[ねむりつく]



 連れて来られたのは、何もない洞窟だった。
 光源などあるはずのないその場所は、おかしなことに、所々で淡い光を発していた。

 元々、夜目はきく方だったので、着いてすぐに辺りを見回した。岩や壁が、光を放つはずもない。ではいったい何が光を発しているのだ、と、無駄な事に頭を使った。
 そうしていると、こいつは、ゆっくりと振り返り言葉短に言った。

 「…ここはね……創世の紋章が、祀られていた場所だよ…。」
 「創世の? ……貴様の紋章か?」
 「…うん。私の紋章が眠っていた場所……。この先には、その祭壇があるんだ…。」

 手短にそう言って、彼女が、ふっと姿を消した。転移を使って更にその奥へ移動したのだろう。ここには転移で来たが、どれだけ辺りを見回してみても、出入り口と思える場所は無い。ということは、ここは、閉ざされた空間なのだろうか?

 同じく転移を使って彼女の後を追い、直後、広がった光景に目を奪われた。
 広いとは言えない空間の壁いっぱいに描かれた、壮大な壁画。太古、誰かがこれを描いたのだろうか? 戦くほどに美しい。けれど、見る者すべてに哀しみを呼び起こさせる。

 それを暫く見つめてから、俺は、背を向けて立つ女を見つめた。項垂れていたが、俺の視線に気付いたのか、そっと顔を上げる。表情を見ることは適わなかったものの、相変わらず何も映してはいないだろう。そう結論し、言葉を待った。

 「………ルカ。」
 「なんだ?」
 「………頼みが……あるの…。」
 「……………。」

 こいつは、いつでもこうだ。
 辛い事があっても、受け入れ難い現実を突き付けられたとしても、決して誰かに頼ろうとはしない。ルックやセラが命を落とした時でさえ、誰にも胸を借りることなく、一人で泣き明かしたのだろう。
 自分のことは、決して話さない。けれど他人は受け入れる。どんなに過去を聞かれても、それを受け流す。その傷を、心の奥底に隠したまま・・・・。

 苛立った。

 生きて来た時間が違うことは、分かる。もっと俺を頼れとは言わないし、そうして欲しいとも思わない。だが、絶対的に他人を頼ることのないその姿が、見るに耐えなかった。
 だが、もう、それを言うこともすまい。俺が言葉を贈っても、例え、それがという小僧であったとしても、こいつは、その姿勢を絶対に崩さないのだろうから。

 「………自棄になるな。」
 「…?」

 俺がそう言うと、振り向き、一瞬不思議そうな顔をした。だが、それもすぐに小さな笑みに変わる。痛々しいほど柔らかな微笑。
 俺が、こんな慰めを贈るとは思ってもみなかったのだろう。この俺が、誰かを慰めるような言葉を・・・・。
 それでも、もう一度、伝えておきたかった。

 「お前には、まだ……お前を想う奴がいる。」
 「……うん。ありがとう…。」

 触れただけで壊れてしまいそうな、その微笑み。
 それを浮かべたまま、こいつは、小さく頷いた。

 分かっているなら・・・・・!!

 そう思い、それを口に出そうとした。
 言っても無駄だ、という考えは、どこぞへと消え失せていた。
 だがこいつは、右手で俺の口元を押さえると、『頼み』を話し出した。






 彼女の『頼み』を聞き終えて、それに渋々ながら了承する。
 すると彼女は、また「ありがとう。」と微笑んだ。

 そして、自らを眠りで閉ざした。
 真なる水の紋章を使って大量の水を呼び出すと、その中へ身を沈ませたのだ。

 目の前で、水が氷へ変化していく。
 パキッ、パキン、という、マイナスへ変わる音。
 固まり始めた水の中で『眠り』を待つ彼女は、それでも、僅かに微笑みを浮かべていた。
 その合間にも、真なる紋章を使って作り出されたそれは、確実に彼女を眠りへと誘っていく。水の中に揺らめいていたゲーンズボロの髪が、それと共に動きを止めていく。
 外側から内側へ、氷は、彼女を優しく眠りへ誘うように固まり続けた。

 それも、すぐに終わりを迎えた。
 最後に、パチッ、という音をさせて、彼女は・・・・本当の眠りについた。
 固く冷たい、氷柱の中で。

 それを見届けて、ルカは、視線を伏せた。

 どうして、闇を見ようとはしない?
 どうして、己を責め続けるのだ?

 だが、それは、今となっては、もう・・・・・・・彼の後悔でしかなかったのだ。






 僅かの時を経て、顔を上げた。
 黒く意思の強いその瞳は、真っ直ぐに、氷付けになった彼女を見つめている。

 近づき、その氷柱に触れようとした。だが、バチ! という音と共に手が弾かれる。
 それは、眠りにつく前に彼女が作り出した、結界。それを解く方法は、自分にしか伝えられていない。解呪の方法は、己が持つ紋章を『媒介』としなくては、解くことができないのだ。

 名残惜しい、とは思わなかった。
 それより、彼女を止めることすらしなかった自分に、もどかしさが残った。

 「……………………馬鹿者が……。」



 全てを閉ざし、眠りについた彼女にそう呟いて、ルカは踵を返して転移した。