[きみを見つけて]



 ユーバーの首筋からナイフを引き、彼に案内を促して、ようやく目的の場所へ辿り着いた。
 目前に広がったのは、入り口も出口も見えない、重々しい洞窟。そして、その岩壁を背に自分を見つめていたのは、半年ぶりに顔を合わせることになったルカだ。

 「ふん、来たか……。」
 「あぁ。半年ぶりだな!」
 「……正確には、五ヶ月だ。」
 「はは、よく数えてるな。そんなに俺に会いたかったのか?」

 他愛無い軽口を経て、ルカは、少年の隣に立つ男に視線を向けた。それを受け取けたユーバーが、口元を吊り上げる。

 「負けたか、ユーバー。」
 「負けただと…? 俺は、『契約』を守っただけだ…。」
 「契約云々を抜きに、負けは負けだろう?」
 「……貴様……殺されたいか…?」

 わざと煽ってやると、彼が笑みを消し、すぐさま全身から殺気を放ち始める。その殺気をものともせずに、へ視線を移した。

 「……正直、ここまで早く辿り着くことが出来るとは…。」
 「そうか? まぁ、正直大変だった。ここに来るまで。」

 殺気を受け流されて「つまらん…。」と呟き、ユーバーが転移で姿を消した。に「どこへ行ったんだ?」と問われたが、「居ない方が、話が捗る。」と答える。
 暫し俯き思案してから、逆に彼に問うた。

 「それより、どうしてこの場所が分かった?」
 「……さぁ?」
 「。」
 「はいはい。分かったよ。答える。」



 『小さな大陸』とも『孤島』とも呼べるこの場所は、地図に記されてはいなかった。
 自身、この島の情報を手にした時は、正直半信半疑であった。伝統的なおとぎ話だろうと、そう思っていた。だが、僅かな可能性であれ、それに賭けてみたかった。
 当初、ただ『創世の洞窟』というヒントだけでは、そこに繋がる情報と呼べるものが無かった。これも、まぁ予想の範囲内ではあったのだが、そこまで情報が無いとなると、やはりとある場所へ赴いて調べなくてはならなかった。

 そこまで話を進めると、思い当たったのか、ルカが言った。

 「………ハルモニアか?」
 「ご名答。」
 「…………。」

 故には、ハルモニアにある『一つの神殿』へ行き、創世の紋章について片っ端から調べ回った。しかし、それを仄めかすような事は書いてあったものの、創世という言葉も、その在処を示すような地図も無かった。
 当たり前か、とも思った。あの時、ブリジットが何か知っているようだったが、神官将でも高位に位置するササライですら、その『存在』を知らなかったのだから。円の宮殿内ならいざ知らず、誰でも出入り可能な場所にあるはずがない。
 けれど、僅かな希望を胸に秘め、危険を顧みることもせずにそれを調べて回った。真なる紋章を集めている国で、自らを危険にさらすことになっても。『己に宿る紋章の事が露見すれば、命が危うい』という恐怖や躊躇は、まったくと言って良いほど無かった。

 「悔しいけど……あの時ほど、自分の無力を嘆いたことはない。」
 「それなら、何故ここへ来れたのだ…?」
 「………レックナートさんだ。」
 「っ……またあの女か!」

 彼は、決してレックナートの事を嫌っているわけではないのだろう。ただ、ここまで自分に様々な情報を教える事を、良しとしていないだけだ。彼が、に自分を会わせたくないことは、百も承知だ。
 しかし、そこまでして・・・・レックナートの介入を拒んでまで、なのだろうか?

 「ルカ、一つ聞きたい。」
 「……何だ?」
 「そんなに…そんなに俺を、彼女に会わせたくないのか?」

 「馬鹿者が……。今の貴様が、あいつを見れば、どうなるかぐらいの見当はつく。」
 「……………。」

 発せられた言葉。振り払うような棘の中に見えた、僅かな優しさ。
 あぁ、そうか。彼は心配してくれたのだ。自分のことを。

 『きみの周りに集まる人は、やっぱり、きみと同じで……』

 優しくて暖かい。心を和らげてくれる。
 彼女の心が、人を介して、自分を癒してくれる。

 小さく首を振った。これから踏み出す『現実』という名の一歩に、決意を重ねて。
 大丈夫・・・・大丈夫だ。きみは、こんなにも愛されているんだから。
 きみが心を許せる者は、きみを想ってる。
 そして、傷つかないような・・・・・・境界線を張ろうとしてくれていた。

 「でも……」
 「……貴様が、それでも良いと言うなら、俺は、もう何も言わん。」
 「そう……だな。そうだな…。」

 閉じられた闇に見えたのは、出会って間もない頃の彼女の笑み。それを見ることは、決して無いのだと、分かっている。でも、それでも・・・・・

 「おい。転移は、使えるな?」
 「あぁ…。」
 「それなら、付いて来い。」

 顎で『この奥だ』と示し、彼が転移の光に飲まれた。
 この中で、この奥で、彼女が眠っている。

 「…………。」

 一つ深呼吸してから、右手を掲げ、光に身を委ねた。






 転移の波から抜けると、ひやりとした空気が体に纏わりついた。それが酷く心地良い。
 ゆっくり目を開けると、そこにはルカ。彼の背後で、大きな淡い光が瞬いていたが──色で言えば水色だろうか──、辺りを見回してから、問うた。

 「は……?」

 と、彼が、自分の視界から一歩横にずれた。
 すると、その背後で瞬いていた『光の正体』が露になる。

 「え…?」

 眼前にはっきりと存在しているのは、薄く発光するような光。
 その『正体』を目の当たりにして、思わず絶句した。
 言葉を発するどころか、瞬き一つ出来なかった。

 目の前で輝く『それ』は、巨大な氷柱。
 それは、決して自然の力で作り出された物ではない。
 意図的に作り出された『それ』は・・・・

 その冷たい氷の中で眠る、人物は・・・・・・・・

 「そんな……。」

 眠っている、と。そう聞いていた。
 その言葉通り、ただ深い眠りについているだけかと。
 そう、思い込んでいた。

 けれど現実は、壊したくなるほど残酷で。
 レックナートの、ルカの、遠回しな『会えば傷つく』という言葉の意味。
 それを、初めて理解した。

 「……。」

 思ってもみなかった。
 あぁ・・・・・・確かに彼女は、眠っている。
 深い眠りについている。

 でも・・・・・

 その体を氷柱に絡めとらせたのは、きっと”鎖”。それは、夢と現実の境だ。
 触れようにも、バチッと手を弾くのは、彼女自らが張ったのだろう幾重にも施された結界。
 外から、誰も触れる事がないように。
 この安らかな眠りを、誰も邪魔することがないように。

 「……………っ……………………!!」

 それほどまでに、彼女は、彼らとの『願い』を守りたかった。
 それほどまでに、彼女は、彼女自身の『望み』を叶えたかった。
 望まれたものと自ら望んだものを、同時に実行するために。

 泣くまいと・・・・・そう決めていた。
 自分は誓ったはずだ。彼女の前では、決して涙を見せまいと。
 それなのに、涙が溢れる。ポタリポタリと。

 不意に、ルカの言葉が、己が胸を貫いた。

 「……貴様は………ただ泣くだけか…?」
 「っ……。」

 ジャリ、と、石を踏みつける音。隣に立った彼は、分厚い結界に手を触れたが、それは、やはり全てを拒み、彼の手も例外無く弾き返す。

 「貴様は…生を放棄した、この女を前に……ただ泣くことしか出来んのかと聞いている。」
 「俺は…っ…!」

 ・・・・あぁ、そうか。
 そうだ。
 そうだったんだ。

 俺は、泣く事しか出来ないわけじゃない。
 こうして生きているから、出来る事がある。
 傍にいるだけで、役に立てることがある。

 「…………。」

 グイ、と涙を拭う。
 そして再度、遠きあの日に己の胸に刻んだ『誓い』を立てた。これで最後にする、と。
 眠りにつき、遠きあの日を『夢』見ている彼女に。
 彼女を想い、去っていった者たちに・・・・・

 「俺は……『生きていて良かった』と………いつか、笑ってきみにそう言ってもらえるように………してみせる。」

 ルカが、小さく鼻を鳴らした。その中に、嫌悪や憎悪といった感情は見られない。
 もっと早く気付かんか、とでも言いたげに口の端を上げて、転移を使い姿を消した。






 じっと、彼女を見つめていた。
 ただ、彼女だけを・・・・。
 その顔が、薄く微笑んでいるような気がするのは、思い違いだろうか?

 許しを請うのは、全てが終わった後でいい。
 縋るのは、突き放されてからでいい。
 考えるのは、その”時”で良い。

 今は、ただ、きみの傍にいられれば・・・・・それで。

 だから、小さく微笑んで、一言だけ呟いた。
 彼女に向けて、たった一言だけ。



 「俺は………きみだけを待ってるから。」



 祈るだけじゃ 足りない
 願うだけじゃ 届かない
 それなら どうすれば良い?

 答えは 驚くほど簡単だ
 それは 目の前にある

 この想いを胸に
 ただ 傍に居よう
 きみを想う者と共に ただきみを守ろう

 世界の全てが きみを憎んでも
 世界の全てが きみを孤独にしようとしても
 俺だけは きみの傍にいる
 そして 必ず きみを守ろう

 俺だけは 離れる気はないから
 俺だけは 決して 死にはしないから

 きみの友のために
 きみの家族のために
 そして きみだけのために・・・・

 だから 俺は きみを守るよ
 きみを守り きみの力となろう
 その安らかなる眠りを 誰にも妨げられないように

 そして これからも・・・・・

 きみの傍に 居られるように