[ハルモニア]
転移を使いやって来たのは、巨大国家ハルモニア。
俺は、ルカと共にその地に立っていた。
この国は、大陸でも北に位置しているせいか、南国育ちの俺にとっては辛い。200年近く生きて様々な国を渡り歩いて来たが、その隣のフレマリアと比べてみても寒い。
それとも、俺の生まれの所為だろうか? いや、この国特有の『見えない空気』の所為かもしれない。酷く居心地の悪い国なのだ。
ルカの転移でやって来た場所は、ハルモニアの中心都市であるクリスタルバレー。
一年程前に、調べ物をする為ここへ来たことがある。しかし、真なる紋章を持つ自分にとって、鬼門以外の何者でもないと知っていたので、もう二度と足を踏み入れる事も無いだろうと思っていた。
中心地というだけあって、街は、驚くほど広い。この国が階級制度を用いている、と以前何かの本に書いてあったが、中心に近づけば近づくほど、その様相は変わってくる。
絢爛と言ってもおかしくはないだろう。家というより、むしろ豪邸と呼ぶに相応しい。貴族達が、いかに『表向き』を大切にしているのか、一見すればよく分かった。
『外見は良くても………その中で活動している貴族とやらは、どんなものだろうな。』
街は賑わっている。だが、どの国にも『あるはずの何か』が、ここにはない。肌で感じられる事の出来る『それら』は、それだけで俺に『妥協』を教えてくれた。
「……おい。」
「ん?」
前を歩いていたルカが、立ち止まって声をかけてきた。返事をしながら、街を見回す。
彼の『紋章を宿す前の経歴』は、前に彼女から聞いていた。故に、彼ならここの地理に詳しいだろうと考えて、先頭を任せる。
「…余り、きょろきょろするな。只でさえ貴様のその格好は、この国では目立つのだからな。」
「あぁ、すまない。」
見れば、街を行き交う人々の視線が、俺に集中している。
けれど、たぶん、彼が俺に声をかけた理由は、それだけではない。現に今、彼は酷く居心地の悪そうな顔をしている。彼もこの国を好いていないのだろう。何となく言葉を交わしたかっただけなのかもしれない。
「なぁ、ルカ。円の宮殿は…」
「もうすぐだ。」
「そっか。」
数多くの視線に晒されるのが耐えられなかったのか、彼は大股で歩き出した。
円の宮殿。
そこへ行くまでに些かいざこざがあったのだが──これは、俺の名誉とルカの尊厳のために伏せておく──、それほど大問題にならずして辿り着くことが出来た。
そして、固く閉ざされた、僅かな魔力を帯びた門の前に立った所で、声をかけられた。
「やぁ、そろそろ来る頃かと思ってたよ!」
声の方に視線を向ければ、そこには、柔らかい笑みを浮かべたササライ。彼は、俺とルカが来ると聞いていたのか、人懐っこい笑顔で兵に門を開けるように命じた。
金属で出来ているはずなのに、耳障りな音一つさせずに開けられた門。それが完全に開ききる前に、足を踏み入れた。
と。
ズ・・・・・。
途端、全身にのしかかったもの。これは、魔力だ。だが並大抵のものではない。重く、まるで全身に纏わりつくように。
「くっ……。」
「…これは……?」
慣れぬ違和感から、ルカが顔を顰めている。
何から醸される力なのか、なんとなく予想はついていたが、俺はササライに問うてみた。
すると彼は、困ったように笑う。
「これは、そうだね……。円の紋章による『加護』だよ。」
「円の……そうか、やっぱり…。」
「本当は、分かってて聞いたんじゃないのかい?」
「まぁな。」
それが、今は不快であったとしても、環境に適応する為『慣れる』ことは出来るだろう。ルカを見れば、未だ『とんでもない所へ来た』という顔をしているが、俺は『慣れに慣れていた』ため、既に違和感は消えていた。
「そうだろうな、って思ったよ。なにせ、きみ達は、ついさっきまで、ここと同じ環境下にいたわけだから。」
「こことあそこじゃ、全く感じ方が違うけどな…。」
「だろうね。でも、そう言わないで。それに、住めば都って言葉もあるんだし。」
「へぇ、意外だな。きみが、そういう言葉を知っている様には見えなかった。」
「……うん。勉強するようになったよ。………彼女と出会ってから。」
彼女の話になった途端、彼の表情が曇った。自ら言葉にした事で、なにやら思い出したのだろう。
ふと隣を見れば、ルカが苛立ちを隠そうともしない顔。違和感に慣れる気はないようだ。会話に参加する気配すらない。
別に沈黙が嫌いではなかったが、俺は、話を逸らそうと口を開いた。
「…ここで長話も何だからな。中に入る許可とか、いるのか?」
「あ、いや、いらないよ。きみ達の話は、ちゃんと通っているからね。」
そう言うと、彼は、俺たちを神殿内へ促した。
通された部屋に荷物を置いて豪華なソファに腰掛けると、「着替えを用意させるから、少し待ってて。」と言って、ササライが出て行った。
それに簡単な返事を返して、ルカへ視線を向ける。疲れが出たわけでは無いのだろうが、この『円の加護』とやらによる精神的疲労を心配したからだ。
「ルカ、大丈夫か?」
「……大丈夫な様に見えるか?」
「いや、全然。機嫌が悪いのは、その顔を見れば一発だけどな。」
「貴様……なぜ、そう平気な顔をしていられるのだ?」
「あぁ…。」
慣れに慣れている。そう言うと、彼が小さく舌打ちした。
まったく・・・・元皇族で、礼儀やら作法を叩き込まれているはずなのに、こういう所は品が無い。
そう思いながらも、ふと、この部屋に来るまでの事を思い出して眉を寄せた。
円の宮殿と呼ばれているこの神殿は、はっきり言って異常だった。どれを取っても、みな同じなのだ。どの角を曲がろうと、その先に見えるのは、その前と同じ作りの廊下、扉、部屋。部屋を全て開けたわけではないが、きっとどこも同じ作りだろう。恐ろしいほど正確で、統一され過ぎていた。
と、ルカが、声をかけてきた。
「おい…。」
「ん、どうした?」
「なんなんだ、この部屋は? 窓が無い…。」
「………。」
部屋の中を見回す。彼の言う通り、確かに、この部屋に窓は無かった。知らぬ内に自然と眉が寄る。だが、彼が自分に声をかけてきた理由が他にもある事を、は即座に見抜いた。
『…向かいのソファの影に、二人。奥の部屋の扉の両脇にも、二人。それに……クローゼットの中か。』
視線を動かしながら、自分達より先に部屋にいたのだろう『先客』の位置を把握する。
ルカに視線を向ければ、彼は、口元に不敵な笑みを浮かべて瞬時に殺気を出した。そして愛用の武器を取り出すと、先客達に聞こえるよう口を開く。
「誰の命令かは、知らんが…。これは、入国早々に面白い茶番だ。付き合ってやるか?」
「そうだな。……聞こえてるか? 武器を捨てて出てくるなら、命は取らない。」
しかし、先客達がそれに答える事は無かった。
代わりに黒装束を纏ったその身を現すと、一斉に襲いかかってきた。