[器を制す者]
闇。
そこは、とても深い場所にあり、また一筋の光の届かない場所でもある。
光の無いその場所。
そのおぞましい空間に、『人』の気配は無い。
だが、これは、夢でも幻惑でもなく、確固たる現実であった。
瞬くものの無いその空間は、僅かな光も見当たらない。
カチャ・・・・ギッ・・・。
音と共に、闇に光が差し込んだ。
それからすぐ、その空間には、複数の者たちが衣擦れの音をさせて入り込む。
微かな逆光から見える、シルエット。この国の神官が身に纏う法衣だ。
円の宮殿にある、闇だけの一室。数人の神官が跪く、その闇の中。
彼らが『主』とする男が、呟いた。
「……心して…………聞け……。」
「はっ!」
光の途絶えた闇の中で、主の言葉に短く返したのは、恐らく神官の中でも位の高い者。そしてその者同様、他の神官達の目は、『主』の宿る『器』を見つめていた。
「我………唯一の、憂い……………それは、統べる者の力………。」
主の言葉。その人ならざる感情無き声に、一同が緊張を走らせた。
だが、それは位高き神官によって、すぐおさめられる。
それすら気に留めようともせず、『器』を制する『主』は、視線の定まらない瞳で──暗闇ゆえに見ることは叶わないが──続けた。
「我、憂うは………統べる者…。我、恐れるは……其に宿る母であり……また、其の魔の力…。あの『器』に収まる力………それは、絶大……。なれど………我、求める”先”を得る為には……」
「左様で…。」
高位の神官が頭を垂れると、他の者もそれに続く。
「実に………実に、忌々しい………。あぁ……何故、我の邪魔をする……? あの『器』に宿る力……その力さえ無ければ……………。あぁ、”母”よ………なぜ……」
「では、如何いたしましょう?」
「……我とて……抗えぬ……否、抗いきれぬ……。故に……『器』が、此処へ来る前に……………其方等に、『秘法』を託す……。」
「まさか…!」
高位の神官が、顔を上げた。他の神官達にも動揺が走る。しかし・・・・
『主』のその手から現れたのは、封印球。その中に浮かぶのは、おぞましい人のパーツ。
それを見ただけで、その『秘法』が自分達に伝授される事を理解した。
「我、封じられし後も……………此れを使い、我が同胞を集めよ………。」
そう言い終えると、主の右手が光を放ち始めた。淡く、強く。
高位の神官は、それを感じて顔を上げる。その光によって、ようやく『主』を見つめた。
『主』・・・・・・・否、ヒクサクは、笑みを浮かべていた。
それは、人とは思えぬほど、美しい顔。
けれど・・・・
それは、人には決して醸せぬような、不気味な存在感を漂わせていた。
神官達が退室した後。
再び暗闇のみとなった一室では、底冷えするような笑い声が木霊していた。
だが、それを発していた男は、不意に笑いを消すと、誰にともなく呟く。
「…我が同胞にして………理を司る者たちよ………。今は、ただ……想うままに、”意志”を持ち続けるが良い…。なれど、我は、復讐を誓う。我、求め…………世界に訪れるは……」
『秩序』と『停滞』。
それを体現する虚ろな瞳を持つ『主』は、やはり何処にも視線を定めることなく、声を上げて笑った。