[恩義]
棍と刀が、鈍い音を立ててかち合った。
その風圧で、の振るった棍に、如何なる殺意が込められているのか。皆が分かった。
現に、その風圧だけで、の頭に巻かれていたバンダナは外れ、ひらりと地に落ちたのだから。
当然と言えば当然、は、ユーバーを庇うようにその攻撃を受け止めた彼女に怒声を上げる。
「、退いて下さいッ!!!」
「………、ごめん。でも、彼をここでを殺させるわけにはいかない…。」
ぐ、と押し返されては、その反動を逆手に取り、距離を開けた。
自分の中にある明らかな動揺を、ユーバーが、薄ら笑いで見つめている。
どうして・・・・どうして、こんな悪魔を庇うのだ?
数え切れない程の人間を笑いながら虐殺してきた、この悪魔を・・・・!!
耐え切れず、真実を口にした。
「こいつは……こいつは、テッドを!!!」
「………知ってるよ。」
「え…?」
静かに答えた彼女に、思わず耳を疑った。
どうして? なぜ、彼女が知っている?
自分の親友であり、彼女の恋人であった”彼”を、この男が苦しめていたこと。『ユーバーが、”彼”を死に追い込んだ者の一人だ』という事を・・・・。
それを彼女は、知っていると言った。ユーバーこそが、”彼”を追いつめた、最後のひとりである事を。
「なぜッ…!!」
「………ごめん、。私は知ってた…………いや、思い出したよ。」
言葉が告げない。
彼女は、哀しそうに顔を伏せている。失意と苦しみの入り交じるその闇色の瞳を、静かに揺らしながら。
思い出したという言葉の意味は、理解できなかったが、彼女は、それでも『ユーバーを殺させたくない』と言っていた。
「僕は、そいつを…!!」
「……聞いて。私は、昔、彼に命を助けられた事があるんだよ…。」
「なっ、そいつに…!?」
「そう…。もし、彼が助けてくれなかったら、私は…確実に命を落としてた。それに…」
「…?」
「彼は、唯一……私に……この子たちの『神殺し』を教えてくれた……。」
事実、15年前のデュナン統一戦争の際に、はユーバーに助けられた事がある。
それは、どんな形であれ『恩義』だった。自分の事を、助けてくれたのだから。
それに、自分がこの地で煮詰まっていた時も、彼は何度も助言をくれた。彼にとっては助言でなく、ただ単に自分が介入する事で起こるだろう『イレギュラー』を楽しむための気紛れだったのかもしれない。
それでも自分にとって、彼の言葉は、真実に近づくための『助力』であった。
しかし・・・・・。
のその言葉が、の心に突き刺さった。
動揺は疑問へと変わり、頭の中を駆け巡る。
・・・・・・信じられなかった。
信じられるはずが、ないのだ。この殺戮を糧とする悪魔が、人の命を救うなど。
この男は、親友を殺すだけでなく、面白がるように数々の戦に姿を現しては、多くの人をその手にかけた。悪鬼なのだ。残虐非道で、冷徹な悪魔。
だが、彼女が嘘をついていないことも分かった。
彼女は嘘が苦手だ、と。下手であると。他ならぬ彼女の『家族』であった『彼』が言っていたのだから。
でも・・・・・
「僕は、そいつを許せない…!!!」
「……分かってる……分かってるよ…。」
「それなら………そこを退いて下さいッ!!」
「……ごめんね。出来ないんだよ…。」
棍を構えて詰め寄るも、彼女は、首を振り決して退こうとはしない。
それでもは、ユーバーに対する憎しみを覆すことが出来なかった。
そして彼女は、そんな自分の想いを分かっていたのだろう。一つ目を伏せると、ユーバーとルカに一言「…お願い。」と言った。それを受けた彼らは、一つ頷くと、それぞれの腕にルックとセラの亡骸を抱く。
彼女が静かに右手を掲げると、宙から光が落ち、彼らの足下に波紋を広げた。
それにうろたえたのは、だけではない。ササライもだ。
『ルックとセラを連れて行く気だ』と考えたのだ。
故にササライは、咄嗟に右手を掲げた。
だが魔法が発動する前に、彼らは、光に飲まれて姿を消した。
「くっ…!」
「……何故ですかッ!?」
悔しくて、歯噛みする。
しかし彼女は、それに表情を変えることなく、ササライに向けて淡々と告げた。
「……悪いね、ササライ。これで、あの子たちは………家に帰る事が出来る。もうあの子たちも、そして風の紋章も、あんたらの手に渡ることはない…。」
そして、次に自分を見つめた。
「…。悪いけど、さっきも言ったように……今、ここで、あいつに死なれるわけにはいかないんだよ…。」
「…………。」
「だから…、だからね、…。あんたの怒りは……」
そう言って彼女が、刀を自分へ向けた。
「あんたの…あんた達の、怒りや憎しみは…………全部、私が引き受けるよ……。」