[愛を超えて]



 残ったのは、ブリジットにゲド、そして
 ほんの少し前まで6人いたパーティが、あっという間に半数に減らされた。
 半刻も経たぬ内に、それをやってのけた彼女には、流石のゲドも舌を巻いた。

 ・・・・・いや、違う。
 最初から彼女が本気を出していれば、簡単に勝負はついていた。先ほど彼女が、ササライに言っていたことで、それは分かる。如何に”力”を抑えて戦っていたのかが・・・・。

 「実力の半分も…………出してはいまい。」
 「ん?」

 ポツリと呟くと、が反応を見せた。小さく首を振ってそれをやんわり拒否すると、剣を構え直す。彼も双剣を握りしめた。
 ブリジットは、自分たちと彼女の対角線上に位置していたが、やはり剣を握りしめている。

 ・・・・・次は、自分たちの誰かだ。
 だが、そんな予想は、彼女の一言によって大きく裏切られた。

 「………ふぅ。やーめた…。」

 それだけ言って、彼女は、祭壇へ転移した。
 いったい何を『やめた』なのかと思案する一同を尻目に、バンダナを拾い上げると、それを頭につける。

 「…。」
 「なに?」
 「何を……止めるというのだ…?」

 に続いてゲドが問うと、彼女は、あっけらかんと言った。

 「なにをって…………戦うのを止めるんだよ。」

 そして、徐に右手を掲げる。零れ落ちた光が、地に波紋を広げた。
 だが、それを見て、ブリジットが声を荒げた。

 「待て!! 貴様、逃げる気か!?」
 「…………逃げる?」

 その言葉に、彼女が、そっと右手を下ろし鼻を鳴らした。

 「…逃げるんじゃないよ。帰るの。私の用は、もう済んだからね。」
 「帰るだと…?」
 「そう。それに私は、元々ゲドと戦う気もなかったし、も、私を止めようとしてこの戦いに加わっただけでしょ?」
 「御託は…」
 「いらないって? ふふ。あんた、本当に面白い奴だよね。」
 「貴様ッ!!!!」

 煽られたブリジットが、レイピアを手に突進する。だが、が指を弾いたと同時、その間に壁が生じた。
 バチッ、という音をさせて、ブリジットが弾き飛ばされる。

 「貴様ぁッ!!!」
 「……威勢が良いのは、若さだろうけどね…。私と戦いたいのなら、まずは、この結界を超えてきてよ。」
 「くっ…!」
 「ふふっ…。そうすれば、いくらでも付き合ってあげるよ?」

 どうせ無駄な努力だろうけどね、と呟いて、が背を向けた。
 実際にその魔力は巨大過ぎて、ブリジットでは、突破する所か解くことさえ適わないだろう。
 だが彼女は、それでも己が使命を全うしようとを罵った。

 「貴様、敵を前にして、逃げるのか!? 武人の恥ではないか!!」
 「…はぁ? 武人? ……生憎だけど、私は武人じゃないし。ただの一般人だから、恥なんてなんもないし。」
 「くそ、私と勝負をつけろッ!!!」

 バチ、バチ、と音をさせながら、ブリジットが壁を越えることを諦めない。その執念を見れば、彼女のハルモニアに対する忠誠心が、いかに高いか分かる。
 だがは、ゆっくり彼女に向き直ると、その瞳に冷たさを秘めて、問うた。

 「…そんなに………そんなに、命を無駄にしたいの…?」
 「私は、ヒクサク様の御為ならば、この命を捨てることすら厭わぬ!!」
 「……ふーん。実に見上げた忠義だねぇ…。」
 「分かったのなら、この結界を解いて、私と勝負しろッ!!」
 「……ふふっ…。あんた、やっぱ馬鹿だ…。」

 そう言って指を弾いてやると、間を隔てていた結界が消え去る。
 すると彼女は、獲物を構えて突進してきた。
 それに小さく笑いながら、もう一度指を弾いてやると、その体は、例のごとく魔力によって拘束される。

 「ぐっ!?」
 「……ブリジット。正直、あんたのその忠義は、認めざるをえないけど……私に挑むなら、もっと”力”をつけてからの方が良い…。」
 「何……を…!」
 「…この程度で動けなくなるようじゃ、私の相手は勤まらないっつってんだよ。」
 「き…さま…………ッ、ぐあッ!?」

 更に指を弾くと、彼女を捕らえた魔の拘束に電撃が走った。先ほどのものより、更に太い電が。それが全身を駆け抜けた瞬間、彼女は意識を失った。

 「ふふっ……ごめんね、痛かった?」

 彼女の拘束を外しながら笑ってそう問うて見るも、意識が無いため答えは返らない。
 は、彼女に背を向けて、転移の光に身を任せようとした。
 だが、がそれを止めた。

 「!」
 「…………。」
 「なぜ、きみは…」
 「……さっきも言ったよね。あんた達は、私を止めるために加勢しただけ。それに…」

 ゲドを見つめる。彼は、静かな瞳を向けていた。

 「彼に『教える』ことは、なにもないからね……。」

 そういい終えて、ふと思い返す。自分の”使命”が、もう一つあったことを。
 指を弾き、転移防止結界と防護結界を解く。

 「、いったい…。」
 「引き止めてくれてありがとう、。あやうく忘れる所だったよ。」
 「……?」

 彼の言葉を遮って、右手を掲げた。ヒューゴたちに向かって。
 すると、ヒューゴとクリス、ササライの右手が輝き出し、目も開けていられないほどになった。

 光が収まり、一同が目を開けると・・・・・

 「それは…?」
 「ふふっ……これが、”共鳴”だよ…。」

 右手に浮かんでは消えていく、『火』『水』『土』の刻印。
 それを見て問うたルシアに、一言で返す。
 そして、自分の所有する刻印に変わったのを確認して、手袋をはめた。

 「共鳴とは……なんなんだ…?」
 「ふふふ…………内緒。」

 彼女の訝しげな顔を見ることはせず、流すように答えると、今度こそ彼らに背を向けた。
 だが、またもが待ったをかけてくる。

 「、待ってくれ!」
 「…。悪いけど、私は、もう行かなくちゃ…。」
 「それなら、俺も…!」
 「………ごめん。」
 「…………。」



 決して顔を合わせる事のない、彼女。
 今は、顔を見れない、と。そう言っているのがよく分かる。
 それでもは、共にいたかった。けれど彼女は、に声をかける。

 「…………。手伝ってくれて、ありがとう……。」
 「…。」
 「さん…。」

 彼らは、悲しそうな顔で彼女の背を見つめている。彼女は、徐々に震え始めた肩を、収まったはずの涙をこらえることなく、続けた。

 「本当に………っ…ありがとう……。」
 「……いいんです…………。」
 「そうですよ、さん…。僕らは、ルックを……救うことが出来なかったけど、でも…。」

 はゆっくりと首を振り、は目を伏せたまま、溢れそうになる涙をぐっと堪えている。

 「あの子も……こんなに良い友達がいたのに………それなのに気付かないで……本当に……馬鹿な子だよ…。」

 それを見ていたは、もう何も言えなかった。
 彼女を絶望の縁に立たせたのは、他でもない自分。自分なのだから。
 でもそれでも彼女は、自分を責めようとしない。それが余計に苦しかった。

 責められた方が、詰られた方が、どれだけ楽か。
 彼女は、その優しさ故に、それすら出来ないのだろう。
 彼女が自分と距離を開けようとする理由も、もちろん分かっていた。

 だから、何も言えなかった。



 ゆっくり目を開け、空を彩る青を見つめた。
 今は、まだ顔を出すことのない星の中に眠る、『彼ら』を想って。

 ・・・・・・涙が流れた。涙が溢れたのだ。
 ポロポロ、ポロポロと。零れ落ちては、それは光の波紋へ散っていく。

 ポツリと、言葉が零れた。

 これから空で輝き続けるのだろう、弟に。
 そして、これからも彼の傍にいるのだろう、娘に。
 そして、自分自身に・・・・・



 「さーて……………………帰ろうか……?」



 委ねた光の波紋には。
 彼女の流した、涙。
 それが、この世界の哀しみを、すべて表していた。






 様々な”想い”が交錯した 彼の地で
 歯車は 静かに動く事をやめた
 重く 動かすことが困難である それは
 けれど いつかまた ゆっくり動き出すだろう

 そして ”それ”が
 ”運命”と呼ばれるものが
 再び その歯車を動かす”時”は

 そう・・・・・・・・・遠くはないはずだ