始まりがある
 そして 始まりがあるものには 必ず・・・・
 終わりがある

 それは きっと
 そう・・・・
 必ず とは言えないけれど
 きっと 全てのものに

 永遠と謳われる都が この世界のどこかに存在すると
 そう言っていたのは 誰だった?
 もし それが存在しているのなら
 それは いったい何処にあるのだろう?

 永遠と括るには それは とてつもなく長過ぎて・・・

 不老を得ることが出来たなら 世界の末を望むことも可能だと
 そう言ったのは 誰だった?

 永遠を望む者は 何も知らない
 時が いかに残酷で無慈悲なものなのか
 望んだものの対価が 決して安くはないことを
 時の流れの恐ろしさを知らないなら
 自分の身に宿るのは 決して光りだけに溢れたものではないと
 そう 伝えられたら良いのに・・・・

 永遠とは 終わることがないから 永遠なのだろう

 本来 自らが持つもの以上に先へ進み
 ふと立ち止まり でも 振り返ることは許されない
 知らなくて良い事 知るはずのなかった事
 それらを強制的に体験させられ それでも歩き続けなくてはならない

 過去に縛られているのは 自分だけではない
 永遠という言葉の意味を 知るのではなく
 ・・・・・・・知らされる

 始まりがある
 そして 始まりがあるものには 必ず・・・・・
 終わりがくる

 それは きっと そう・・・・・
 いつか いつかきっと
 永遠を持つ者にも それが訪れることを・・・・

 ずっと・・・・・・・・・・願っている



[きみを目指して]



 サク・・・・サク・・・・サク。

 一週間前まで続いていたどんよりした重い雲はすでに取り払われ、ここ数日は、気持ちの良いぐらいの快晴だった。
 昼夜問わずに降り注いでいた雨もようやく泣く事を止め、燦々と輝く陽の光に、渋々ながらも主導権を渡している。

 少しだけ湿り気を帯びた風は、どこからともなくやって来ては、また何処へと旅を続け。
 上空が到達点だ、と空へ昇ったそれらは、きっと自らの意志で雲を導いているのだろう。

 この地は、美しいとしか形容できない草原で満たされており、まだ朝露が残っているせいか、その恵みを反射してキラキラと光る。
 道というものは、一切存在しないものの、どの大陸にも見られぬ大自然という名の緩やかなそれが、目指す場所へと導いてくれていた。

 サク・・・・サク・・・・サク。

 どの大陸にも属さぬ、名も無き彼の地。
 そこを歩いているのは、罰と許しを宿す少年、
 大昔から変わらぬ赤のハチマキに、旅をして来た所為か少しくすんだ同系色のマント。
 無い筈の道をしっかりとした足取りで歩くその姿は、永き時を生きた者特有の空気を纏い、その意思の強さと比例するよう深い闇を映す瞳は、まっすぐに自分の望んだ場所を目指していた。

 視界に映るのは、今、自分が歩みを進めている草原の、更にその先。見ただけでは、どこまでも続いているようにすら思える、奥深い森の中。
 蒼の世界だ。

 その中には、隠されるよう、守られるように存在しているはずの『創世の洞窟』。そこへ辿り着くまでに、あと半日はかかるだろう。
 景色だけでも『浄土』と思える、小さな小さな大陸。地は潤い、命は歌い、空は恵む。
 誰もが理想とするだろう、永遠の地だ。

 ピィーーー・・・・・

 「……?」

 どこかで、鳥が鳴いた。
 ふと我に返り、その鳴き声のする方へと視線を移す。
 だが、その先からは、何の気配も感じられない。

 輝ける草原でも、空でも、目指している森の中からでもない。それでも鳥は、ずっと鳴き続けていた。360度見渡してみても、距離的にも場所的にもそれらしい生物が見当たらない。
 不審に思い、眉を潜めながら、視覚聴覚をフル稼働して神経を研ぎすましてみても、どこにもその気配は見当たらなかった。

 それよりも・・・・・

 おかしいのは、その鳴き声が、背後から聞こえて来るということ。振り返れども振り返れども、更にその後ろから鳴き続けている。近くではなく、とても遠い所から。
 幻聴とも取れるが、結局のところ、それは、この大陸に足を踏み入れた時に気付いた『大陸を覆う不思議な感覚を醸す結界』のせいなのかもしれない。何故なら、ただ真っ直ぐに歩いているものの、それが本当なのかも分からないからだ。
 道無き道。しかし、向かう先は一つしかなく、その通りに歩いているはずなのに、どこか夢心地な感覚。

 よもや、この結界には、侵入者の感覚を狂わせる効果があるのか? とも思う。意識は、はっきりしているはずなのに、どこか漂うように感じてしまったから。
 目指す場所は分かっているのに、本当にそれでいいのかと心に語りかけてくる『なにか』。それは、まるで自分を拒むように、目指す場所に近づけば近づくほど強くなっていく。
 鳥の鳴き声が止んだ代わりに頭に響いてくるのは、男性とも女性とも取れぬ、”声”。

 『来るな…』
 『戻れ…』
 『この安息の地を、穢すことは…』

 「………?」

 今、一番会いたい人の名を口にする。
 今となっては、その名は、自分にとって何より尊い者となった。
 それさえあれば、他に望む事などない。

 だが、その”声”は、彼女ではないと思った。性別も分からなければ、優しさの欠片もないその”声”は、きっと彼女の”意思”ではない。
 それなら誰かと考えたものの、生憎、自分には分かりそうもない。その答えを知るだろう男は、きっとこの先にいる。漠然とだったが、どうしてか、その考えに確信を持てるのだ。
 誰も近づけることなく、彼は、その場所を守っている。

 彼女の眠りを、誰にも邪魔させない為に・・・・。

 長い長い年月の中の、たったの数ヶ月。
 それだけなのに、恐い位に『永遠』を感じた。

 「もうすぐ………会える。」

 自分に言い聞かせるように呟いて、は、再び足を踏み出した。






 キン・・・・・・キンッ!

 それまで爛々とこの世界を照らしていたはずの陽は、位置すでに低く。
 あと一刻も経たない内に、闇夜を照らす慈しみの月に、その光を与えるだろう。

 広大かつ聖なる加護を受ける森の中で、二人の男が剣を閃かせていた。

 木々の隙間から漏れる、茜の色。
 その僅かな色に染められながら、男たちは、巨大な岩壁の前で打ち合いをしていた。各々の手で踊る様に弧を描く剣は、茜を反射しながらその音色を響かせている。

 キィンッ!!

 とてつもない早さでぶつかり合う音。
 日中から途絶えることのなかったそれが、ようやく終わりを迎えた。

 恵まれた体躯を持ち、真っ直ぐな黒髪を無造作に束ねた男が、剣を鞘に納めた。そして、もう一方の───同じく長身であるが、金の髪で目元を覆って瞳を隠している───男は、弾かれた剣の傍に立つと、それを静かに引き抜いて『まだ足りない』と眉を寄せる。
 黒髪の男は、岩壁に近づくと、傍に置かれている革の水筒に手をかけ、栓を開けて口に含もうとした。だが、苛立った声に邪魔をされ、これ見よがしに眉を寄せる。

 「おい…。」
 「……なんだ?」

 金髪の男が、苛立ちを隠そうともせずに、背後に立って双剣をつきつけてきた。それを感じた黒髪の男──ルカ──は、邪魔をするなと言わんばかり、目もくれない。

 「まだ足りない……。」
 「……休憩だ。」
 「なに…?」
 「休憩だと言った。俺は、人間だ。貴様のように、無尽蔵に体力があるわけではない。」
 「…………。」

 そう言うも、黒き悪鬼──ユーバー──は、剣を引こうとしなかった。
 ここで第三者が迂闊に口を挟もうものなら、瞬時に彼に切り捨てられそうなほど、その色違いの双眸には殺気が込められている。だが諦めることを知らないのか、彼は、再度「抜け。」と言った。
 それに呆れながら、ルカは、平然と切り返した。

 「…良いのか? 俺にとっては、どうでも良い話だが…。貴様の剣が、俺を貫いたのなら………これは、立派な『契約違反』になるだろうな。」

 そう言い終えて、水で喉を潤していると、背後で小さな舌打ち。どうやら諦めたようだ。彼は、剣を納めながらまだブツブツ言っていたが、ルカは、気にすることなく水筒から口を離すと手で拭った。
 心底つまらなさそうな顔をして、ユーバーが、草を踏んで木陰へ入る。それを横目に、空になった水筒を適当に放ると、適当な岩を見つけて腰掛けて剣を抜いた。彼が、それを見て「相手をしろ」と反応を示すことはない。自分が適度な岩場に腰をかけ剣を抜くということが、どういう事か理解していたからだ。

 愛剣の手入れを始めると、彼が、恨めしげに睨みつけてくる。
 しかし、どれだけ殺気立った視線を送っても、ルカは決して反応を返してやらなかった。



 かつて『狂皇子』と呼ばれ恐れられていた、目の前の男。
 ユーバーにとっては、不足とならぬ相手だ。この地へ来てからというもの、毎日繰り返される互いの剣戟の音に、僅かながらも酔うような興奮を抑えられなかった。
 自分は、あの女の傍にいる。そして、狂気の酔い波へ落としてくれる男がいる。
 あの女が持つ紋章は、決して潤うことのない渇きを、満たすような癒しを。そして目の前の男は、その反面、補うような甘美なる狂気を。

 『次は………なにを手にいれる…?』

 「……?」

 ふと耳を掠めたのは、男女とも分からぬ”声”。意識だけを周りに向けるが、それがどこから発されているのかは、分からなかった。気配すら、どこにも感じられない。

 「ルカ…。」
 「…何だ?」

 今は忙しい、と言いたげな彼を見て、ユーバーは『こいつには聞こえていないのか』と考えた。何も言わずに立ち上がると、彼が顔を上げる。
 手入れが終わったのか? と視線を向けるも、彼は、静かに言った。

 「………来たか。」
 「…来た…? 何がだ…?」

 遥か遠い森の入り口へ視線を向けた彼に、ユーバーは問うた。

 「………客だ。」

 だが、彼がそう答えた瞬間、口元を吊り上げるのを禁じ得なかった。
 それを感じたのか、彼が静かに止めようとする。

 「……おい。」
 「ククッ…。」

 喉の奥から込み上げる狂気を飲み込みながら、袖口から双剣を出す。キングクリムゾンと名付けられたそれは、これから降りてくる夜の帳を歓迎するかのごとく、僅かな茜を反射していた。

 「…ユーバー。あいつとの『契約』は、必ず守れ。」
 「……分かっている。少し、歓迎してやるだけだ…。」



 狂気という名の想いに打ち震える悪鬼は、それだけ答えて瞬時に転移した。
 それを見届けてから、ルカは、小さな溜息をもらす。
 唯一この森の中で開けている、この場所。彼女は、その奥にある場所こそ『創世の洞窟』だと教えてくれた。創世の紋章が祀られていた、この地。
 しかし、この中では、それを宿した彼女が、とても深い眠りについている。

 「…………。」

 空を見上げると、闇が、世界を覆おうとしていた。まるで彼女だけでなく、この世界すら飲み込んでしまうように。
 ・・・・・いや、違う。飲み込まれているのだ。自分もあの黒き騎士も、そして、これから再度相見えることになるだろう、あの自ら罪を背負った少年も。

 昼が終わる。そして、夜も終わる。
 時間というものが存在するならば、それは、必ず。
 昼も夜も、永遠に巡り続けるのだから・・・・・。

 けれど、彼女の夜は、まだ終わらない。その闇の中、陽の光が届くことはない。
 それは、とても長い永い時間。彼女の夜は、いまだ明けない。

 「早く……………戻って来い……。」

 投げかけるように、願いを込めるように、零れた言葉。
 けれど、彼女の『答え』は、聞こえない。