・・・・・・戻って来た
私たちが住んでいた この家に
『お帰り、遅かったね』
ねぇ・・・
帰って来たんだよ・・・?
私たちの”想い”が詰まった この場所に
『お帰りなさい』
もう 二度とあんた達からの「おかえり」は 聞けない
私は 『戻って』きた
僅かな時間を空けて
でも あんた達は 『帰って』来たんだよ?
魂無き器のみ それでも ”呪縛”からようやく放たれて
これから 夜空に輝く星の中
そこで あんた達も輝いているんだと
キラキラ キラキラ
あぁ・・・・・・・やっと戻って来れた
ねぇ やっと帰って来れたんだよ?
あんた達は・・・・
深い森に囲まれ 外界とは一切接触を拒んだ この場所に
確かに 幸せだった
私たち 『家族』の”想い”だけが残る
この塔へ・・・・・・
[陽のない夜明け]
転移の光が、徐々に収まりいく。目を閉じていても感じる、柔らかい光。
その光が無くなると、閉じた視界は、すべて闇に彩られた。
ゆっくり目を開ける。目の前には、茜に染まり始めた巨大な塔。
百年以上も昔、この世界に来たばかりの自分にとって『とても大きい』と感じていたはずの扉。それを手で押し開きながら、もうこんな刻限か、とふと思う。
中へ入り、永遠に続くようにも思える同じ作りの階段を淡々と上がる。所々に灯された火を見つめながら、とある部屋を目指して。
そこは、元より部屋の主が存在していない為、何も置かれていなかった。
だが、今だけは、自分にとっての『別れを惜しむ場』となるだろう。
頼りなさげな扉のノブに手をかけると、キ、と小さな音。
扉を閉めることなく、中へ入る。
視界に映る。
家族であった者たちの亡骸が。
途端、沸き上がった感情。
もう我慢する必要すらなかった。
決して広くない、その部屋。
その中心には、木製の棺が、二つ。
その中で眠る、大切な、愛する『家族』。
あの戦を終えて目を覚まし、と問答の際に現れたルカに頼んだ事。
『あの子たちの棺を、すぐに用意して欲しい』
彼は、要望通り、すぐにそれを調達してくれた。入手経路は知らないが、短い時間であったにも関わらず、充分と言えるものを用意してくれた。
そして、シンダル遺跡で自分がササライ達と戦っている間に、家族の亡骸をこれに納めてくれたのだろう。
その棺の中には、抜け殻になった家族。
その顔は、まるで眠りについているように安らかで。
深く、深く・・・・二度とその美しい双眸を開けることのない、永遠の眠りについている。
一歩足を踏み出す。埃が舞った。
いくら使用していなかったとはいえ、足を引けば、そこにくっきりと跡がつく。
棺をこの部屋に運び入れたのは、恐らく転移でだろう。
自分の踏み出す一歩一歩が、酷く遅く、重く感じた。
自分の体であるにも関わらず、自分ではないような。
まるで、死神が、自分の肩や足に重い枷をつけているよう。
そう考えて、ふと足を止めた。
もし、”死”をもたらしてくれる”神”が、いるのなら・・・・
もし、その存在に、自分が”死”を願ったのなら・・・・
それは、自分を、殺してくれるだろうか?
本当に、”運命”の意思だけで人の生死が自由になるのなら、自分を・・・・。
それは、願いだった。生きる意味を失ってしまった、自分の。
いつもなら、馬鹿馬鹿しい考えだと、そう思えるのに。
神など、いない。この世界にいたとしても、それは、結局人が造り上げた幻想だ。
・・・・・いや、違う。この世界に神はいる。具現化された”神”が。
そして”それ”こそが、常に、人の世の戦いの根源となるのだ。
どの世界の神も、皆、同じなのだろうか? だとすると、それは、形が違うだけで?
神は、何故、人に悲しみや苦しみを与えるのだろう?
答えは、もうずっと前から漠然と出ていた。本当の意味での”神”などいない。全ての存在に慈悲深く、愛のみを与えてくれる存在など、どこにも居ない。
あるとすれば、神と謳われているだけの『何か』。それは、強力な力を持つか、もしくは人々の幻想を支えるだけで、特に何かを与えてくれる事は無い。
神など、いない。あるとすれば、生命が紡ぎ続けてきた『歴史』のみ。
その『結果』を、人は、過去として『運命』と呼ぶのだ。
始めから決まっている事なんて、無い。決まっているなら考えなくて良い。行動もしなくて良い。全て『決まっている』のなら、この世に存在する意味すら無いのだから・・・・。
だから人は、考える。秩序や心を失わないための選択肢を選ぶ。無いものを作り出していく為に。
だから人は、行動する。想う道を、志す意思を、愛する者を守る為に選び取る。先の見えぬその”果て”を、いつだって想い描きながら・・・・。
「だから……………本当の”神”なんて、いるわけない……。」
そう。だから・・・・
あんた達を生き返らせることなんて、誰にも出来ない。
自ら命を閉ざす事も出来ない。出来るわけがないと、自分でよく分かっている。
愛するあんた達が、望んでくれた、私の『生』なのだから・・・・。
「っ………。」
涙が溢れた。
数え切れないほどに味わった、置いて逝かれる悲しみ。
その後を追うことすら許されぬ、苦しみ。
けれど、それでも自分に『生』を願い、散った、すべての者たちの”想い”に。
決して戻ることの出来ない時間。
覆せない”過去”に、目を逸らすことの出来ない”現実”、そして閉ざされた”未来”。
それでも、”それ”を願う自分がいる。
そして、絶望に満たされた自分は、これからも願い続けるのだ。
『……誰か………誰か、私を………………殺して………。』
涙は、止まらない。