[想いの果てに]



 彼女は、刀を一振りした。
 対しは、沈痛な面持ちをしながらも、それを辞す。

 「僕は、あなたと戦う気は…。」
 「。言ったよね。あんたらの憎しみも怒りも、全部私が引き受けるからって…。だからあんたも、ユーバーに対する憎しみを、全部私にぶつけてくれて良い。いくらでも受け止めるから。」
 「…あなたに………そんなこと……出来ません…。」
 「……そう。それならあんたは、そこで黙って見てれば良いよ。納得いかない連中は、ここには、沢山いるから…。」

 納得いかない連中とは、ハルモニアに属する者だ。
 ナッシュは定かでないが、ササライにディオス、そして意識を失ったままのブリジット。彼らの使命が『回収』であるなら、このまま黙って引き下がるわけがない。
 そして、たぶんクリスやヒューゴもその内に入るだろう。ハルモニアとはまた違うものの、納得がいかないとその表情が語っていたのだから。

 彼等は、自分の家族が巻き起こした戦いで、愛する者を失った。それを『許してやってくれ』と言う方が間違っているのだ。
 自分は、家族の亡骸を手に、遠回しにではあるが『墓を作る』とまで言った。それに『納得しろ』という方が無理なのだ。

 だから、その全ての怒りの矛先を、自分に向けさせようとした。
 彼らの憎しみを、全て自分が引き受けようと。だから自分にぶつけろと言った。
 全部、自分が請け負うと。

 けれど・・・・・

 生憎、負けてやる気は、さらさら無かった。
 ササライも、自分に敗北する事で母国へ帰りやすくなるだろう。も、それまで内に秘めていた心の闇を、自分と戦うことで少しは解放出来るはず。
 ヒューゴやクリスも、自分との戦いから何か得られるものがあるはず。

 そう考えたから・・・・。

 だがは、ゆっくりと棍を下ろした。あくまで『仇とするのは、ユーバーのみ』と。
 自身、彼に無理強いする気はなかった。彼が戦いたくないというのであれば、それはそれで構わない。

 彼から視線を外して、次に、ヒューゴとクリスに問うた。

 「で……あんたらは、どうすんの? 憎むべき破壊者の『家族』であり、更には、風の紋章すら奪った、この私を…。」
 「俺は……あなたに恨みはないけど………破壊者を許すことなんか出来ない!!」
 「…私もヒューゴと同感だ。」

 彼等の返答を聞いて、最後にササライに目を向ける。

 「それじゃあ、あんたは…?」
 「……さっきも言ったはずだ。僕は、僕の使命をまっとうする!」

 彼は、ナッシュ、そしてヒューゴとクリスと共に、自分と戦うことを決めたようだ。
 それを見て、ふっと鼻で笑ってやる。煽るという名目が半分。どれほど数は多くとも、自分が負ける事など、決してない。それを見せつけて彼らの感情を煽り、憎しみを引き出してやる。全てぶつけさせるのだ。自分に。
 だが、もう半分は、何処か。それを探そうとして、すぐに止めた。もう半分の思惑が何処にあるかなど、自分を含めて誰も知らなくていい。もう自分は『それ』を必要としてはいないのだから・・・・。

 しかし、彼らの輪に加わった者がいた。だ。
 彼は、自らササライ率いるパーティに加わったのだ。
 それに思わず眉を寄せる。

 「……あんた……いったい、どういうつもり?」
 「俺は……きみを止める。」
 「…馬鹿だね、あんた。私を止める? 随分、面白い冗談を言うようになったね。」
 「きみが、どうしてこんな事をするのか……俺には、よく分かってる。だからこそ俺は……きみを止めてみせる。」

 彼は、その言葉の通り、自分の心を読んでいる。
 でも、そうさせたくはないと自ら出てきたのだろう。全てを背負わせたくないと。
 そんなこと、自分は、これっぽっちも望んでいないのに・・・・。

 だが、表面では『呆れた』と言わんばかりに鼻を鳴らしてやる。

 「そう…。言っておくけど………手加減はしないよ。」
 「……構わない。きみがそうしてくれなければ、俺は……。」

 静かに、彼が双剣を抜いた。
 ササライ達も、それぞれの武器を抜き放ち、身構える。
 ササライの視線を受けたゲドやナッシュも『一応』とばかりに武器を構えていたが、二人の表情はどこか冴えない。
 だが、ここでがナッシュを引き止めた。

 「すまないが、きみを参加させるわけにはいかない。」
 「俺を? …なんでだ?」
 「真なる紋章の加護なき者は、命の保証がないからさ。」

 裏を返せば、『今いるパーティメンバーは、全て真なる紋章を持つ者達だ』と言う事だ。
 どうやら彼は、その事に気付いたようだ。

 「それなら、あんたも…?」
 「さあ、どうだろうな? っと…。危ないから、下がってた方が良い。」

 曖昧な返答をしながら、彼の背を押して下がらせ、彼女を見つめる。

 「さぁ、俺たちの準備は、OKだ。あとは…」
 「………私に、準備なんか必要ないから。」

 淡々とそう言った彼女の瞳が、先ほどよりも更に濃い『闇』に染まっていく。それを見て、背筋に冷たいものが走ったが、は自身で喝を入れ、それを抑えた。

 ナッシュを外したのは、気遣いでもあった。今の彼女が尋常でないと考えたからだ。
 感情を押し殺してはいるものの、その実、それは完全ではない。怒りと絶望は、彼女の全身から滲みでており、触れることすら叶わない。それは、きっと、いつもより感情のコントロールが出来ず、心が闇へ染まり始めている証拠。
 真なる紋章の加護あればこそ、それを受けない者ならば、彼女の持つ”力”であっという間に灰にされてしまう恐れもある。
 だから彼を外した。

 に目を向け、問う。

 「二人とも、結界を張れるか?」

 彼らが答える前に、彼らではない誰かが、戦闘に加わらない者達の周りに『それ』を張った。瞬時に。
 それは、これから自分達と戦うことになる、彼女の手によって。

 だが、結界を瞬時に作り出すことは、容易ではない。元より彼女は、転移防止の結界を張っていたはず。その規模や継続性を見るだけでも相当な負担がかかっているはずなのに、簡単に二つ目を張るなど、並大抵の者の成せる技ではない。
 彼女は、それを簡単にやってのけた。転移防止の結界と、戦闘被害を防ぐための結界を、二つ同時に。

 「流石だな…。」
 「………”魔力”さえあれば、誰でも出来るよ。」

 冷たすぎるほどに冷たく、彼女が言った。自分に。そして彼女自身へ皮肉をこめて。
 先よりも、その闇が深くなっている。

 それならば・・・・・・・・・死を”覚悟”しよう。
 そうしなければ、彼女を止めることなど出来ない。
 他の者も、同様に感じたのだろう。本気でいかなければ自分が殺される、と。

 そんな中、は、ふと思った。それで良いかもしれない、と。
 『彼女の手にかかって死ねるのなら、それはそれで、自分にとっては素晴らしい幕引きなのかもしれない』と。



 張られた結界の中で、風が、ゆらりと頬を撫でた。