[死の宣告]



 結界を解きながら、は、次にクリスに標準を絞ろうと決めた。
 そういえば、と、先の輪から抜け出して何をしていたのかと思いきや、彼女は、真なる水の紋章を使っての傷を癒している。ヒューゴやブリジットが自分の目を引いている間に、体力消耗の激しい彼を回復したのか。即席のチームではあるものの、少し感心した。

 「ふーん…。意外と、チームワークはあるんだね…。」

 あえて素直に感心を示していると、傷が完全に癒えたが、クリスに礼を言い、ササライの手を借りて立ち上がった。
 自分は、一応運び手に在籍していたものの、誰かと殊更親しくしたり、パーティーインすることがなかったため、彼らの連携に惹かれた。個々で見れば、確かに小さい力であるものの、それが個々に作用していくと”大きな力”になっていく。

 『人の”力”……………運命を動かす”力”……。』

 感心に感心を重ねていると、の視線に気付いた。

 「あーあ、早いなぁ…。もう復活しちゃったんだ?」
 「……もう止めるんだ。」
 「…何をいまさら。さっき言ったじゃん。止めたいなら、本気で来いってさ。」
 「俺は…」

 その続きを、言わせはしない。

 「私が、次に狙うのは、クリスだよ。……まぁ、精々頑張れば?」

 彼の言葉を遮って、堂々と次のターゲットを指名する。
 自分の”力”への絶対の自信。負けるはずがない。
 言葉にせずとも、態度でそう見せつけてやった。

 「ふふふ…。ヒューゴが、呆気なく脱落しちゃったからねぇ。本当は、一気に片付けても良いんだけど………一人一人の方が、戦ってるって気がして楽しいでしょ?」

 そう言って、彼女に狙いを定める。一撃で仕留めるため、刀の切っ先を揺らめかせながら。
 しかし、それを阻止するかのごとく、ササライとゲドとが、彼女の前に出た。僅かにササライの右手が輝いていた───真なる土の紋章を詠唱しているのだろう───が、それでも狙いは変えない。

 「ふーん……クリスを庇うの? まぁ、別にいいけど…。結果が変わるわけじゃないし。」
 「、もう止めるんだ…。」
 「……さっきから煩いよ。止めたいなら、力づくでやれば良いじゃん!!」

 彼に言い放ち、低く身を屈める。
 ササライが、詠唱を口早に終了させて、右手に力を込めたのを目の端に捉えた。直後、彼の右手が光りを発したが、その攻撃が繰り出される前にクリスに仕掛けに行く。

 ドッ!!!!

 「うッ…!?」
 「クリス!!!」

 瞬時に彼女の背後へ回り込み、その背に一撃を当てた。彼女が前のめりに倒れる中、自分の動きを正確に読んだのは彼だけのようで、彼女を支えようと腕を伸ばした。だが、その前に、彼女の首根を掴んで転移する。
 差し出された彼の手は、彼女を支えることなく宙を切った。

 「あーあ、残念だったね。これで、クリスも戦線離脱って感じかな?」
 「くそっ!!」

 悪態をつきながらササライが、更に土紋章を発動させるが、それを刀に宿した紋章で無効化する。悔しそうに歯噛みする彼を、これでもかと嘲笑ってみせて、先のヒューゴと同じくクリスの鳩尾にも、魔力を込めた一撃を叩き込んだ。
 転移を唱え、彼女を防護結界の中へ送る。すぐさまクイーンが、彼女を抱き起こし脈を確認した。ホッと安堵をみせ、結界の中にいる者たちに頷いてみせる。『死んではいない。気絶しているだけだ』と。

 「これで………二人目だね?」

 そう言って、ササライに挑発の目を向けた。だが、彼も黙ってやられっぱなしでいるほど、愚かではなかったようだ。
 あれで攻撃の手が止まった、と思ったのがいけなかった。彼の右手が、また淡い光を放ったことに気づき、すぐさま刀を掲げようとしたが、その前に大地の怒りに襲われた。
 巨大な岩石が、全身を殴打するべく地から飛び出す。咄嗟に身を捻り、左腕で全身を庇うも、ガリッ、という耳障りな鈍い音。岩石が、骨まで達したのだろう。
 反射的に、利き手でない左腕を犠牲にしたものの、そこからは、どくどくとした赤い血が流れている。思わず、痛みに顔を顰めた。

 それを見て、ササライが言った。

 「きみが、どれだけ大きな”力”を持っていようと、その油断が大きな命取りになるんだよ。力がある者ほど、ね…。」
 「……ふーん、なるほどね。温室育ちのお坊ちゃんも、なかなか生意気な口きくもんだね。確かに、あの子の兄貴なだけある。」

 思わず舌打ちしたい衝動に駆られたが、あえて冷静に返す。
 だが、ふと、今の自分の言動がおかしくて、声を出して笑った。
 そんな自分を見て、『傷を負ったにも関わらず、どうして笑っていられるのだ?』と、皆が眉を寄せている。

 「何が、おかしい…?」
 「ふ、ふふ…。確かにあんたらは、兄弟だよ…。それなのに”無知”と”博識”か…。それがどうにも可笑しくて、しょうがないんだよ…。」
 「っ…。」

 そう言ってササライを黙らせ、右手を掲げる。
 創世の紋章を押しのけ、新たに姿を現した紋章を見て驚いたのは、だ。

 「なっ、それは……!」
 「ごめんね、。少し借りるよ…。ふふ……痛いものは痛いからさ…。」

 右手に浮かんだ『輝く盾の紋章』。
 彼が所持しているはずの刻印が、自分の右手で輝いているのを見て、声を上げたのだ。

 「どうしてあなたが、それを使えるんですか!?」
 「……そうか、説明してなかったね。私の紋章はね……”共鳴”した相手の紋章なら、いつでも使用出来るんだよ…。」



 「共鳴、だと…?」

 共鳴という言葉に、ササライは、眉を寄せた。
 先の『回収』を見た後も、戦いながら、ずっと彼女の右手に宿る紋章のことを考えていた。だが結果も得られないのに、更に頭を混乱させるような事が、目の前で起こったのだ。
 彼女は目もくれず、突き放すように言った。

 「…言ったよね。私の紋章のことが知りたいなら、とっととハルモニアに逃げ帰って文献でも探れって。それか、ヒクサクにでも聞いてみれば? ………まぁ、聞けるものなら、だけどね。」
 「っ………。」

 ここまで散々小馬鹿にされれば、流石に苛立ちを隠せない。
 眉間に皺が刻まれ、両の拳が震える。
 その間にも彼女は、盾の癒しによって、確実に左腕の傷を治癒している。

 だが、その癒しの光が消えた直後、次の宣告がなされた。



 「次は………ササライ…………………あんたの番だよ。」



 怒りに震えていた拳が、また違った意味で震えた。