[あなたのために出来ること]



 群島諸国の戦争が集結してから、早くも2年という月日が流れた。

 三人で旅を始めた頃、テッドは、自ら進んで会話に参加することはなかった。最初の頃は、会話に誘われるか突っ込みどころがある時しか口を挟まなかったが、それも月日を経るごとに変わっていった。

 人が変わっていくように、世界も変わっていく。国の情勢であったり、人々の心の在り方だったりと、実に様々ではあるが。少しずつ少しずつ、流れは緩やかに、けれど確実に変わっていった。



 そして・・・・・・・。



 その日、その時。



 それは、偶然だったのか。それとも”必然”だったのか。

 それを知る由は、誰にも何処にもなかったが。
 『当たり前の日常』と言われていたものが、突如”変貌”を遂げる事があるのだと、は知る事となった。





 彼等は、トラン地方にいた。
 そこは現在、広大な領土を持つ赤月帝国の支配下に置かれており、領土内には『トラン湖』と呼ばれる巨大な湖があった。
 この時代に飛ばされる前に同じ地域に暮らしていたこともあり、は、内心大いに喜んでいた。

 一週間かかって森を抜け、更に三日ほど歩くと、大きな街並が目に入る。それが、なんと言われる街なのか分からなかったが、ふと思い立って声を上げた。

 「ねーねー! 私、あそこで買い物したい!」
 「……なんだよ。食い物もおくすりも、ちゃんとあるだろ?」
 「なにそれ? あんた、行きたくないの?」
 「……面倒臭い。」

 特に必要な物もないしな、と言って彼は、街へ向かうルートから外れた。
 思わずその肩を掴む。

 「……だから、なんだよ?」
 「私、ちょっと買いたい物があるんだけどー?」
 「……いま買わないと駄目なのか?」
 「うん! 買える内に買っておきたいし!」

 街に寄りたいと言ったのには、ちゃんとした理由があった。
 以前、アルドから贈られた『おぼろの紋章』のお返しをするためだ。



 両手に新たな紋章をつけたあの日から、は、戦闘に参加するようになった。とはいっても、武器など持っていないため、もっぱら後方支援と回復役に専念した。支援は紋章で、回復は、おくすりや特効薬を使えば良い。
 まともに彼らの役に立てるようになった。
 そして、からもらった大地の紋章は、驚くほど使い勝手が良かった。土紋章との相性が最高だったのだ。

 実は、ルックだけは、彼女の土紋章の才能を見通していた。いつだったか、彼にそうと言われたことがあったなと思う。
 だが、何故だか分からないが、彼が土紋章を毛嫌いしている節があったため、あまりその手の話をすることもなく、から大地の紋章を貰うまで、すっかり忘れていた。

 元々、土紋章に対する相性と、『彼等の支えになりたい!』という気持ちから、紋章の扱い方は飛躍的に増していった。
 ステータス異常の攻撃を仕掛けてくる敵には『大地の守護神』。魔法攻撃主体の敵ならば、単体であれば『復讐の申し子』を使い、全体であれば『守りの天蓋』を。そして、強敵には『震える大地』を使った。

 彼女は、前衛に出て戦うテッドとアルドを、戦いやすいように上手くサポートできるまで成長した。
 しかし、どうしても『武器を持たない』ということが、欠点になった。敵の攻撃を受け流したり、また、牽制する術を持たないのだ。
 後方支援とはいえ、遠距離での攻撃を得意とする者や空を飛べるモンスターに出会ってしまうと、狙われることもあった。そこで活躍したのが、アルドが贈った『おぼろの紋章』だった。

 おぼろの紋章とは、敵の攻撃を一瞬消えることでかわすことができる、戦闘補助の紋章だ。これがあれば、いくら戦闘経験のない彼女でも、宿しているだけで敵の攻撃をよけられるのだから、大きな怪我は回避できるだろう。彼はそう考えた。
 それは、彼女のことを心から大切に思う彼らしい贈り物だった。



 大好きな親友からの贈り物。これを期に、是非お返しがしたい。そう思い、せっかく大きな街があるのだからと、我が儘承知で駄々をこねた。
 すると、黙ってその会話を聞いていたアルドが、肩を押してくれた。

 「ちゃん、行って来ていいよ。」
 「え、アルドは?」
 「僕は、テッドくんとここで待っているから。」
 「ありがとう。…………?」

 アルドに礼を言ってから、ふと違和感。それを放つ己の右手を見つめる。
 これは、いったい何だろう? や霧の船の時に感じた”疼き”とは、また違う。小刻みに発光し、渦巻いているような振動。こんなことは、初めてだった。

 「どうしたの?」
 「あ、ううん。何でもない! じゃあ、すぐ戻って来るから待っててねー!」

 なんだか、とても気持ちが悪かった。右手がザワザワして、意図せず発光する時の独特な気持ち悪さ。それを早く振り切りたくて、手を振って駆け出した。
 けれど、どうしてもその感覚を拭うことが出来なかった。

 なんで? どうしてなの?

 どうして・・・・・・?



 あの時、どうして彼等の傍を離れてしまったのか。
 あの時、どうして紋章の発する”声”に、耳を傾けることが出来なかったのか。

 そして、その後悔こそが、彼女の心に『闇』を刻み付ける”きっかけ”となる。






 駆け足で街の中に入ると、あちこちで威勢のいい声が聞こえてきた。野菜を売る声や、織物を片手に客を呼び込みする声。とても栄えた街なのだろう。

 「お嬢ちゃん! どうだい、このトマト? 食ったらほっぺが落ちるぜ!」
 「あはは、どうも。でも、また今度!」
 「そこのお姉ちゃん! この織物、あんたに似合うと思うけど…どうだね?」
 「どうもです。でも、また今度ー!」

 行く先々でかけられる声に律儀に返答しながら、街の中を見て歩く。本当に、この街は栄えているようだ。
 しばらく立ち並ぶ店々を眺めながら歩いていると、ふっと視界に入ったものに思わず目を止めた。その店の看板には、装飾品と書かれている。
 ふらりと中に入ると、そこには、綺麗な指輪や首飾りが所狭しと並べられていた。しっとりとした質感の物、キラキラと輝いている物。
 煌やかな物を眺めているのは好きだったので、思わずうっとりと溜息がこぼれる。

 すると、店の奥の方から声がかかった。

 「あらあら、いらっしゃい。何をお探しで?」
 「あ、っと…。」

 見れば気風の良さそうな、この店の店主だと一目で分かるような装飾品を身に付けた女性。歳は、40代前半といったところか。ごてごてした飾り方ではなく、着ているものによく合わせた身に付け方は、品良く思わせる。
 店主は、肩に手をかけて、にこりと微笑んだ。

 「何かお探しのようだけど?」
 「あ、えぇ、はい。」

 何をお探し? と問われて、焦った。なんとなく目につき、なんとなく店に入ってしまったのだが、どう言葉にしていいか分からなかったからだ。
 ずかずかと店に入ってきて「特に何でもありません」では、些か申し訳ない。

 カチ・・・・ン・・・。

 「………あれ?」

 どこかで何かが重なり合う音がした。思わずそれに気を取られる。
 見ればそこには、色とりどりの結い紐が何十もある壁掛けフックのようなものに飾られている。その大半は『女性用』として作られているのか、紐の中心には、花やら玉やらが付けられていたが、ふとその中に『男性用』と分かる品物が、数点飾られていることに気付いた。

 その中の一つに、飾り石のついた一品があった。もしかしたら、外から入る風で音を立てたのかもしれない。
 その視線を辿ったのか、店主が笑った。

 「あぁ、もしかして……彼氏にプレゼントかしら?」
 「へ? あ、いや、彼氏じゃないです…。」
 「あら?」
 「すっごく大切な、友達なんです。」

 そう言って、彼の顔を思い浮かべる。優しく微笑むその顔が、どうしてか今は頭から離れない。
 店主は「なるほどねぇ。」とだけ言うと、結い紐の飾られている場所へ移動した。

 「それで、どれが良いの?」
 「えっ…。」
 「あんた、その人にプレゼントしたいんだろう? 安くしとくから、好きなの選びなよ。」
 「でも……。」

 見れば見るほど、どれもこれもが高価に見える。目立たぬように石をつけてあるもの、小さな玉を連ねているもの。とても品数は多いのだが、それらは、とても自分の小遣いで買えるような代物ではないと、自身よく分かっていた。

 「大切な友達へのプレゼントなんだろう? その子は、髪が長いのかい?」
 「はい。下ろせば、腰ぐらいまでは…。」
 「へぇ…。それなら、これはどうだい?」

 そう言って店主が選んだのは、ダークオレンジの少し太めな紐の中心に、小さな金の留め金がついている結い紐。だが、それを見て『違う』と感じた。その色は、彼に似合わない。彼の持つ本来の色とは、かけ離れているように感じた。
 その色じゃない。

 ふと視線をずらすと、パッと、一番最初に気になった品が目に入った。どうしても、それが気になるのだ。

 「それも良いんですけど…。ここに入ってパッと目についたのが、これなんですよ。」
 「ん、どれどれ? …あぁ、これかい? お嬢ちゃん、お目が高いのねぇ。」
 「えっ、これ高いですか!? ど、どうしよ…。」

 焦りながら「じゃあ、別のを…。」と慌てていると、店主がその品を手にとった。
 ダークグリーンの紐の両端に、翡翠で作られた留め具がつけられた美しい結い紐。本当に、彼のイメージにぴったりだ。だが、かなり値段がはるようで、貧乏根性から思わず紐の端につけられた値段のタグらしきものを見てしまい、愕然とする。
 5730ポッチ・・・・高い、とても手が出ない。

 「これは……無理です。」
 「あらあら…。」

 値札に撃沈した自分を見て、店主が笑った。だが、なにを思ったか、それを手の平に置いて言った。

 「500ポッチでいいよ。」
 「え……えェッ!?」
 「なに驚いてんのさ? さっき、安くしとくって言ったじゃないか。」
 「でも、これ、めちゃくちゃ高いのに…!」
 「ははっ! いいのさ。お嬢ちゃんがこれを気に入ったんだ。縁があるんだろうよ。」
 「でも、やっぱり…!」
 「……いいかい? よくお聞きよ。アクセサリーってのはね、相性があるんだ。直感に従って選んだ方が良いんだよ。大切な人に贈るってんなら尚更ね。自分がどう想っているか、それが相手に伝わるんだ。」
 「…はい。」

 そう語る店主は、本当にアクセサリーが好きなのか、にっこり笑う。
 そして、申し訳なさでいっぱいな顔をする自分をよそに、その結い紐を小さな木箱に入れると、手際良く包装した。
 余りの手早さに目を丸くしていると、「はいよ。」と手渡される。

 「ほら、受け取りなさい。」
 「あっ…」
 「500ポッチでいい、って言っただろ?」
 「あ、はい。」
 「はいよ。お代は、確かに頂いたよ。」

 はいはいほらほら、と促す店主に、どうも申し訳なさが消えない。お小遣いには、まだ少しだけ余裕があったので、腰に付けている布袋から全額取り出そうとすると、「いいって言ってんだろ。」と止められた。

 「でも……まだ、あと200ポッチはあるので…。」
 「おいおい、何だい? 代金の支払いは、もうとっくに終わったじゃないか。これ以上貰う物は、何もないよ。ほらほら、友達待たせてんだろ? 早くお行きよ!」

 急かすように、店主に背中を押される。その優しさに思わず涙が出そうになったが、代わりに目一杯微笑み、深々とお辞儀をした。

 「あの…、ありがとうございました!!」
 「いいっていいって! 友達、大事にしなよ!」
 「はいッ!!」

 手を振って店先まで見送ってくれた店主に頭を下げて、は駆け出した。



 もの凄く足が軽かった。いや、足だけではない。体全体が軽いのだ。
 だから、全速力で駆けた。息が切れるのも、脇腹が痛むのも忘れて。

 ただ、走った。

 早く、アルドに渡したかった。そして喜んでくれる顔を見たかった。
 それを見たテッドが、もしかしたら拗ねるかもしれない。でも、またお小遣いをためたら、彼には別の贈り物をしよう。

 走る速度を、更に上げた。
 もうこれ以上のスピードは、出ないぐらいに。



 早く 彼等の元へ戻って
 これを渡して 喜んでもらって 拗ねてもらって・・・

 早く 彼等の元へ戻ろう!
 そして いつものように 三人で仲良く旅を続けよう!

 永久に続くこの道を 三人で
 ずっと ずっと
 ずっと・・・・・