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『……………。』
──── ────
『私は……。』
──── ────
『そう……私は………もうじゃない…。』
──── どうして……? ────
『………?』
──── …え………のに… ────
『…なん……だって…?』
──── 貴女が……ば…………のに… ────
『私…が……?』
──── 貴女が望めば……………のに… ────
『……なんで…? っ、どうして今さら…!!!』
[存在理由]
「……どうした…?」
「…………。」
頭上から声をかけられて、我に返る。顔を上げてみれば、自分よりずっと上背のある金色の悪魔。
自分の望みを伝え終え、目的地に向かおうとしていた矢先、強烈にフラッシュバックしてきたのは、見覚えのある”声”と”世界”。
「お前の『頼み』とやらは……それだけか…?」
「…………。」
額に手を当て、彼の言葉に静かに頷いてみせる。それで満足したのか、彼は喉を鳴らして「良いだろう…。」と笑った。それを目に映すこともなく、思考を巡らせる。
”声”は、どうして今になって、あんな事を言ったのだ?
どうして、今さら・・・?
考えてみても、理由など、分かりはしないのに・・・・。
いや、分からなかったと言えば嘘になる。漠然としたものではあったが、自分は、その『答え』に辿り着いていたのだから。
しかし、その『選択』は自分には許されないことだ。許されるわけがない。愛する者を見殺しにしてしまった、この汚れた魂を許すことなど。
だから心を無にした。痛みを感じぬよう、もう迷うことがないよう。荒みや痛み、憎悪や感傷、慈悲や狂気すら。ただ一つの己が『望み』を果たすべく・・・・。
本物の戦を知った時から思っていた、涙を流す者のない世界。それを自ら作り上げる為に、感情をすべて還した。そのはずなのに・・・・
消し切れないこの”想い”は、なんだろう?
その疑問すら、何処か彼方へと消し去れれば良いのに。
あの・・・・闇より深い”無”の中へと。
それとも自分は、まだ『人』と呼ばれる存在なのだろうか?
人は、それ以上には成れないのだろうか?
例え、この身に”神”を宿していても・・・?
「違う…。」
「……?」
彼女の呟き。それは、ユーバーの耳に届いた。
思わず見下ろすも、答えが返ることはない。
「………?」
「違う……私は………っ…違う……。」
「…?」
先の無とは裏腹に、彼女の肩が僅かに震えている。
見えない『何か』。それに抗う為、掴めなかったはずのものを掴もうと・・・・。
「……おい…。」
「許さない…。私は、許して欲しくない…。許されたいなんて…。例え、それが…」
『その身を……滅ぼしたとしても……?』
声が聞こえる。鮮明に聞こえる。
あいつの”声”が。
あぁ、そうだ。
それが私の願いであり、彼らへの弔いなのだ。
自身への罰の執行は、愛する彼らへ宛てた償いでもある。
生き延びたとして、これから先、この考えを覆すことはない。
私は私へ、絶望という名の復讐を遂げよう。それが彼らへの鎮魂歌となるよう。
散った者が、少しでも安らかに眠れるように。
それが間違っているとは、思わない。思いたくない。
『私は………間違ってない……。』
正義でもなければ悪でもない。どの世界であれそれは、人の作り上げた物差しでしかないのだから。
だからこそ、変えてみせよう。自身が立つこの世界を、脅かそうとするその根源を。
「…そう……どんな手を…………使ってでも……!」
奥歯を噛み締める。
今、必要なのは、”声”ではない。お前はもういなくなって良い。消えて良いのだ。これから先も、ずっと・・・・。
望むべきものが、はっきりと見えているのだ。自分は。望むものは、自分の力で手に入れてみせる。守るべきものは、自分の手で守る。悔いるのは、すべてが終わってからでいい。
再び眠りにつく”その時”まで、今は、それを成す事だけを考えれば良い。そして、それを成す為に・・・・・・感情はいらない。
自分は、もう・・・・・・・”想う”事を必要としては、いけないのだから。
「…おい、さっきから、いったい…」
「なんでもない。」
先ほどから俯いたまま、顔も上げずに独り言を呟いていた女が、ようやく言葉を返した。
ユーバーは、切り替えられた無機質な声に、僅かに眉を動かす。
「なんでもないよ。ただの独り言だから。」
「…………。」
どんな強敵も、自分ですら一瞬で地に沈めることの出来る女からは、すでに迷いが消えていた。
「私は、これからハルモニアに向かう。あんたは……」
「…分かっている。お前が……そう望むのなら…。」
「頼むよ。」
不意に上げられた女の顔。そこに表情は一切無く、その瞳の奥にある底の無い”闇”だけが、己の心を優しく刺激する。
「ククッ……簡単なことだ…。それが……お前が、俺に望む『存在理由』と言うならば…。」
この女にならば、利用されることすら快楽だ。心地良い闇の気配に、全身が酔いしれる。
癒しを与え続けられる限り、いくらでも自分を使えば良い。そう、いくらでも。
それこそ、この世界が終わる、”その時”まで・・・・・。
狂気の笑みを浮かべた金色の悪魔は、転移で静かに姿を消した。
悪魔が姿を消した後。
一人、静かに空を見上げた。
目に映るのは、どこまでも闇の色。
ゆらりと右手を掲げると光が落ち、足下に波紋を広げる。
それに身を委ねて、一人、言葉を零す。
「……そして、何もかも…………すべてを背負い、”果て”を見届ける事こそ、私の……」
──── 存在理由 ────
光の届かぬ漆黒の世界。
知っているはずの、懐かしい”声”。
けれど、それを聞いても、もう・・・・・・・涙は流れない。