!!」

 面白がるように笑った彼女に、ブリジットが、とうとう腰に帯びていたレイピアを抜き放った。それを見たササライは、咄嗟に「止めろ!!」といって制止したが、怒りの限界を超えたのかそれすら聞こえないようで、飛びかかる。

 しかし・・・・・

 「うっ…!?」
 「……痛くはないと思うけど……あんたは、少しそこで大人しくしててね。」

 彼女が、再度指を弾いた直後、ブリジットの動きが停止した。それは、かつてユーバーと戦った時に行った、魔力によって相手の動きを封じる術だった。
 見えない力に縛られ呻く女を見て、彼女は笑った。



 「貴様ぁッ!!!!!」
 「ふふ……まぁ、落ち着いてよ。」

 動けぬ体を無理に動かそうとすればする程、魔力の拘束は、食い込むように締めの強度を増していく。

 痛いだろう? 苦しいだろう? もがけばもがく程、それは、あんたを苦しめる。
 だから、少し黙っていてくれないか?

 心で静かにそう呟いて、は、視線を伏せた。
 すると、それを見ていたディオスが、控え目に問うてくる。

 「殿…。確かに私たちは、紋章の回収を命ぜられました。ですが、あなたは……封印球を壊してしまった。ならば……」
 「ふふ…。ありがとう、ディオス。でもね……心配には及ばないよ。大丈夫だから。」

 少しだけ焦りを見せた彼に、そう言ってやる。
 次に、その答えを教えてやろうと、ササライに目を向けた。

 「ササライ………見せてあげるよ。私が、どうやって紋章を回収するのか…。」
 「ま、待て…!!!」

 彼は、嫌な予感に包まれたようだ。咄嗟に制止の声を上げたようだが、それを見て嘲笑ってやる。お前の言葉など聞く気もない、というように。

 「…よく見ておきなよ。”偽物”と”本物”の違いを…。」
 「偽物…?」
 「ふふ…。その封印球が”偽物”なら……今から私がやる事が、”本物”なんだよ。」
 「ッ、待て!!!」
 「…待つと思う? この子の真なる風の紋章は、私だけを待ってるんだよ。クソッタレなハルモニアなんかじゃなくて、この私に『回収』されることをね。」

 ゆっくり背を向けて、右手をルックの亡骸に向けて翳した。
 そして、ポツリと呟く。「おいで…。」と。

 その言葉を聞き取れたのは、ササライだけのようだった。



 すると・・・・・・



 カッ!!!!!



 ルックの右手が輝いたかと思うと、それは、急激に勢いを増していった。
 目を開けていられないほどの強い光。
 皆、咄嗟に手を眼前に翳して、その光から逃れた。それでも光は、この場にいる者たちの視神経を強く刺激し、閉じていても太陽の光を直に見ているような感覚に陥らせた。

 と・・・・

 光が、急激に引いた。
 その明暗の差に、一同は、頭がくらりとしたが、それを堪えて恐る恐る目を開ける。
 そこには・・・・・・

 「なっ…!」
 「…ふふ、分かった? これが”本物”の『回収』なんだよ。」

 彼女の手袋の外された右手には、淡く光る『真なる風の紋章』。
 くっきりとその刻印を見せつけるように、彼女は笑みを見せる。
 グリーンの淡い光が消えるのと同時に、彼女の右手には、また違った刻印が浮かんだ。

 それを確認して、彼女は、手袋をはめた。