[少年の憂鬱]



 テッド、アルド、そして
 三人が共に旅を始めてから、一週間が経過した。

 泣き顔を見られたのが恥ずかしかったのか、話しかけると頬を赤くしてそっぽを向いていたテッドも、だいぶ会話に参加するようになった。一つの進歩だった。
 彼等は三人で、仲良く旅をしていた。

 テッドは、彼等と合流した次の日、疑問に思ったことを口にした。『あんな森の奥深くに、何故、あんなに良いタイミングで現れたのか?』と。
 それを問うとアルドは困ったように笑い、は何故か苦笑いした。

 「実は、あれは………たまたまだったんだ。」
 「………たまたま?」



 の転移魔法によって、まずは、に聞いた通りに赤月帝国の方角を目指した。転移魔法自体は使い慣れていたので、その技術に問題は無かったのだが、流石に方角を聞いただけでテッドの元に辿り着くのは困難だった。ということで、二人は『転移は完璧なのだが、テッドが見つからない』といった、実にモヤモヤした状況に置かれていた。

 余りに見つからなかったため、どうしたものかと考えていると、アルドが言った。「テッドくんのことを想って転移してみたら?」と。
 それで彼の元へ行けるのなら苦労しない、と思いはしたものの、はそれを素直に試した。すると、二人の想いが通じたのか、今まさにピンチに陥っていたテッドの元へと辿り着くことができたのだ。



 一通り、その奇跡ともよべる話をすると、テッドが頬を赤くしていた。どうやら、そこまで想ってもらっていたことが、相当嬉しかったらしい。
 アルドはすぐにそれと気付いたが、どうやら彼女は、なぜ彼が頬を染めているのか分からない様で、首を傾げていた。

 「ねぇ……。あんた、なんで顔赤いの?」
 「っ、う、うるさい!」
 「ふふっ!」

 どうしてこいつは、こういう時だけ目敏いんだ。
 テッドは、照れた頬を隠しながら、素直にそう思った。
 どうでもいいことには気付かないくせに、こういった時だけよく気がつく。
 ふとアルドを見れば、クスクス笑っている。そしてポツリと言った。

 「テッドくんて………一途だよね。」
 「なッ!!」

 そう言われて、全身がカッと火照った。反論しようにも、体が固まって動けない。ジロリと睨んでやったが、いつもの笑顔でかわされてしまう。
 そして理解した。『こいつは知っている』と。どうしようもなく焦った。なぜなら、彼女に対する自分の気持ちを、誰にも悟られてはいないだろうと考えていたからだ。

 テッド自身が『そうなのかも…』と思い始めたのは、船を降りる前だった。

 彼女たちを置いていく決心は、とっくに出来ていたはずだった。それなのに、戦争が終わってからも、なかなか船を降りることが出来なかった。
 もちろん、今までそれなりに世話になったのだから、礼を含めて挨拶をしようとも考えていた。しかし・・・。
 それだけでは納得できない想いが、自身の中に芽生えていることも、自分自身で気付いていた。でもこの気持ちは、誰にもバレていないはず。
 ところがどっこい、その予想とは裏腹に、アルドはとっくに気付いていた。

 実のところ、アルドだけではなくも知っていた。テッドの彼女に対する気持ちに。
 二人からすれば、彼の彼女に対する態度を見ていれば、気付きたくなくても気付いてしまう程、分かりやすかった。
 そして、彼等は、それをテッド本人が気付くずっと前から知っていた。

 そんなことを露知らず、今さらになってようやく気付いた。
 流石に150年を生きた彼も、アルドにそう言われてしまっては、どう返せば良いか分からない。話題を変えて誤摩化そうか。それとも、しらばっくれるか。

 「……………。」

 結果、そのどちらも選べなかった彼は、アルドから視線を逸らしてそっぽを向いた。そんな彼を見た彼女は首を傾げ、アルドは小さく「…僕は応援してるけど。」と言って微笑んだ。
 しかし、どうやら彼女は納得出来なかったらしい。彼の頬を突いて、つまらなさそうに呟いた。

 「テッド、ほっぺ真っ赤ー。」
 「う、うるさいって言ってるだろ!」
 「ふふっ!」

 暫く、こんな会話が繰り返された。






 現在。
 彼等は、ようやく険しい山を抜けて、広大な平原を歩いていた。陽はとっくに姿を隠し、夜の帳がおりている。
 お喋りしながら歩いていると、時間が経つのは早い。とはいっても、殆どはアルドとが喋っていた。それを横目に、テッドは『本当、よく喋る奴らだな』と思いながら、黙々と歩いていた。

 前方、平原の遥か先に僅かな明かりが見えたのを見て、彼女が歓喜の声を上げた。

 「ねぇ、ちょっと! あれ、村じゃない?」
 「あ、本当だ。今日は、あそこで宿を取ろうか。」
 「………野宿でいいだろ。」

 二対一と分かっていても、あえて反対意見を述べてみる。
 すると、彼女が盛大に顔を顰めた。

 「はぁ? あんた、なに言ってんの!? 私はベッドで寝たいんですけどー?」
 「……野宿の方が、金がかからないだろ。」
 「はぁ!? ざっけんな! 風呂入りてーんだよ!」
 「ちょっ、ちゃん! 穏やかに、ね?」
 「……はぁ。」

 こうなると、彼女は手に負えない。
 それをよーく分かっていたので、溜め息を了承の意とした。






 彼女が駄々を捏ねた結果、三人は、名も知らぬ小さな村の宿を取ることになった。
 部屋に入り、旅荷をテーブルに置いてから、小さな溜め息をつく。と、そこにすかさず彼女の突っ込み。

 「ちょっと、あんた! さっきから溜め息ばっかじゃん! 幸せが逃げるんですけどー?」
 「……うるさい。」
 「うるさくねーよ! ジメジメすんな! 梅雨か!」
 「ちゃん…。」

 どうしてそう元気なんだ。相変わらず口の悪い彼女に、アルドが困り顔をしている。そんな二人を尻目に、この部屋に入った時から感じていた疑問を口にした。

 「……つーかさ。」
 「ん?」
 「どうしたの?」

 「………なんで、三人一緒の部屋なんだよ…。」

 尤もなことを言ったつもりだった。男ばかりの旅ではない。”一応”女性がいるのだ。
 それなのに、男女三人が混ざって相部屋? こいつら、いったいどういう神経してるんだ?
 まぁ、言ってしまえば、野郎ばっかで一つの部屋、というのも嫌だが・・・・。
 しかし、当の彼女に『自覚』というものは無いらしい。キョトンとした顔をしていたが、次にアルドと顔を見合わせ笑い合った。

 「ぷぷー! なに言ってんの? 思春期になっちゃったわけ? 私達は、仲良いんだから一緒が当たり前じゃんよ!」
 「そうだね! 僕らは一緒だよね。」
 「っつーか、三人でワンセットじゃん。」
 「あぁ、それ、良いネーミングだね!」

 「……………はぁ。」

 二人の盛り上がりようを見て、話の主旨が理解されていない。そう思った。
 ついでに言えば、思春期という部分に思いっきり突っ込んでやりたかったが、たぶん無視されるだろう。
 もう一度言うが、彼女は”一応”女性だ。もしものことがあったら、どうするんだ? ・・・・まぁ、この面子なら『もしも』なんてまずないだろうが。

 だが彼等は、全くもって気にならないらしい。まるで楽しいお泊まり会のように、二人でキャッキャ言っては盛り上がっている。
 個室にしろ、というのは簡単だった。しかし、そんなことを言おうものなら、彼女が『お怒りモード』に突入することも熟知していたし、正直、彼女を怒らせるのは得策ではないと考えた。

 彼女は怒ると恐い。それは、いま彼女と一緒に盛り上がっているアルドもよく知っているだろうし、それよりなにより、その拳を喰らい続けてきた自分が一番よく知っている。
 そんな彼女にこの場で意見しようものなら、間違いなく「今更なに言ってんだコノヤロー!」と、得意の鉄拳制裁が下るに違いない。だから、何も言えなかった。

 すると、なにも言わない自分に違和感を抱いたのか、彼女が目を丸くする。

 「……アルド。テッドが反論しないよ。珍しいね!」
 「あ、言われてみれば……そうだね。明日は雨かなぁ…?」

 天然属性でさり気なく放たれたアルドの一言が、実は一番傷ついたのだが、ここで少しでも反論しておかないと、彼女の方がどんどん付け上がる。そう思い、とりあえず一言だけ返しておいた。

 「……鬼みたいな女がいるからな。」
 「てめ今なんつったコノヤロウ!」
 「ちょ、ちゃん、落ち着いて!!」

 どうやら『コノヤロウ』の部分”だけ”、自分の予想は間違っていなかったようだ。全部間違えてなくて良かった。一言だけでも合ってたから、もうそれでいいや。
 そう思いながら、アルドの制止の声をバックに、襲い来るであろう彼女の”拳”を目を閉じながら受け入れた。






 「ッつー…。」
 「テッドくん、大丈夫…?」
 「……大丈夫なわけないだろ。」
 「うん、僕もそう思うよ…。」

 そう思うなら聞くなよ。そう思うなら、もっと強くあいつを止めてくれよ。
 そう思いながら、テッドは、うすらと目を開けた。
 殴られた後、きみは暫く白目をむいて気絶していたんだよ、との説明を受けながら、アルドの手厚い介抱をうけていた。気絶している間に、自分を殴ってスッキリしたのか、彼女はご機嫌で「風呂いってくるね!」とタオル片手に出ていったらしい。

 「ったく…。あいつ、なんであんなに凶暴なんだよ…。」
 「凶暴かぁ…。確かに、ちゃんは凶暴なところもあるけど…。」
 「はぁ…。あいつの親の顔が見てみたいぜ…。」
 「……………。」

 途端、アルドが口を閉じたことで、これはまずいかと思った。
 何かあるのだろう。そう思い、自分も閉口する。
 すると彼は、ポツと言った。

 「ちゃんね……なにか事情があるみたいなんだ…。」
 「……。」
 「本当の家族はいるみたいなんだけど、根性丸に乗る前までは、血の繋がってない家族と暮らしてたらしいんだ。でも、今はその家族とも離れて、こうして旅をしているんだって。」
 「……そっか。」

 やっぱりか。彼の閉口で、何かしら問題を抱えていると思ったが、そうだったのか。
 あれぐらいの歳で、あれだけ人と接して笑っていられるなら、嫁に行くなり仕事に打ち込むなり色んな道が選択できるというのに。それなのに、彼女はこうして自分達とあてのない旅をしている。

 ・・・・・あれ? 待てよ? なんかおかしい。

 どういうことだ?
 家族がいるのに、家があるのに。どうして彼女は旅をしている?
 『帰る場所』があるのに・・・。

 彼女の親が、教育の一環として、子を旅に出す風習を持っているのだろうか?
 それとも彼女は、家を出なくてはならない何かを抱えていたのだろうか?
 もしかして、彼女の右手に宿る紋章が、関係しているのだろうか・・・・?

 答えはきっと、一番最後だ。
 紋章を得たことによって、彼女は、家を出なくてはならなくなった。
 では、親は? 親兄弟は、どうして彼女を家から出した?
 その力に・・・・・恐れをなした? だから、彼女を家から・・・?

 「…………。」

 答えに辿り着けない。当たり前だ。情報がなさ過ぎる。
 と、ここでアルドが言った。

 「実はね…。これは、ちゃん本人から聞いたんだけど…。」
 「なんだ…?」
 「彼女のお母さんが、旅に出なさいって言ったんだって。」
 「あいつの母親が…?」
 「うん。しかも、いきなり荷物を持たされたと思ったら、すぐに転移魔法で群島に送られたんだって。」
 「それはまた………随分と破天荒な母親だな。」

 あいつに似て。そう口に出しても良かったが、もしここで彼女が戻ってきたら、上手く言い逃れる自信がない。故に心の中に留める。
 そして、また考えに浸った。

 どうやら、予想が外れてくれたようだ。そして、合点もいった。
 恐れられて追い出されたのなら、あそこまで明るく人と接することなど出来ないだろうから。良かったと、知らず知らずそう思った。
 しかし、彼女の母親とやらも転移魔法という高等な技術を使えるとは・・・。魔術師の家系かなにかだろうか? その母親とやらは、彼女の右手に宿る紋章のことを知っていながら、それを恐れることなく『旅に出ろ』と言ったのだろうか?

 そんなところまで考えていると、彼は続けた。

 「しかもね…。彼女のお母さん、ここからが凄いんだ。おくすりとかお札とかは、荷物に入れてくれたのに………お金だけは、1ポッチも持たせてくれなかったんだって。」
 「………マジかよ。」

 壮絶だ。鬼のようなスパルタ教育法だ。少しだけ、彼女に同情した。
 それが教育の一環であったとしても、いきなり旅に出ろと言い、旅荷(主に戦闘中心)を渡すだけで、金を持たさず家を放り出すなんて。旅に必要な物は用意してやるから、後は自分で稼ぎながら何とか生き残れ、ということか。

 一体、どんな母親だ? やっぱり顔が見てみたい。
 でも、父親はどうした? もしかして、片親なのか?
 いたのなら、少しぐらい路銀を持たせてやれば良いものを。
 でも・・・・・・あいつの破天荒ぶりは、母親似だな。

 そんなことを考え、一通り結論して、アルドを見つめた。
 彼は、優しく微笑んでいる。

 「ねぇ、テッドくん。」
 「……なんだよ。」
 「ちゃんは、言ってたんだ。血は繋がってなくても幸せだ、って。」
 「……そっか。」
 「それにね、ちゃんって、僕たちといるとき凄く楽しそうでしょ? 僕、彼女の笑っている顔が大好きなんだ。」
 「……そうだな。」

 彼女の笑顔を思い浮かべる。怒った時は確かに恐いが、笑顔はそれを相殺して余りあるほどの輝きに満ちている。その笑顔を思い出すだけで、心が暖まる。
 思わず綻ばせてしまった口元を見たのか、アルドが笑った。

 「………なに笑ってんだよ。」
 「ううん、なんでもないよ。」
 「何でもないなら、なんで笑うんだよ……。言えよ。」
 「ふふっ! テッドくんは、本当に彼女が大好きなんだなぁ、って思ったから。」
 「っ!!」

 そう言って尚も笑う彼。思わず立ち上がりそうになって、ぐっと堪えた。顔が熱い。もしかしたら、耳まで赤くなっているかもしれない。
 それを隠そうとベッドへ突っ伏しながらも、問うていた。

 「……いつからだ?」
 「えっ? なにが?」
 「……お前、いつから気付いてた?」

 その言葉の意味を解したのか、彼は、もう一度クスリと笑う。

 「僕は……僕とさんは、テッドくんが、ちゃんの紋章を知った後ぐらいからかな?」
 「なッ…!」
 「え、ち、違った? おかしいな…。あの後ぐらいから、あからさまにちゃんに対して態度が変わったから、てっきりそうなのかと…。」

 そう言って、彼は、困ったように頬をかいた。
 テッドが驚いたのは、アルドだけでなくまでもが自分の気持ちに気付いていたことだ。そして、自分が気付く前に、彼等がその気持ちを知っていたということ。
 恥ずかしさを通り越して、もうどうしていいか分からない。風呂に入ったわけでもないのに体全体が火照っている。悪態をつきたいが、言葉が詰まってそれどころではない。
 だが、バレてしまったら最後。俺はそんなに前から、というのと、なんでお前らが俺より早く気付くんだよ、という想いが混じり、知らず知らずの内に赤面を隠すため頭からシーツをかぶっていた。

 そして、一言。

 「あいつには……………言うなよ。」



 認めたとも取れる、彼の発言。
 それを聞いて、アルドは一瞬目を丸くしたが、いつものように微笑んだ。

 「僕は、応援してるけど………。大丈夫。彼女には内緒だよ。」
 「…………ん。」

 が部屋に戻り、なぜか頭から毛布を被り就寝しているテッドと、そして一人クスクス笑っているアルドに首を傾げるのは、それから数十分後のことだ。