[闇の底の絆]



 広い室内。
 そこは、吐き気を催すほどの血の匂いがしていた。それが充満する中で、男たちは汗一つかいておらず、各々の武器についた赤色を目にしながら冷静な顔をしている。
 自分達が来る前にいた『先客』も残りは、あと一人。その最後のネズミ一匹は、銀色の狼に前後左右を挟まれて動くことすら出来ないでいる。

 それを静かに見つめながら、は、言葉を投げかけた。

 「さて。きみが最後の一人だ。もう仲間はいない。こんな『歓迎』をしてくれたきみ達の雇い主は、誰だ? それを教えてくれるなら命までは取らない。……どうする?」
 「……………。」

 暗殺者が僅かに瞳を揺らしたが、こういった者たちは、いくら脅しをかけても好条件を示しても絶対に口を割らないだろう。それは分かっていたが、あえてそう口にした。
 だが、やはり『プロ』という生き物は、そう簡単に雇い主を白状する気はないらしい。元より『捕まったときは、潔く死を受けよ』が暗黙の了解なのだろう。
 暗殺者が奥歯を噛み締めた。それもそうだろう。背水の陣なのだから。

 と、ここで暗殺者が動きを見せた。
 見かけで判断するのは、はっきり言って無意味だが、それが分かっていても尚、隣で立つルカより自分の方が御し易いと考えたのだろう。狼たちの僅かな隙をついて、自分目がけて飛び上がる。
 しかし・・・・・・

 「……そうだな。ルカより俺を狙う方が、確かに仕留め易い。でもな……」
 「!?」

 暗殺者の断末魔が、室内に響くことは無かった。躊躇なく急所を貫いた自分の一撃が、それすら許さなかったのだから。
 表情を決して表に出さず、透き通るドジャーブルーの瞳を揺らすこともなく言ってやる。

 「……どちらを狙うにしろ、雇い主を吐かない時点できみの未来は、決まっていたのさ。」
 「ぐッ……っ……。」
 「残念だよ。生きててこそ、という言葉を知らないなんて。」

 それを聞き終わる前に暗殺者は倒れた。何か言い残すことも無く、小さなうめき声を発しただけで。
 その骸を見ることなくは、取り出した布で武器についた血を拭うと、鞘におさめた。



 「……………。」

 黙ってその一部始終を見ていたのは、ルカ。
 彼は、の『命を簡単に奪うものではない』という言葉を忠実に守っていた。故に殺すより捕らえることを優先しようとしていた。

 最後の暗殺者同様、他の暗殺者たちも『自分よりの方が狙い易い』と考えたのか、その矛先は彼のみだった。ルカは、その実力を知っていたので、負けるどころか傷一つ負う事もなかろうと捕獲用に狼たちを召還しようと右手に力を込めた。しかし・・・・
 彼女の想いを知っているはずの彼が、あろう事か一切の躊躇もせずに、襲いかかってきた者たちを次々と切り伏せていった。”死”という制裁を、容赦なく突き付けたのだ。
 これには、流石のルカも驚きを隠せなかった。『彼女の想いを知っていながら、なぜ殺したのか?』と。

 彼は、動じることもなければ『それが最善だった』と言うことも無かった。じっとその横顔を見つめるも眉一つ動かさない。感情を無くしてしまったのかと思うほど、静かだった。
 暗殺者が来た事は、予想範囲内であった。自分はそう考えていたし、また彼もそうなのだろう。殺されそうになったから殺した。話が通じる者ばかりではない。
 しかし、この出来事を経て、自分と彼の『彼女』に対する考え方が真逆なのだと知った。そしてそれが、彼の『役割』なのだろうと・・・。

 だが、何よりも彼が尊ぶ『彼女』が見れば、この惨状を目にすれば顔を曇らせるだろう。
 そう考えたが、その考えを覆すような行動言動を、ルカはこの直後に目にすることになる。






 「…………やっぱりか。」

 彼女が来る前に・・・。そう考えたルカは、ササライが戻って来るやいなや事の顛末を簡潔に話し、さっさと死体を片付けろと指示した。だが、その殺しを行ったが、それに待ったをかけた。そして、暗殺者一人一人の顔をササライに確認させたのだ。
 ササライは、亡骸を目に辛そうな顔をしながらも、それに『否』と答えた。それが済むと、死体を見ることもなくは「そうか。」とだけ言った。

 その直後、転移で彼女がやって来たのだ。
 そして、部屋の惨状を見るなり放った第一声が、それだった。

 だが、その声にまったく抑揚が無い事に、ルカは歯を噛み締めた。失うことに疲れた彼女の顔は、何も映さない。感情すら失ってしまったのだろうか。眉一つ動かすことなく冷徹にすら思える瞳で、骸一人一人に視線を動かすのみ。
 原因を分かっていても、拳を握りしめることしか出来なかった。

 彼女の問いに、が答えた。

 「暗殺者なんて古典的なことをやってくれる奴が、まだハルモニアにもいるみたいだな。」
 「………そうね。」

 何事もなかったかのように言って退ける彼。そして静かに答える彼女。
 彼女の言動に驚いたのは、ルカだけではなかった。ササライも驚愕せざるをえなかったのだ。
 『あの』殺しを嫌っているはずの彼女が、死体を目の前にして、まるで『どうでもいい』とでも言いたげな顔をして「それじゃあ、片付けて。」と言ったのだから。
 当たり前のことではあるが、誰だって死体をずっと目にしていたくはない。その気持ちは分かる。ルカもササライも同じ気持ちだ。
 しかし暗殺者といえど、少し前の彼女なら「命は命」と涙を滲ませていてもおかしくない。それなのに、今は『邪魔だから』とでも言いたげに、その瞳には何も映っていなかった。

 だが、ルカは、のことも気になった。
 彼女を想う彼。誰よりも彼女の傍に居ることを願っていた、彼。
 自分が言っても良いかは定かでないが、彼らが、ここまではっきり『殺し』を受け入れるとは思わなかった。
 彼を想い、引き離した彼女。彼女を想い、共に生きることを誓った彼。その、互いが互いを想い合う気持ちはここまでになるのだと、ルカは、今日初めてその絆の深さを思い知った。



 そして・・・・・・・・・自分が在るべき『位置』までも。