[布石]



 「用件を言え。」

 前の会話を全て無視するがごとく、ルカが、ぴしゃりとそう言った。
 ササライが、それに弾かれたように小さな声で答える。

 「ここに……彼女は、いるんだろう? ……とても大切な用件なんだ。だから、直接会って話がしたいんだ。」
 「……………。」

 わざわざ自分を押しのけてまで前に出たというのに、彼は、いったい何をやっているのか。口を閉じて、睨みつけるように彼を見つめているだけだ。

 「なぁ、ル…」
 「貴様は、黙っていろ。」

 横から口を挟もうとするも、彼は頑だ。仕方なしに口を閉じると、彼は言った。

 「用件なら、俺が取り次ぐ。」
 「え、でも…」
 「それとも、俺たちでは事足りんか?」

 としてみれば、彼女の『目的』を知った上で、如何にして彼らを引き取らせるか考えていた。彼女を想い、その安息が長く続くことを願って。
 『夢』に過去に心をゆだねる彼女のその眠りを、ただ守り続けるために。

 すると、ササライが言った。

 「僕は………本人に伝えるよう、言付かっているんだ…。」
 「………。」
 「だから、彼女に…」

 ササライが言い終えるのを、鋭い眼光をもって遮り、彼は忌々しげに言った。

 「ヒクサクに………か?」
 「っ……。」

 その言葉に、ハルモニア一同が目を剥いた。それだけで見抜くには十分だ。

 「ササライ、どうなのだ?」
 「………そうだよ。」
 「ササライ殿!!」

 躊躇の末に答えたササライ。それに対し、ブリジットが柳眉を逆立てる。
 だがササライは、それに動じることなく続けた。

 「ブリジット…。彼らは、きっと、僕が本当の事を言うまで彼女に会わせてくれない。僕らの目的は……」
 「ですが、ササライ殿! 命令では、直接本人にと…!」
 「…本人に会う事も出来ずに戻れば、それこそヒクサク様に会わせる顔がない。」
 「それは……そうですが…。」

 じっと彼らの挙動を注意深く観察する。誰か嘘を口にしてはいないか。誰か会話の中に暗号を入れてはいないか。
 すると、転移の光を伴って、ユーバーが現れた。それを見たハルモニア勢が、驚愕する。

 「お前は…!!」
 「…ハルモニアの連中が……こぞって、何の用だ…?」

 悪鬼の姿を目にした途端、ディオスが声を上げるも、当の本人は、まったく気にする事なく口元を吊り上げている。ササライは、眉を潜めていたが、今は彼女に会うことを優先したのか、ディオスを制すると、ルカに目を向けた。

 「ルカ…皇子。ハイランドの、ルカ皇子だよね?」
 「……下らんことを。ブライトの姓は、とうの昔に捨てた。」
 「そっか…。ただ、顔を見た時から、ずっと気になっていたから…。」
 「ふん。下らん詮索は、止めておくことだな。」
 「…そうだね、ごめん。………。確かに、きみの言う通り、僕たちはヒクサク様の命令でここに来た。」
 「神官長直々の命令とはな……。」

 彼らの会話を耳にしながら、は、腕を組んで静かに目を伏せた。

 「だから、さっきも言ったように、彼女に……」
 「ならばヒクサクに伝えろ。話があるのなら、貴様が、身一つで赴くことだとな。」
 「なっ…!」

 穏やかな顔から一転、ササライの表情が強ばった。出来ることなら穏便に事を運びたいのだろう彼は、『正直に話せば、彼女に会える』とでも思っていたのだろう。だがルカは、それを一言で突き放すと、とっとと帰れとばかりに背を向けた。

 ・・・・あぁ、これは、一戦交えなくてはならないか。
 そう考えては、いつでも双剣を抜けるよう、僅かに両手の指を動かす。
 だが、ルカの言葉に激怒したのは、ササライでもなくディオスでもなく・・・・

 「貴様、何様だ!!」
 「ふん。何様もなにも、あの女に用事があるのは、ヒクサクなのだろう? それならば、本人が直接出向いて来るのが礼儀だ、と言っている。」
 「ササライ殿は、ヒクサク様の片腕と言われているお方だぞ!!」
 「…下らん。実に下らんな。俺たちには、まったく関係のない事だ。馬鹿馬鹿しい…。」
 「貴様ッ!!!」

 体を向けることもなく、ブリジットに淡々と述べた彼。本来なら、この場を止める役割を担っているのは自分だが、ササライこそ彼女の上司であるのだから、一言で止めるべきだろう。するとその思いの通り、ササライが彼女を制止した。

 「やめるんだ、ブリジット。」
 「ササライ殿……なぜ止められる!?」
 「…僕は、言ったはずだよ。絶対に剣を抜いてはいけないと…。」
 「しかし、こやつらは…!」
 「…僕の命令に、背くつもりかい?」
 「くっ…!」

 立場的な問題から、彼女はササライの命令に背けない。同じ『神官将』とはいえ、ハルモニア内では、それにも上下があるのだろう。それを知っていたのか定かではないが、ルカが、ユーバーを見て笑った。

 「まぁ、貴様が剣を向けても、直ぐさまこいつに真っ二つにされるだけだろうがな。」
 「ルカ……俺を、指差すな…。」
 「分かったのなら、とっとと尻尾を巻いてハルモニアへ戻り、ヒクサクに伝えろ。いや、ヒクサクというより……」

 円の紋章に、か。
 その言葉は、ルカの隣に居た自分にしか聞こえなかっただろう。
 だが、それで彼が何を想い、何を願っているのか理解した。
 あぁ・・・・彼は自分とは違った。彼女を想いながらも、彼にも『生きる目的』がある事を知った。そして、それを彼女は望んでいる。彼も望んでいる。いや、彼の場合は半々か。

 しかし・・・・・

 自分は違う。
 何より、彼女が心安らかに眠り続けることを望んでいる。彼女が望むことを拒否しても、彼女が過去へ心を置き、少しでもその傷ついた心が癒されることを。
 でも、知っている。彼女自身が、愛した者の『願い』を叶えようとしていることを。だからこそ彼女は、”布石”として『ハルモニア勢に、己の紋章を見せつけた』ことを。

 『俺だけ……俺だけ、きみ達とは、違う想いを持っているんだな…。』

 彼女が、幸せであればこそ。それなのに・・・・・眠りながらも生き続ければ、僅かな希望を見出せるのに・・・・。
 彼女は、いつか『それ』が壊れることを知っている。覚めなければならない時が来ることを、彼女自身が一番良く知っている。
 そして彼も、その『解呪』を近いうちに行うのだろう。

 だからこそは、やるせない想いに打ちのめされた。
 自分が、彼女の想いを否定していたこと。彼女の生きる意味を己の心に置き換えて、ただ自己満足を得ようとしていただけなのだと。

 けれど・・・・・・・それでも、これから先も、彼女と共に生きるのだろうと。