[仇]



 「話は終わり。」

 星辰剣から視線を外し、ひとつ息をついて、彼らにそう告げた。
 しかし、それに納得出来ないといった顔をする者がいた。ササライだ。
 自分とルック、そしてセラの関係については理解できたのだろうが、肝心な部分がどうしても分からないのだ。

 「…。」
 「…なに?」
 「どうして、きみは、彼らの亡骸を…」
 「……愛する家族の亡骸を、わざわざ、あのクソッタレなハルモニアにくれてやる程、私が寛容に見えるわけ?」

 ササライの問いたいことを、よく分かっていた。けれど、聞く事でしか『答え』を得ようとしないその無知ぶりを見て、苛立つ。そう簡単に答えをくれてやる気など、さらさら無い。
 だから、わざと意図的に、答えにならない答えを述べてやった。
 対し彼は、「違う!」と首を振る。

 「違う、そうじゃない。僕が言いたいのは…」
 「…あんたは、質問ばっかりだよね。なんで自分の頭で考えようとしないの?」
 「それは……。」
 「……『ハルモニアに渡したくないから』なんて理由で、私が、わざわざ、こんな思い出したくもない場所に出向くと思ってるの? そうだとしたら大した奴だよね、まったく…。お目出度い頭の作りとしか言いようがないわ。」
 「違う! 違うんだ…。」

 ルックの兄に当たるのだろうこの少年を、内心、ブン殴ってやりたくなった。人の『愛』を知らぬままに育ち、また、彼にそれを教える事すらなかったハルモニアの連中も含めて。
 大切に想い、愛しているからこそ、その亡骸を『共に過ごした場所』で眠らせてやりたいと考えたのだ。
 目の前の少年は、それすら理解出来ないのか、眉を寄せ頭を抱えている。

 「……本当に分からないんだね。それなら教えてあげる。『連れて帰る』んだよ。」
 「連れて帰る? どこへ…?」
 「……あんた、本っ当に頭にくる奴だな。そんな事も分からないの? それなら、家族のいる部下にでも聞けば? 家族がいる奴なら、すぐに『答え』を教えてくれるだろうから。」

 突き放すように言い切る。
 すると彼は項垂れた。だが、すぐに顔を上げる。

 「それなら……なぜ、きみは、真なる風の紋章を…」
 「…それが私の”使命”であり、『形見』でもあるからだ。」
 「使命? 形見…。」
 「言葉の意味ぐらい分かるでしょ? 真なる紋章を回収するのが、私のそもそもの”使命”なんだよ。」
 「それなら、形見は…?」
 「……この子の、って意味。」

 流石に、形見の部分は理解していたのか、彼は視線を伏せた。そこから関連づけて、一つ目の答えをどうにか見出せはしないのだろうか? それとも、今は、まだ無理なのだろうか?
 でも、もう・・・・・・・どうでもいいか。

 「さぁ、話は終わり。私は、この子たちを連れて帰らなきゃ。」
 「っ、…」
 「話は終わりって、何度も言ったよね。それとも、なに? 私の邪魔するの?」

 そう言って睨みつければ、彼は、僅かに肩を引き攣らせた。



 「僕は……」

 突き刺さるような視線を向けてくる、彼女。それを感じながら、ササライは考えていた。
 先の彼女の言った言葉の解釈に使用していた頭を、違う事に回さなければならなかったからだ。しかし・・・・・。
 本国が、自分に下した命令。『真なる風の紋章』と、『破壊者の遺体の回収』。
 彼女の瞳の奥にある色に、胸のざわつきを抑えられなかったが、まずはそれを優先させなければならない。自分は、ハルモニアの神官将なのだから。

 「きみに…、その紋章と破壊者の亡骸を渡すわけにはいかない…!」
 「……ふふ、ササライ。あんた、やっぱり”無知”で、哀れな子だ…。」
 「っ、僕が無知であろうと、哀れであろうと、きみには一切関係の無いことだ!! 僕には、国から渡された使命がある!!!」
 「……そっか。それなら、どうする…?」

 冷徹な眼差しから一転。挑発的な笑みを浮かべながら、彼女が微笑んだ。
 それを目に、右足を一歩引く。戦うしかない。

 だが、戦闘態勢に入ろうとした直後、自分たちの更に後ろから声がかかった。



 「駄目だ、やめろ! 戦っちゃいけない!!」

 『誰だ?』と、皆が一様に、声の方へ振り向く。
 そこには、最終決戦の際、彼女の代わりに軍に入った少年たちの姿。

 18年前に赤月帝国を打ち倒した英雄に、15年前にハイランドを打ち倒した英雄。
 そして、その二人を率いて最終決戦で戦っていた・・・・・彼は、名を何と言ったか?
 三人目の少年は、確か『まだ名を名乗れない』と言っていた。

 「きみは…?」
 「話は後だ! それよりササライ、きみは、彼女と戦っちゃいけない!!」
 「どうして…。」

 赤いハチマキを巻いた少年。
 初対面で会話した印象は、確か『とても理知的で冷静な少年だ』と思った気がする。それなのに彼は、必死の形相で自分を止めようとしている。
 次に彼は、に視線を向けた。それを受けて、二人が頷く。
 何のアイコンタクトだろう? そう考えていると、彼が、彼女に向かって一歩踏み出した。だが彼女は、感情を一切取り払った瞳で睨みつけるのみ。

 「……何? なんの用?」
 「…。紋章もルック達も、きみの好きにすれば良い…。」
 「……あんたに言われなくても、私は私の好きにするよ。」
 「違う…。でも、彼らと戦うのは、止めてくれ。」
 「……それならあんたが、そいつを止めてよ。」

 静かな強い視線で睨まれた彼は、僅かに顔を伏せた。



 かつてないほど冷徹にそう言われ、は、苦虫を噛み潰したような顔を隠せなかった。
 だが、なぜ彼女がそういう態度に出るのかも分かっていた。

 奪われた苦しみ。残された悲しみ。
 誰にも理解できぬだろう、愛する者たちを失って尚生きていかなくてはならない心の痛み。
 それを誰より理解していたからこそ、は、かつての仲間に武器を向けてほしくなかった。だが、彼女が自分へ向ける表情を崩すことは、ない。

 と・・・・

 彼女の背後から、転移の光が現れた。
 結界が張ってあるはずなのに、どうして転移魔法で入って来れる?
 そうは思ったが、それは、きっと彼女に『受け入れられている者』だからなのだろう。

 その光から現れた人物に声を上げたのは、ヒューゴだった。

 「ルカさんに……、お前は…!?」

 彼らが困惑したのも無理はない。ルカの隣には、全身黒ずくめの『元破壊者』であった男が立っていたのだから。
 それを見た彼女が僅かに眉を寄せたが、口を開く前にルカが言った。

 「途中で拾ってな……。」
 「…どういうこと?」
 「詳しくは、後にしろ。それより”回収”は、上手くいったのか?」
 「…うん、大丈夫。あとは、この子たちだけ……。」
 「…そうか。」
 「面倒かけて……ごめん。」
 「……構わん。」

 淡々と交わされていく会話。
 その二人の傍で、黒い悪魔が口元に不気味な笑みを浮かべている。
 だが、その悪魔に反応したのは、ヒューゴ達だけではなかった。

 「ユーバーッ!!!!!!!」
 「ククッ…、貴様は………いつぞやのガキか…。」

 滅多に声を荒げることのないが、ユーバーを目にした瞬間、その顔を怒りに染め上げたのだ。
 その整った眉は皺が寄るほど寄せられ、赤の衣服に身を包んだ体は、小刻みに揺れている。初めて見る彼の姿に、だけでなくでさえ目を見張った。

 は、ユーバーを睨みつけながら、棍を握りしめた。
 何故なら・・・・・
 この黒い悪魔は、彼にとって大切な『親友』の仇だったのだから。

 親友を亡き者にした葬るべき仇は、三人いた。
 しかし内一人は、18年前の戦争を最後に行方不明。内一人は、かつて自分を解放軍へと導いてくれた者の手によって、その魂ごと消滅した。
 だが、最後の一人だけがどうしても見つからなかった。数々の殺戮に加担し、それでも尚渇かぬ血に飢えた、悪鬼と呼ぶべき最後の一人が。

 その男が、いま目の前にいる。
 親友の仇を取る機会が、意外な場所で巡ってきたのだ。
 その機会を素通りできるほど・・・・・・は大人でも怠慢でもなかった。

 棍を握りしめ、ユーバー目がけて走り出す。
 一瞬で間合いを詰めて、その脇腹を薙ぎ払おうとした。
 しかし、彼も簡単にやられるはずはなく、咄嗟に裾から取り出した双剣で難無くそれを受け止める。
 腕力では負ける。競り合いをすれば、自分が負けるのは目に見えている。

 ガ、キンッ!

 弾き飛ばされたものの、は空中で身を捻り、軽やかに着地した。
 そして、再度、棍を振るって飛びかかろうとするも・・・・・・・



 その攻撃を受け止めたのは、彼女だった。