[きみを求めて]



 部屋を出て、すぐに転移を使った。レックナートに「ルカは、まずあの子たちの墓へ足を向けるでしょう…。」と言われたからだ。
 標準を庭へと定め、光に飲み込まれた。



 風が、体を撫でる感覚。閉じていても分かる、光の消失。
 それを感じながらゆっくりと目を開ければ、眼前には、向日葵と百合が咲いている小さな庭。
 風は強くなかったが、それでも、花々にとってみれば花弁を散らすほどだ。そして、その花の中心に彼女の家族が眠っていると、レックナートが言っていた。『彼女』自らがその体を棺へ納め、彼女自ら土を掘り起こし、この場所へ埋めたのだという。
 その時の彼女は、何を考え、何を想いながら作業していたのだろう?

 眼前に広がる光景。すぐ前に、男が一人立っていた。
 無造作に伸びた陽の光を真っ直ぐに反射する、黒い髪。旅する者特有の衣服に身を包み、その腰にはいた巨大な剣は、この男が所持者であるなら見劣りしない。
 男は、流れる風をその身に受けとめながらも、微動だにしなかった。ただ、花咲き誇るこの場所で、彼にとっても『家族』となっていただろう者たちの墓石を、何を言うでもなく見つめていた。

 「ルカ……。」
 「………………。」

 暫く躊躇したものの、は、思い切って口を開いた。
 だが彼は、振り返らない。返事をすることもなく、動くことすらない。

 「ル…」
 「……なぜだ?」

 再度名を呼ぼうとすると、今度は、彼の方から問われた。だが顔を上げることも、まして自分の方を見ることもなく、その背を向けたまま。
 静かな静寂。彼が、今度は、はっきりと言った。

 「なぜ、貴様が、ここにいる…?」
 「それは…」

 答える事が出来なかった。代わりに声を詰まらせ、目を伏せる。
 彼の言葉には、二つの意味が込められていた。
 この場所を知らない自分が、どうしてここにいるのか。それが一つ。
 そして、もう一つは・・・・・

 「歓迎されていないってことは………分かってるさ。」
 「……………。」



 自嘲的な色を帯びた、その呟き。
 それを聞いて、ルカは、静かに振り返った。そして、少年を真っ直ぐにとらえる。
 伏し目がちに俯いた少年は、視線に答えることはしなかったが、やがて静かに言った。

 「彼女がどこにいるのか…教えてくれないか…?」
 「…………。」
 「ルカ、頼む…。」

 今度は、自分が目を背ける番だった。
 名を呼ばれているにも関わらず、彼の横を通り過ぎる。
 だが、彼は、それを許さなかった。

 「ルカ、頼む! 俺は、彼女に会いたいんだ!」
 「……教えられん。」
 「なんで…?」
 「……レックナートの奴に聞けばよかろう?」
 「無理だ…。知ってるだろ…?」
 「…………。」

 ルカは、無言で彼を見つめた。彼の言葉の意味を、知っていたからだ。
 レックナートが、彼女の居場所を熟知していること。けれど、その場所を誰かに告げることは決してないこと。
 いつか聞いていた。レックナートに”先”を見る力があることを。
 当時、だからどうしたと思っていたが、苦笑しながらが言っていたのだ。

 『先を見る事が出来る人や、先を知ってしまった人は、それを口に出せないんだ…。”忘れて”しまえば、なんて事ないんだろうけどね…。』

 その時の彼女は、酷く哀しそうな顔をしていたのを覚えている。
 あの時の彼女は、泣き出しそうな顔を、無理に笑顔に変えていた。

 彼女の居場所を知っていても、レックナートがそれを誰かに告げることはないと、分かっていた。分かっていたからこそ、彼も、即座にそう切り返してきたのだろう。
 正直、ルカとしてみれば『そこまで知っているのか』と思いはしたが、あえて無言を貫いた。だが彼も、それで諦めてはくれないらしい。

 「ルカ……俺は、彼女と話がしたい…。」
 「……諦めろ。無理なものは無理だ。」
 「頼む! どうしても、話がしたいんだ!!」
 「……………。」

 ・・・・諦めの悪い。そう思いはしたが、しかし、彼女の現状を話すことも憚られた。
 故に、言わざるを得なかった。

 「…………あいつが望んだことだ。」
 「っ……。」

 言外に、『彼女が再会を望んでいない』と、そう伝えた。



 には、分かっていた。
 死を求めたにも関わらず、それを生かしてしまった自分は、決して許されないことを。
 生きて欲しいと彼女に望み、散って逝った者たち。でも彼女は、それでも”死”を望んだ。
 自分は、それとは違う理由で、彼女の決意を粉々に打ち砕いた。

 何事にも、裏表は存在する。
 人を死に至らしめたのなら、それは”罪”なのだろう。
 だが、もし、それに裏が存在するとしたら?
 死を求める者を生かす事も、”罪”となるのだろうか?

 彼女は、憎みはしないだろう。恨みもしないだろう。
 けれど、きっと俺を許さない。
 彼女は、絶対に、俺を許すことはないだろう。

 言葉にされて、初めて実感した。
 自分の身勝手な行動が、いかに彼女を傷つけていたのかを。
 分かっていたはずなのに・・・・・
 それでも、彼女にだけは、生きていてほしかった。
 辛くても、悲しくても、苦しくても・・・・・いつか、きっと・・・・・・

 「……生きていて良かったと…………思って欲しいんだ……。」

 ずる、と音を立てて座り込む。
 それを見たルカが、一つ溜息をついたが、にはもう聞こえなかった。



 ・・・・正直、心底意外だった。
 彼女から、このという少年のことを何度か話で聞いたことがあったが、しかし。彼女の話で聞いていたのと、目の前で弱り果てている彼は、全く別人ではないかと思った。たった一人の女のことで、今まで見せていたはずの『余裕』は脆くも崩れ去り、”弱さ”を全面にさらけ出している。
 彼女の言っていた彼は『頼りがいがあり、優しく、いつも冷静沈着ではあるが、何を考えているのか分からない事が多い』だ。
 しかし、今、目の前にいる彼は、それを全否定できてしまうほどに脆い。

 ・・・・・違う。

 弱いのではない。
 その対象が『彼女』であるからこそ、彼は、きっとここまで弱さを見せているのだ。
 誰にでも大切な者は、一人や二人いる。自分にも、彼女にも、誰にでも。
 という少年にとっては、それが『彼女』なのだ。

 だから、見せられる。”弱さ”を。
 彼女のために。彼女に会えるのなら。
 彼女を・・・・・・・想うが故に。



 両手で顔を覆い、その場に膝をついた少年。
 その横で、俯き、口を閉じたルカ。

 彼らの沈黙を破ったのは、本来ならば決して部屋から出ることのない、塔の主だった。

 突如、眩い光を纏って現れたレックナート。
 彼女は、一言「最上階へ…。」と言うと、また光を放って姿を消した。