「……。」
「んー?」
「…………お前も、戦闘参加しろ。」
彼のそんな一言から、始まった。
[きみのために出来ること・1]
目覚めの良い朝だった。
小鳥達が、可愛らしい言葉で朝の挨拶を交わし合い、窓の外から入ってくる風が、麗らかな陽気であることを知らせてくれている。実に気持ちの良い朝だった。
現在。三人は、朝食真っ最中。
焼きたての大きなパンは、ナイフで食べやすくカットされており、大皿には、ベーコンやら目玉焼きやらサラダやらが、これでもかと盛られている。
それを、これでもかとモリモリ食しながら、とアルドがいつもの会話をしていた。
それに耳を傾けていたテッドは、はぁ、と一つ溜め息をついて、ポツリとそう言った。
対するは、何を言い出すのだと言わんばかりに、目を丸くしている。
「はぁ? 参加してんじゃん?」
「…………はぁ。」
そう言われ、テッドは、また溜め息をついた。
三人で、仲良く旅をしていた。
その仲の良さをアピールするように、食事も一緒、歩く速度も一緒(早足で歩くと彼女の鉄拳が下る)、宿の部屋も一緒。仲良く仲良く、旅をしていた。
そんな三人は、当然、戦闘も一緒だった。
しかし、彼女の答えに納得いかなかった。何故なら・・・。
「お前…、あれのどこが、”戦闘に参加してる”って言えるんだよ…。」
「テ、テッドくん…?」
いまだに眠いのは、お互い様。
特に寝ぼけているわけではないが、言うべきことはキチンと言っておくべきだ。そう思い、臆すことなくそう言った。
しかし、その言葉に焦りを見せたのは、寝起きも爽やかなアルドだった。自分が、ただでさえ怒らせると恐い彼女の”寝起きver”に言い返したのだから。
やられる!
アルドが、そう思った瞬間、ゴッ! と音を立てて、テッドの頭に彼女の怒りの鉄拳が下った。
「ッーーーーーっ!!」
「口の減らねー奴だな、オイ!」
「………(い、痛そう)。」
素晴らしい音を立ててクリティカルを出した彼女の鉄拳に、彼は声も出せずにテーブルに突っ伏して悶絶。それを見ていたアルドは、自分が殴られたわけでもないのに、目を瞑り頭を抑えた。
まだ少し眠いらしい彼女は、ベーコンを、器用にフォークで巻いて口に放り込む。
「あんた、誰のお陰で、ドレミの精の奇襲から助かったと思ってんの?」
「ッーーーーッ!!」
「………(ちゃん、チンピラみたいだよ…)。」
ベーコンを噛みながらそう言った彼女にアルドは何も言えず、冷や汗を流す。テッドといえば、まだ頭が痛いらしく悶絶中。
彼女は、多分『ドレミの精ごときで苦戦していたのを、助けてやったのは誰だ?』と言いたいのだろう。彼女の言いたいことを、よーく理解していた。
しかし、絶対に言葉に出せないが、あの時彼を助けたのは彼女ではない。自分だ。
転移魔法の光が消え、目を開けた先。彼のピンチに咄嗟に体が反応した。
反射的に弓を構えて敵を討った。彼を救ったのは、自分だ。
彼女といえば、彼に「避けて!」と叫んだだけ。
「…………。」
心中的には、複雑だった。
内心『僕が敵をやっつけたのに。ちゃん、何もしてなかった気が…。』と思うものの、お怒りモードの彼女にそれを言えるほど、自分は強い男ではない。
しかも、普段怒っている彼女は、確かに恐いが、今の彼女は『絶好調』に恐い。うかつに口答えをしようものなら、自分にもその鉄拳が振り下ろされるだろう。
そう直感して、アルドは口を閉じた。
すると、今まで痛みと戦っていたテッドが、こともあろうに更に反論しだした。
「だ、だって、お前……戦闘中に、ただ『頑張ってー!』としか言ってないだろ? それのどこが、戦闘に参加してるってんだよ…。」
「んだとゴルァッ!!」
「あぁ! ちゃん、落ち着いて!」
怒り狂う彼女を必死に止めながら、アルドは、内心『確かに』と思っていた。
確かに彼女は、戦闘中、本当にただ応援するだけだった。彼女に好意を寄せている彼は、その声援に後押しされて必死に戦っていたし、アルド自身もそうだった。しかし・・・・。
いくらピンチになっても、おくすりを使うことぐらいしかしてくれず、木の影に隠れて「そこだ行け! あ、避けろバカ!」と、応援しているのか野次を飛ばしているのか分からない人間を”戦闘に参加している”と言って良いのだだろうか? 彼からすれば、きっと、本心からの疑問を口にしたのだろう。
だが、彼女にしてみれば、心外以外の何ものでもないらしい。
「……………。」
どうやって、二人の間に入ろうかな・・・。
そう考えていると、また拳骨を受けた彼が、頭を擦りながら言った。
「……というワケだ。お前も、戦闘参加しろ。」
「なあーにが『というわけだ』だ、ダルァッ!!」
「ちゃん、早まらないで! テッドくんが死んじゃうよ!」
悪びれもせず言った彼に、彼女が襲いかかる。死を覚悟で、それを必死に食い止めた。激昂した彼女を抑えられるのは、自分だけだからだ。
これは、テッド本人に聞いたことなのだが、彼は、年齢的にはとっくに成人を超越しているらしい。それを聞いたときには、大層驚いてしまったのだが、同時に納得もした。『だから、子供扱いを嫌がるのか』と。
だが、彼は歳を多大に経ているとはいっても、なにぶん体は少年のまま。それ故、身長的にも腕力的にもとっくに成人を迎え、女性としては力の強い部類に入る彼女と取っ組み合いになれば、いい勝負になるかもしれない。
しかし、今は違った。彼女は今、やや眠いのも重なって、大激怒している。
人は、怒り状態になると凶暴性が増し、ついでに腕力も1.5倍くらいアップする。彼が今の彼女と取っ組み合いになれば、確実に負けるだろう。
そこで二人の仲裁を担うのが、自分の役目だった。
アルドは、弓を武器として扱うため、男にしてみれば腕力のない方ではある。しかし、女性にしては力のある彼女でも、流石に適わない。
しかも、もし自分の拘束が外れようものなら、テッドは彼女にボコボコにされる。彼女は、優しいからボコボコまでしないかもしれないが、たんこぶが何個か出来るはずだ。
だから、身を呈して彼女を拘束することでしか、二人を守れなかった。
だが、ふと思い立つ事があって、「あ!」と声を上げて、彼女の拘束を外した。いつもなら、彼女の怒りが収まるまでは決して離すことはないのだが、ついついうっかり、腕を解いてしまった。
しかし、これが功を奏したらしい。今の今まで怒り狂っていた彼女は、どうしたと言った顔で怒りを引っ込めたのだ。
「アルド、どしたの?」
「えっ、あ。えーっと…。」
「なに?」
「確か…。ちゃん、船から転移する前に、さんから封印球をもらってたよね?」
「え? あぁ、あれね。」
「そう。戦えなくても、紋章で援護ぐらいは出来るんじゃないかなって思ったから…。」
「あ、確かに!」
「…………。」
何が『確かに』だ。そう言おうとしたテッドの口を、アルドは高速で塞いだ。
彼女は、武器と言える物を持っていない。聞くところによれば、ずっと紋章術ばかりを修行していて、武器と呼ばれる代物を手にした事すらないらしい。
持ったことがあるとすれば、調理用のナイフや家庭菜園用に使う鍬ぐらいである、と言っていたが、残念なことにそれは武器ではない。
それならば、紋章を使った後方支援はどうだろう?
アルドは、そう考えたのだ。
幸い、旅に出る前に、が彼女に封印球を渡していてくれたことと、彼女自身が紋章を扱う修行をしていたことで、どうやらそれが叶いそうである。あとは、彼女に承諾してもらえれば全て丸く収まるのだ。
じっとその顔を見つめていると、彼女は、あっけらかんと言った。
「ふーん。それなら、全然いいよ。」
「本当に?」
「うん。っていうか、がくれた封印球のこと、完全に忘れてたわ。」
「ふふっ、ちゃんらしいね!」
「そっかぁ…そうだよね。封印球があったんだよねぇ。」
「お前ら……。」
なるほど! やったね!
笑い合う二人に、それまで黙って成り行きを見ていたテッドは、溜息を落とした。
最初から、そういう話をするつもりだったのだ。紋章なら援護出来るだろ、と。だが、それを言う前に彼女の拳が襲いかかって来たため、口にするヒマもなかったのだ。
しかも、また一つ納得できないことが目の前で起きた。なぜ自分が言った時は、問答無用で殴りかかってくるのに、アルドの時だとすんなり納得するのか。その一言に尽きた。
そんな自分の心を露とも知らず、二人は席にかけ直すと、サラダやらパンやらを口に放りながら話を進めている。
「僕とテッドくんが前衛につくから、ちゃんが後方で魔法支援してよ。」
「うん、分かった。それなら出来るよ。あとは回復だよね。」
「うん。この村を出る前に、おくすりや特効薬を、たくさん買っておこう!」
「そうだね! あ。でも、私……魔力とかあんまり強くないかも…。」
「大丈夫だよ。確か、土の上級紋章の…。」
「大地の紋章ね。」
「うん、そうそう。大地の紋章だね。それって確か、戦闘補助系だったよね?」
「アルド、よく知ってるねぇ。でも……あ、そっか。サポート主体だから、魔力が強くなくても何とかなるね。」
「うん! それじゃあ、これを食べたら紋章屋さんに行こう!」
「そだね! そんなら、とっとと食べちゃおうね!」
二人の会話を聞きながら、トマトを口に運んだ。頭が痛い。
なんでの奴は、アルドの言うことなら素直に聞くんだ? 俺は、ただ『戦闘に参加しろ』って言っただけだぞ? なのに、なんで俺だけ殴られるんだ?
俺とアルドの違いはなんだ? 身長か?
いや、違う。あいつは、身長で違いをつける奴じゃない。
じゃあなんだ? 俺とアルドの違いって・・・。
気になる彼女の態度の違いに、頭を悩ませる。自分で気付く前に、他人に気付かれてしまった、『春』という季節にぶち当たった150歳。だが、いくら悩んでも答えは出ない。
また溜め息。今までにはないぐらい心は平穏なのに、心臓がキュッと縛られた様な感覚。
顔を上げると、彼女が、心配そうに自分を見つめていた。
なんとなく面白くなくて、つい出るのはいつもの悪態。
「……なんだよ。」
「暗いぞ、少年! なんか悩みごと?」
「……うるさい。」
「あーーーっそ!はいはい、うるさいですよ。お望みなら、もっとうるさくして…!」
「遠慮する!」
「はいはい。ほら、これから紋章屋さんに行くんだから、早く食べちゃってよね! チンタラ食ってないでさー。」
「…………はぁ。」
何度目だろう。
溜め息をはく自分に、段々疲れてきた。
彼女の隣を見れば、アルドが、クスッと笑っていた。