[行く手を阻む者]



 彼女は笑みを絶やすことなく、ターゲットをに絞った。
 そして周りの者に隙を見せることなく、ゆらりと刀を構える。

 その構えを見て首を捻ったのは、12小隊の者たちだった。彼らは一度、彼女の戦いぶりを見ていたことがある。セナイ山で一度だけ。
 その時の彼女は、立ったまま構えを取ることもなく、何か決まった型を取るでもなく、破壊者たちと戦っていた。それなのに今は、独特な構えを見せ、その切っ先をに向けて揺らめかせている。
 思わず唸ったのは、星辰剣だった。

 「あやつ…。」
 「…まずいですね。」
 「ふむ……本気のようじゃのぅ…。」

 その言葉にが続き、更にシエラが続けた。
 結界の中にいた者たちは、一様に眉を潜める。代表者としてクイーンが「どういう事だい?」と問うと、シエラが、彼女から目を離さず答えた。

 「あやつは……は本来、型など取らんのじゃ。」

 言葉を選ばず言い退けたシエラに、クイーンが怪訝な顔をする。
 ここでが付け足した。

 「さんは……同盟軍にいた頃も、決まった型を持たない人だったんです。剣の師もいなかったようで、我流だと言ってました。でも一度だけ、僕が戦闘不能になった時に、後で聞いた話なんですけど……変わった構えを取って敵を殲滅したらしいんです。だから、要するに…」

 それでようやく理解したのか、疑問符を浮かべていた者たちは納得顔。彼女が『本気』なのだという事が分かったのだろう。
 だが、ここでフッチが首を傾げた。

 「でも、あの構えは、あの時とは……少し違う。」
 「そうなの?」
 「うん……。基本的には変わらない、のかもしれないけど…。でも、あの時よりも……隙が一切なくなっている。」

 当時、すぐそばで彼女の型を見ていたフッチ。
 彼は、思い出すように思案しながら、やはり「あの時とは違う。」と言い切った。

 補足をすれば。

 同盟軍時代、は決まった『攻撃の型』というものを全く持っていなかった。
 彼女の剣技は完全な我流であったが、例え師を持たなくとも、100年以上それを使い続けていれば自ずと強くなっていく。
 彼女の場合、武器以外の攻撃───手や足を使い、殴ったり蹴ったり───など基礎も型も無かった為、時折、相手の見極められないことをやってのけた。構えを持たないというのは、ある意味、玄人と素人の戦いにおいて勝負は見えているはずなのに、素人の行った事が意外な結果───例えば、無駄なく動こうとする考えはなく、ただ我武者らに武器を振り回した結果、玄人に小さな手傷を負わせる───を引き出す。

 自身そこから始まり、実に100年以上の実績を伴った結果、我流であってもそれが『型』として定着していた。
 そして、それがの言った『過去に一度だけ型を取った事があるらしい』というものであり、フッチの言った『変わった型を取っていた』という事なのだ。

 更に言えば。

 彼女は、デュナン統一戦争後、ルカを家族として迎え入れている。彼は、戦争中でも名を馳せた通り剣を使わせればまず右に出る者はいない。そして彼女は、そんな男と十数年共に生き、手合わせをしてきた。
 故に、話の流れや彼女自身の希望もあり、彼によって基礎から始まり『型』というのを享受されている。
 彼女は、ルカの『猛威』とも呼べる剣技と、それまでの実績兼経験を合わせた我流剣技によって『脅威』と呼べるまでになったのである。



 だが、彼等がそんなこと知る由もない。唯一、が『そうなのかもしれない』と考えたが、口には出さなかった。
 彼女が、いま現在に対して取っている『型』は、我流のものと、ルカにより教え込まれたものが入り交じり、彼女にとって『取りやすい』かつ経験上一番合っているものなのだろう。フッチが、『15年前のものとは違う』と言ったのも当然と言えば当然である。
 ある意味それは、彼女の中の『現在の完成型』であった。無駄の無い動きと全身より発される空気が、さらにそれを『そう』見せていた。
 事実、皆が戦いの輪に視線を戻してみれば、彼女に狙いを定められたはもちろんのこと、その周りを囲おうとするヒューゴやクリスですら動く事が出来ない。
 唯一『動いている』と認識できるのは、彼女の持つ刀の切っ先だった。



 柔らかに揺られるその先が、緊迫したこの場の時の流れを、さらに遅くさせた。
 皆は一様に彼女を見つめ、誰かがゴクリと唾を飲み込む音さえ、鼓膜に響き渡る。



 瞬間。



 ヒュッ・・・ガ、キンッ!!

 「えっ…!?」
 「なんだ、今の…?」

 が目を瞬かせ、エッジが目を細めた。彼女の姿が消えたと思った瞬間、既にと武器を交えていたからだ。先のヒューゴと同じように、の脳天を打とうと刀を振り下ろしており、で彼女の攻撃を受け止めるよう双剣を交差させ、その攻撃を防いでいる。
 その余りの早さに、皆、目がついていかなかった。

 だが彼女は、近距離転移を使ったのではない。転移は、それ独特の消え方や現れ方があり、それとは違う。
 それなら、どうやって?
 答えは簡単だ。彼女は転移ではなく、自らの足を使ってに仕掛けに行ったのだ。幾重の修羅場をくぐり抜けてきた強者たちの目でさえ、追いかけることの出来ない早さで。
 彼等が揃いも揃って目を瞬かせてしまうのは、致し方ないことだった。

 その攻撃を受けた当のは、それを雑作もなく受け止めた。それだけで皆、という男が如何に強いのかを同時に理解した。

 だが・・・・・

 「…ふーん。これ、よく受けられたね? 褒めてあげるよ、…。」
 「…あまり買いかぶらないでくれよ。これでも、受けるのが精一杯だったんだからな…。」

 皆に聞き取れないほど小さな声で彼女と軽口を交わしたが、は、内心焦っていた。
 先の動き。見えなかったわけではない。ないのだが・・・・

 「……まだ、本気じゃないんだろ…?」
 「…ふふ、当たり前じゃん? 本気でやったら………すぐ終わっちゃうし、つまんないでしょ?」

 彼女は、まだ全力ではない。伺うというより半ば確信するよう問えば、否定するでもなく余裕の表情。むしろ、それでは面白くないと言いたげにクスクス笑っている。
 徐々に染まっていくその笑みに、同じく余裕を浮かべてみせながらも、は背筋に冷たいものが走るのを感じていた。

 そして、先ほど、何故ヒューゴが彼女から逃げ出すことが出来なかったのか、身をもって知った。抜け出そうとしなかったわけではない。抜け出せなかったのだ。女性としてはおかしいとも思える、異常なほどの腕力に・・・・。
 片手で剣を扱っているにも関わらず、そのまま自分を抑え込もうとする力は、男以上のもの。ギ、と金属同士がぶつかり合う嫌な音で、思わず耳を覆いたくなったが、今それをしてしまえば、確実に彼女の刀の切っ先が自分を真っ二つにするだろう。

 体勢を変えなくてはと思い、後ろへ飛び去ろうと僅かに身を屈めて反動をつけようとする。だが彼女は、小さく「甘いよ…。」と笑うと、不意に空いた左手で腹部を殴りつけてきた。それは先の異常な力ではなかったが、見事に鳩尾に決まってしまったため、胃から込み上げるものを必死に抑えつつ、膝をつく。

 と・・・・・・

 彼女が、トドメを刺すでもなく刀を下ろした。何を考えているのかと思う間もなく、腹の中心を蹴り上げられ吹き飛ばされる。瓦礫と化した遺跡の残骸に、受け身を取ることも出来ず、背中から勢い良く叩き付けられた。

 「ぐッ…!!」
 「ふふ…。私が、そう簡単に逃がすと思った?」

 ゆっくりとこちらに近づいてくる、彼女の声と足音。何度も咳き込みながら顔を上げれば、すぐ間近で冷笑している。実は、今の衝撃によって背から両手にかけて感覚がなかったが、それを表に出さないように双剣を握りしめようとする。
 それを見た彼女は、更に笑った。

 「ふふ…。両手、麻痺しちゃったんだ? 大丈夫?」
 「まだ、だ…!」
 「…まだ? 腕もろくに動かないのに、まだ、なんて言うの?」
 「俺は、まだ……戦える!」
 「ふふ…。あんたのそういう所、昔から大好きだったけど………。状況を見て、ものを言わないとねぇ?」

 そう言って、彼女は、刀を振り上げた。
 無慈悲なほど、冷徹な笑みを浮かべて。