[明かされた真実・4]



 その手に浮かび上がった刻印を見て、声を上げる者がいた。
 ブリジットだ。

 「そ、その紋章は…………そんな馬鹿な!!?」
 「…あんた、これのこと知ってんの? まぁ、あんたが知っていようがいまいが、私には関係無いけどね。」

 創世の紋章を知っているのか、彼女が目を剥いている。その『信じられない』と言いたげな表情を目にしながらも、は、どうでも良さそうに手首を回した。

 「何故……嘘だッ! いったい、どこでその紋章を……!!」
 「…さぁ? どこだったかね。」

 嘲るように、一つ笑ってみせる。
 と、ここでふと思い出し、一同を見回した。

 「それと………あんたらに、訂正しなきゃならない事があるんだった。」
 「何を…」
 「私の名前。」

 疑問符を浮かべたササライにそう言って、冷笑を浮かべる。

 「私の名前は、じゃないんだよ。本当の名前は、。」
 「………?」
 「そう。っていうのは、この地で行動するために、人から借りた名前だったんだよ。」

 そう言って、本来の名を知る者たちに、そっと視線を向けた。
 『今まで、黙っていてくれて、ありがとう』と。
 だが、皆、それを受けて視線を伏せてしまった。



 絶望した、その瞳。
 皆、それを直視できなかった。
 彼女は、無理をしている。無理をして言葉を発している。そう思ったからだ。

 本当は、彼女が、一番辛いはずなのに・・・・・。

 だが、彼女の本名を聞いて息を飲んだのは、ササライだ。
 彼は、彼女を知っていた。いや、その名を一度だけ聞いたことがあった。
 忘れもしない・・・・・・15年前の戦争で。

 「きみは、まさか…………デュナン統一戦争の時の……!?」
 「あらら……いまさら?」

 そう。
 15年前の戦の最中、ササライは、ハイランドの援軍として出向いていた。そこでルックと邂逅し、その傍らに立っていた彼女とも会っていた。
 直接言葉を交わしたわけではないが、同盟軍対ハルモニア軍として。その際、ルックが風の紋章を使用する折に、彼女を呼んでいたのだ。
 「」と・・・・。

 まさか、それが『彼女』だったとは。
 思いもしなかった。いや、気付きもしなかった。
 男装をしているという時点で、分かるはずもない。

 だが、今、彼女が発する『女性としての声』は、あの時聞いたものと同じだった。



 「そんな………まさか…!!」
 「…まぁ、私としては、いつ気付かれるかでドキドキしてたんだけどね。やっぱり、距離を取って正解だったみたいね。」
 「どうして…!?」
 「ふふ…。ササライ。あんたは、やっぱ私と同じで、”無知”だよ…。」

 そう言って、哀しそうに笑った『』。
 ふっと息をはくとブリジットに向き直り、彼女は指を弾いた。瞬間、ブリジットを取り巻いていた『魔の拘束』に、一筋の電流が走る。それを受けて、「うっ…」と呻いたあと、意識を失った。

 もう一度、彼女が指を弾き、その拘束を外した。
 ドッ、とブリジットが地に崩れ落ちる。
 それを目にして、ササライは、思わず声を荒げた。

 「何故だ! きみは………きみには、真なる紋章は必要ないだろう!? それに…!」
 「…そうだね。私は、元から『真なる紋章』を宿しているからね。それに、真なる紋章を所持する者は、真なるそれを二つ所持する事は……普通は不可能だよね。」
 「それなら、どうして…!!」
 「…そうだよね。不思議に思うだろうね。でもさ……私の紋章は、かなり特殊なものでね…。それが、簡単に出来ちゃうんだよ。」
 「……?」
 「ふふ…、信じられない? それなら、ハルモニアに戻った後に調べてみれば良いんじゃないの? その女が知ってるなら、文献か何かに乗ってるんだろうからね。」

 ここで、ふと彼女が眉を寄せた。

 「それか………胸クソ悪い話だけど、ヒクサクにでも聞いてみれば? あんたん所のトップが、この話を聞いてどんな反応するのか…。ふふっ、それも一興だよねぇ…。」



 先のブリジットの反応。
 それを見ていれば、彼女が『創世の紋章』に関する事柄を知っているのは、明白。
 だからは、ササライに『調べればいい』と言った。

 しかし、ここで意外な人物が、横槍を入れる。

 「……そういう事か。それなら、50年前の戦争に参加してた『』ってのも、あんただな?」
 「…?」

 唐突な質問。目を向けた先には、シーザー。
 彼は、どこか確信したような鋭さを秘めた目で、自分を見つめている。
 小さく首を傾げながらも、逆に問う。

 「答えるのは構わないけど…。私の持つ紋章と、50年前の戦争に、何か関係あんの?」
 「ある。」

 きっぱりと言い切った少年に、目を細める。
 言わんとすることは理解出来なかったものの、少し興味が湧いた。

 「…うん、居たよ。」
 「それなら、炎の英雄とも…」
 「うん、知り合い。っていうか仲間だった。でも、なんで今さら、そんな昔の話を?」
 「…………。」

 彼は、少し躊躇していたようだが、やがて話し始めた。

 「以前…。50年前の戦争を調べる機会があってね。当時の事柄を記した本を、漁ってみたんだ。それを見ていて、少し気にかかる奴がいた。」
 「…ふーん。」
 「あんたの名前…。乗ってたんだよ、その本に。それでピンときた。」
 「私の名前が…? ………それで、私の何が書いてあったの?」



 段々と興味を見せ始めた彼女に、シーザーは、ゆっくりと語り出した。

 「それを手掛けた人物によれば…。炎の英雄には、仲の良い『女』がいたらしい。その女は、戦の途中で運び手に参加した。でも、戦が終わると、その女は、連れ添いの『少年』と共に、忽然と姿を消した。」
 「……ふーん。まぁ、大体合ってるね。」

 懐かしむように遠くを見つめる、彼女。

 「でも、その別れには…………決して公にされる事の無い”真実”があったんだ。」
 「……興味が湧くね。聞かせてくれる?」

 「その女と少年は、誰にも言わずに姿を消したわけじゃなかった。そして、これから話す事は、その文献の著者自身が『実際に目撃した』と書いてあった。」
 「……もしかして、あの時、見られてたのかな? ……そんで、続きは?」
 「著者は、ある夜、その女を訪ねようとした。その女は、ある場所を気に入っていたらしい。いつも夜になると、その少年と一緒に、その場所へ行っていたらしいからな。…………ここまでは?」
 「合ってる。」

 そこまで聞いて、彼女は、50年前のその日に『誰が』『何を』目撃したのか分かったようだ。その著者もまた、運び手に参加していた者の一人だったのだから。

 「そこで著者は、たまたま、女と少年が、炎の英雄と話しているのを目撃した。『話の内容を聞き取ることは出来なかった』と書いてあったが……多少は記してあったよ。」
 「…ふーん。」
 「話の内容は、真なる紋章に関してだ。女と炎の英雄が、何事か話をしていて…少年は、それを黙って見ていた。でも突然、女が手袋を外して、英雄に向かって右手を掲げた。すると、女と英雄の右手の甲が光り出した。……光がやむと、女の右手には、何故だか『真なる火の紋章』が、くっきりと現れていたらしい。でも不思議なことに、炎の英雄の右手にも、同じものが………。ここまでは?」
 「うん、合ってる。」

 「そうか…。でも、ここで矛盾が生じた。真なる紋章と呼ばれる物は、同じ物が、この世に二つと存在しない。それなのに、女と英雄の右手には、そっくり同じ紋章が刻まれていた。けど………突然、女の右手からその刻印が消えた。そして……」
 「……『これ』が浮かんだってことね。」

 正直に驚きながら、彼女は、革手袋を取ってみせた。
 そして、その右手に刻まれている刻印を見せつける。

 「……文献にも、あんたの右手の物とよく似た絵が描かれていた。追加するとすれば……その後、女と少年は、炎の英雄に別れを告げて去って行った。という事だ。」
 「それも合ってるよ。そんで、その『女』が、私ってこともね。」

 そう言って彼女は、少しおどけたように肩を竦めた。
 「本音を言えば、ちょっと訂正したい部分もあるんだけど…。」と言いながら、その後を続ける気はないようだ。
 しかしシーザーは、ここで言葉を止めなかった。

 「俺もようやく、その女があんただってことは分かった。著者自身も『という女性には、何か大きな秘密が隠されている』って書いていたし。ただ……」
 「…ただ?」
 「その『少年』が、誰なのか………見当もつかなかった。」
 「…………。」

 彼女は、それに沈黙した。

 「文献には、名前も書いてあったんだ。でも、その『少年』の部分だけ、意図的に塗りつぶされてた。」
 「……………。」
 「その少年ってのは、もしかして……」



 「この子じゃないよ。」



 はっきりと、その言葉が響いた。
 その『少年』が、ルックではないと、彼女は言い切ったのだ。

 「…シーザー。あんたの言う『少年』は、この子じゃない。」
 「なら…」
 「………それを、あんたらが知る必要もないし、関係すら無い奴だ。」

 彼女は、まるで突き放すような感情の篭らぬ声で、そう言った。その声と表情を見て、背筋に冷たいものが走る。
 彼女は、その話題を強制的に終了させた。
 その『少年』のことに触れられたくないと、そう言っている気がした。

 その場にいる者たちは、皆、そう感じたのかもしれない。

 彼女が『避けたい』と思うほど、彼女にとっての”過去”とは、悪夢でしかないのだろうか・・・・?