[刹那の勝負]



 「あぁ、残念だよ…。あんたには、何の『借り』もないからね……。」

 刀の切っ先をササライに合わせ、彼女は笑った。
 『ヒューゴにもクリスにも、その親となる者に借りがあった為、命を助けた』という意味なのだが、彼がその意を解することはない。

 「借り、だって…?」
 「そうだよ…。ヒューゴの母親にも、クリスの父親にも、私は『借り』があったんだ。」
 「どういう…」
 「親に借りてた恩を、その子供に返したってこと。」

 曖昧な説明。ササライは、眉を寄せた。

 「意味が…」
 「ふふ、分からない? そうだなぁ、平たく言えば………ヒューゴやクリスとは違って、私は、あんたに対して『手加減してやる理由が無い』ってことだよ。」

 そう言いながら、彼女は、再度刀を構えた。
 その言葉を聞いて、更なる怒りを感じる。明らかに馬鹿にされていると分かったからだ。
 彼女は、ヒューゴにもクリスにも、かなりの手心を加えていたのだろう。4対1の時から、ずっと。

 そして、彼女の言った『手加減』とは、即ち『命を取らない』ことだ。借りを返すために、その命を取らなかった、ということだ。
 裏を返せば、これからは本気を出す、ということだろう。これからは、全力で残った者を殲滅すると・・・・・。

 だが、先の戦いが『手加減』ならば、『本気』とやらは、如何程のものか。まったく想像もつかないが、分かっている事といえば、自分が挑発されているのと、彼女が本気を出せば、自分たちなど瞬く間に殺されてしまう事だけだ。
 だが、その余裕に満ちた表情が、なんとも気に入らない。

 「馬鹿に……してるのかい…?」
 「あははっ! あぁ、馬鹿にされてるってことは、ちゃんと分かってんだね。」
 「っ…。」

 挑発に蔑みを含んだ黒き双眸が、まっすぐに自分を捕らえている。好戦的とすら思えるその瞳は、戦いを心から楽しむ戦神のような、いい知れぬ物悲しさを放っていた。
 はっきりとものを言うのは、この女性の性分なのだろうか? そんな疑問が脳裏をよぎったが、意味の無いものだと、すぐに消し去る。
 だが、目の前の女性に対する好奇心が、みるみる膨れ上がるのも事実だった。

 「…まぁ、いいや。ふふっ…。痛くないようにしてあげるから、そこで大人しくしときなよ…。」
 「…………。」

 その言葉を最後に、彼女が、刀の切っ先を揺らめかせた。
 それを見て冷静さを取り戻しながら、右手に意識を集中し、詠唱を口早に行う。
 ・・・・大丈夫だ、すぐにでも放てる。
 右手が、『今すぐ力を解放しろ』と、輝きを増していた。

 勝負は、一瞬で決まる。
 自分が死ぬか、彼女が死ぬか。

 彼女が小さく笑い、口元だけを動かした。
 「さよなら、ササライ…。」と。

 それを合図とするように、ササライは、あるだけの力を解放した。
 そして彼女は、駆け出した。



 ドォン!!!!

 ガッ!!!!!



 「…ぐッ……!!」
 「ササライ様ッ!!!!」

 勝負を制したのは、ササライではなかった。彼の放った魔法より、彼女の一閃の方が早かったのだ。標的の消えた大地の怒りは、誰も居ぬ場を攻撃し、彼女の刀が、自分の左肩口から右腹部側面までを切り裂く。
 ディオスの叫びも虚しく、ササライは、倒れ伏した。



 彼女は、ゆっくりと刀を収めると、ササライに転移を使った。
 彼が光に飲み込まれ、防護結界の中へと送られる。

 ディオスは、慌てて上司の元へと駆け寄ると、抱き起こして傷の確認をした。しかし、彼女に斬られたはずの胸は、血ひとつ出ていない。「失礼を…。」と呟いて、上司の上着を脱がせてみたものの、そこには『一閃の痣』のみ。
 ・・・・・・どういうことか?

 彼女へ視線を向けようとすると、横にいた星辰剣が呟いた。

 「あやつの武器は………刃が、逆位置についておるのだ。」
 「逆位置、ですか…?」
 「斬る部分が、反対側にあるって事か…?」

 シーザーの問いに、彼は「うむ…。」と言った。

 「そういうことだ。要するに、峰打ちというやつだ…。あやつの刀は、人を殺めるための物では、ないのだからな。」
 「ですが、本来、武器は、人を殺める為の物では…?」
 「……あやつは、違う。あやつの武器は、守る為にある。」

 そう言って、星辰剣が口を閉じた。
 ディオスは、それ以上問いつめることはしなかった。上司の命が助かっただけで、御の字なのだから。
 だが、納得出来ないこともあった。彼女は、さきほど「手加減はしない」と言っていたではないか。手加減をしないということは、殺す、という事ではないのか?
 その疑問を視線に乗せて見つめるも、彼女は、僅かに首を振って背を向けた。



 「………あの子の…………兄弟なんだから…。」

 それは、誰にも聞き取れないほど小さく弱々しい嘆きだった。
 殺せるはず・・・・・・ないじゃないか。
 殺す気なんか、最初から無かったけれど・・・・。



 「……不器用な奴よ……。」

 シエラは、目を伏せ、静かに呟いた。