[きみを訪ねて]



 レックナートの言う通り、二人は、最上階に向かった。
 重厚な扉をノックして、主の返答を待たずに開く。
 ギ、と独特の音色を奏でたその先に、レックナートが静かに佇んでいた。

 先に部屋へ入ると、ルカがそれに続いた。さきほど、庭での対話の際、彼女が現れた瞬間から酷く機嫌が悪そうだったが、今はそれに拍車がかかっている。まるで『狂皇子』の再来だ。
 主の塔と狂皇子の関係、というのはよく知らないが、彼は彼女が嫌いというわけではないだろう。

 彼がこの塔へ戻ったのは、大した用事ではないはず。さしずめ、なにか取りに来た程度で、彼女に挨拶するつもりもなかったのだろう。用を済ませたら、そのまま転移で『どこか』に戻るつもりだったのかもしれない。
 なぜなら、旅人の格好をしているものの、それに比例するような荷物を何も持っていなかったからだ。帯剣はしているし、腰の布袋には回復系のアイテムが入っているのは分かる。しかしそれだけで、旅荷という旅荷を背負ってもいないのだ。

 は、そう判断した。
 そして、彼の機嫌が悪いのは『すぐ姿をくらますつもりだったのに、また厄介事に巻き込まれた』故なのだ、と。



 レックナートが、ルカに顔を向け、口を開いた。

 「ルカ……お久しぶりですね。」
 「………………あぁ。」

 いつもと同じ、まったく抑揚を感じさせない彼女の言葉を受けた彼は、壁に背を凭れながら片手だけを上げて短く返した。『下らない挨拶はいいから、とっとと用件を話せ』といった所か。
 彼女は、暫し俯いていたが、次に自分に顔を向けて言った。

 「…………。」
 「はい。」

 体ごと向き直ると、彼女は、静かに呟いた。

 「は…………眠っているのです。」
 「……?」
 「彼女は……葛藤していました。愛する者たちが、唯一彼女に望んだことを…。大切な友である貴方から、救われた命の重みを…。」
 「………。」

 目の前に立ち言葉を紡ぐ彼女に、返事ができなかった。
 思い出すのは、『彼女』が、涙を流して泣き叫ぶ姿。

 あの日、あの時、あの場所で。過ぎたばかりの、シンダル遺跡で・・・・。
 涙を流し、天に叫んだ姿。もう動かなくなった弟を腕に抱き、空になってしまった娘の頬に触れながら、自分もここで最後を迎えると言った、唇。
 流れても流れても止まらない、涙。

 「望まれた”生”と……そして、自らが望んだ”死”…。彼女は、愛した者たちの望みを叶えたかったのです。そして、自らの望みも……。だから彼女は、生きたまま………自らを閉ざすことを考えた…。」
 「自らを……閉ざす…?」

 目蓋の裏に浮かぶのは、それでも、涙を流して”死”を望む彼女の姿。
 深い闇に彷徨う。救いの手を差し伸べたくても、自分では、到底届きはしない。どんなに必死に手を伸ばしても、彼女がいる場所には、到底届かないのだ。

 「……目を開けなさい。そして、真実を見なさい。貴方の見る”先”は、闇ですか? それとも、光に溢れていますか…?」
 「俺は……」
 「目を閉じていては、何も見えません。近き未来、遠い過去、闇の中の灯りに、光の中の影…。過ぎ去りし自責も、先へ繋がる呪縛も…………すべては、その瞳を開けてようやく見えるものなのです。」
 「俺……は…。」

 その言葉が、とても重い。
 けれど、この盲目の女性がそこまで言葉を紡いだことに、驚きを隠せなかった。運命を見届ける執行者であるにも関わらず、その言葉は、自分へ向けて大切なメッセージが込められている。時には非情とも取れる言葉、感情、意志。それを全て否定できるぐらい、今の彼女は確かに”人”であったのだ。

 じっとその顔を見つめていると、彼女は、言った。

 「………………『創世の洞窟』を、目指しなさい……。」
 「創世の…?」

 彼女の言葉。
 だが、その言葉に驚いたのは、だけではなかった。反応として出さなかったものの、ルカも、咄嗟に目を見開き凭れていた壁から背を離したのだ。
 それを気配で感じていたのかどうか・・・・・・彼女は、そっと続けた。

 「創世の紋章が祀られていた場所で……………彼女は、深い眠りについています。」

 先より些か抑揚めいたその声に、ルカは、眉を寄せながらも遮ることはしなかった。動揺を押し隠すように唾を飲み込み、再び壁に背を委ねる。

 「創世の洞窟……。それは、いったい何処にあるんですか?」
 「……………。」

 それから口を閉じてしまったレックナートに、は、『それ以上は言えないか』と結論した。でも、それでいい。皆無だった情報を、意外な人物が与えてくれたのだから。
 彼女は、きっとそれを言ってはいけなかったはず。それでもこうして助言をしてくれた。
 チラ、とルカに視線を送る。すると彼は、苦い顔を隠そうともせずに言った。

 「…………俺は、教えんぞ。」
 「あぁ、分かってる。ここからは、自分で何とかするさ。」
 「…………。」

 小さく微笑み、次に、レックナートに視線を向けた。

 「レックナートさん。」
 「……。今は、まだ………私の盲した瞳には、その先が、朧げにしか映りません。ですが…」
 「はい。俺は、彼女を支え続けます。」

 そう言って、深く頭を下げる。自分のために、大切な言葉を紡いだくれた人に。
 次に、ルカに「…出来れば、早めに顔を合わせたいな。」と笑いかけると、彼は「…勝手にしろ。」と言って、さっさと行けとばかりに顎をしゃくった。
 苦笑を返し、しっかりとした足取りで、扉に手をかける。

 すると、レックナートが呟いた。

 「……。あの子を………………を、どうか………。」

 最愛の者の母に返事をすることはなかったが、は、ゆっくり頷いて部屋を出た。






 「嘘だな。」

 『罰』と『許し』を司る少年が去った部屋で、ルカは、徐にそう吐き捨てた。
 その言葉を投げかけられた女性は、返答することはない。
 だが、暫くの躊躇を見せたあと、問うた。

 「………なんの事ですか?」
 「とぼけるな。」

 口早に言い切って壁から背を離すと、まっすぐに彼女を見据える。

 「先の、貴様のあの言葉だ。俺が分からないとでも思ったのか?」
 「……………。」

 核心をつくよう放たれた、その言葉。
 レックナートは、再び口を閉ざした。
 彼は、返答を待っているわけではないのだろうが、ありありと分かる態度で鼻を鳴らす。

 「なにが、『その先は、朧げにしか映らない』だ。こうなる事が分かっていて……あの小僧に教えたのだろう?」
 「……………。」
 「いずれにしても、貴様の見た”先”とやらで、あいつは、遅かれ早かれあの場所にたどり着く。そして、会うことになるのだぞ………生を放棄した、あの女とな。」
 「ルカ……。」
 「…眠ることを選んだのは、あいつだ。俺は、ただ単に、その解呪を任されただけというのは分かっている。だが……」
 「ルカ。」

 はっきりとした言葉で、言葉が遮られた。
 睨みつけるも、彼女は、それに臆することなく言う。

 「確かに、私には『見えて』いました。そして、彼が彼女を捜してずっと旅を続けることも…。」
 「ふん…。だが、分からんのは、何故それを貴様が口にしたのか、だ。」
 「……それならば………もし、私が………彼に話す未来が『見えて』いたとしたら…?」
 「っ……。」

 彼女の言に、声を詰まらせる。しかし、と、考えた。
 確かに、彼女が見る”先”で、彼女自身が『話して』いたとすれば。
 彼女が、に答える未来が、彼女自身に見えていたのなら。
 彼女は、それを実行したに過ぎない。

 要は、自分が何と言おうと、結果として迎えた”先”が”今”なのだ。

 無言で睨みつけていると、彼女が、小さく首を振った。
 そして沈黙を追いやるかのごとく、続ける。

 「これから”先”……。彼女には、更なる”運命”が、待ち受けています…。」
 「…………。」
 「僅かなる”安息”……そして、過去の『夢』と『現実』の対比……。今は、まだ、彼女は眠るのでしょう。ですが……」
 「…………訪問者、だろう?」

 彼女の言葉の意味を解し、眠りについた女に告げられた『頼み』を思い返して、顔を上げてそう言ってやる。すると彼女は、それに肯定も否定もすることもなく、続けた。

 「貴方と……そしてが共に居ること…。それは、これから先の彼女にとって、とても大きな効果をもたらすでしょう…。そして今、貴方と共に彼女の眠りを守る、あの黒き騎士も…。」
 「……………。」

 じっと、彼女の言葉に聞き入る。
 自分と。そして、黒い騎士と言われた、あの悪魔。

 「運命の輪は、常に重く……望む”先”への道は、とても険しい…。それは、時に”非情”を………時に”想い”を必要とします。貴方たちは、近い”先”に、彼女が望むものの為に、その力を振るうことになるでしょう。そして、彼女は……」
 「……もういい、分かった。」

 彼女の言葉を遮って、右手を掲げる。

 「……運命の輪だの、何だの……俺は知らんし、どうでもいい。」
 「………。」
 「俺は、一度死んだ身だ。それに、今は……あいつのお守りで手一杯だからな。」

 そう言ってやると、彼女は、本当に僅かだが笑みを見せた。

 「……あいつが目覚めて何をするも、あいつの勝手だ。それに、あいつがこれからどうしようが、俺は、口を挟むつもりは一切ない。あいつが生かした命だ。老いぼれたジジイになんぞならんのだから、いくらでも付き合ってやる。」

 あいつの我が儘には、もう慣れてしまったからな。
 そう言って鼻を鳴らしてみせると、彼女は、言った。

 「ルカ……。貴方も………どうか、あの子のことを……。」
 「…………下らんな。なるようにしか、成らん。」



 淡々と返された、その言葉。それとは裏腹に、酷く優しく心強い印象を受けた。
 だからレックナートは、ルカが姿を消す直前、祈るように告げた。

 「……のことを…………………お願いします……。」