広大な森林の中心にそびえ立つ、石で築かれた円柱の巨大な塔。
例えば、そこに何者かが侵入を試みたとしても、決して中心へ辿り着けぬよう、その森全体には『視界』に対する結界が張られている。
また、外界から見ても分からぬように、塔の存在を隠すための結界も同時に施されていた。
そして、その何百年という年月を感じさせる、そこには。
かつて、5人の『家族』が暮らしていた。
塔の主、150年の時を生きた女、異名を馳せた男、そして、一人の少年と少女。
そこに血縁などはなく、あったのは『絆』のみ。
全員が揃ってその場所で過ごしたのは、僅か数年程度。
長いようで、けれど過ぎてしまえば、それは刹那のような時間だった。
その数年という月日であっても、皆、確かに幸せだった。
血の繋がりではなく、”想い”こそが、家族を家族たらしめん事を知っていたからだ。
でも、それは・・・・・・・・・・
誰もが想い描いていただけの、儚い幻想だったのかもしれない。
[きみを探して]
そこに、かつての賑わいは見られず。
その中心となって笑顔を見せていた女性も、別れを告げて出て行った。
いつも絶え間なく響いていたはずの『彼女』の笑い声は、もう聞こえない。
主のみとなってしまった他の存在も見出すことが出来ない、塔の中。
その最上階では、塔の主レックナートと一人の少年が、向かい合っていた。
少年は、心持ち瞳を伏せていたが、やがて彼女に目を向ける。
「まだ……。」
伺うよう、小さな声で発された問いが、室内に響いた。
それに頷いて、レックナートも言葉を紡ぐ。
「ですが……彼女を連絡を取りたいなら、彼を見つけないことには……。」
「……ふぅ。俺の読みだと、そろそろルカは、戻ってくると思うんですけどね…。」
盲目の女性を見つめて、少年───は、小さな溜息をついた。
英雄戦争後、は、竜騎士であるフッチに頼んで魔術師の塔へ連れて来てもらった。
礼を言って彼と別れた後、すぐにレックナートと面会した。だが『探し人』の行方は知れず、それと知った彼女がくれた言葉は、一言だった。
『彼女に会いたいのなら、まずは、ルカを探しなさい…。』
としてみれば、どうしてそこでルカの名が出てくるのか分からなかったが、彼女がそう言うのならば、そうした方が良いのだろう。
だが、彼を捜そうにも、この場所には竜や転移を使わなくては戻って来れない。そう伝えると、彼女自ら転移魔法を教えてくれた。
即興であるにしても、真なる紋章を150年以上宿しているが故に、その繋がりも深い。
当時こそ悩みの種であったものの、今となっては、自分が『主』として使役出来るようになっていた為、ある程度の期間でそれを使えるようになった。
そして、そこそこの精度になったのを期に、レックナートに礼を言うと、まずトランとデュナンに足を運んだ。とに『ルカが姿を見せたら、すぐに連絡をしてほしい』と伝えるためだ。
そしてその後、自らも彼の情報を探して塔を出た。だが、予想外というか予想通りというか、彼に関しての情報は、全くと言っていいほど無かった。無論、やからも連絡は無い。ルカに関係するだろう場所を探しても、糸口が全く見えなかった。
聡明であるが故には、すぐに決断して魔術師の塔へと戻った。各国のトップに位置するやからの連絡もなく、尚かつ、どこへ行けども情報皆無。
そこから導き出した結論は、『ルカは、一つの場所に留まっている』。ならば、闇雲に探すのは得策ではない。探し人とルカが暮らしていた場所へ戻り、彼が戻るのをじっと待った方が懸命であると考えたのだ。
魔術師の塔へ戻り、レックナートに経緯を話し、暫くここに滞在しても良いかと訪ねると、彼女は、僅かに思案の色を見せたものの小さく頷いた。
それからは、塔内の一室を借り、置いてある書物を読みあさりながら、暇を見つけては、紋章術や剣の稽古をして時間をつぶした。
そして、一ヶ月が過ぎた今日、再び最上階の扉を叩き、ルカに関して話していたのだ。
「俺、どこで読み違えたんだろうなぁ…?」
「………貴方には、”先”を見る力が、備わっているのですね。」
少し戯けた仕草をしてみせると、彼女が、そんなことを呟く。
「……俺に、ですか?」
「はい…。ですが、それは、私のように『星の動きを見る』という意味ではなく、物事を的確に捉え、それを元に先を見越し、想い描いた通りに道を切り開いていく”力”……。」
「軍師向きって事ですか?」
腕を組み、壁にもたれながら冗談めかしてそう言うと、彼女もまた小さく口元を緩めた。
「それなら、俺は………これで、彼女を支えられればと思います。」
「…………。」
「レックナートさんのお墨付きだし、この力で、この先の彼女を守れるな…」
と、ここで言葉を区切った。盲目の彼女が、不意に眉を寄せたからだ。
「どうしました?」
「……。彼が………ルカが、戻って来たようです…。」
もたれていた背を壁から離し、目を見開く。
彼に会うことで、彼女に会えるかもしれないのだ。
だがレックナートの面持ちは、非常に厳しい色を宿していた。元来、人の心を読み取ることに長けている故に、彼女のその色を見て嫌な予感に包まれる。
しかし、ようやくルカと対面出来ると思うと、心が乱れた。
「レックナートさん…」
「…いくら彼でも、貴方との会話を拒むことはしないでしょう…。ですが、私は……その”先”を保証する事が、出来ません。行くも行かぬも、追いも縋るも、それは……貴方が決めること…。」
彼女の言う”先”とは、すなわち『彼女』との再会。
その重みを知りはしても、決断を下すのは自分だ。
でも、会いたかった。彼女に会って、話をしたかった。聞いてほしかった。
彼女は、もしかしたら聞いてくれないかもしれない。耳を傾けてはくれないかもしれない。
でも、それでも・・・・・・
「俺は…………彼女に会いたいんです。」
その声は、言葉は、はっきりと響いた。
罪を背負っていても、それでも彼女の傍に居たい。その心を、少しでも支えたいのだ。
許されなかったとしても。拒絶されたとしても。
彼女の愛した者が、自分へ宛てた、あの『言葉』が無かったとしても・・・・
それでも、彼女と共に生きたかった。生きていきたいと思った。
生きていることを、悲観してほしくはない。
生きていて良かったと、いつか、彼女にそう言ってもらえるように・・・・。
だから、重々しい扉に手をかけた。その重みは、これから起こる壮大な”運命”を物語るように。その低い音は、また新たなる歴史の中へと自らを誘うように。
その決意と志を歓迎しているかに思えた。
『俺は…………きみの傍にいれるなら………………もう何もいらないから……。』