いったい、何が起こったのか。
 見当もつかなかった。
 昨日までは、いつもと何ら変わらなかったはずなのに。
 今朝、部屋を出て行くまでは。別れるまでは。

 きみの元へと、駆けつける、まで、は・・・・・・。

 「何が……あったんだ……?」

 それしか、問えなかった。
 目の前で佇む少女を見て、少し頭が混乱していたのかもしれない。
 いつもなら、冷静でいられたはずなのに。どうしてか・・・・。

 それは、きっと・・・・・・・・・自分が『知らない』からなのだろう。



[事情説明]



 その場で一番冷静だったのは、意外にもルカだった。
 彼は、彼女に起こった『変化』にしばし目を瞬かせていたが、やがて『考えても分からない』と判断したのか、すぐに転移を唱えた。



 三人で彼女の部屋に戻ってきた、と理解したのは、彼に「…おい。」と声をかけられてからだ。
 我に返って目を向けると、彼は、顎で彼女を示した。その先に視線を向ければ、一回りも二回りも小さくなった彼女。何も言わず、同様に小さくなったその手を見つめているが、彼女自身己の身に降り掛かった出来事の正体を考えているのだろう。だが自分達同様『分からない』のだ。

 ルカに視線を戻せば、『取りあえず落ち着け』と言われているのが分かった。故に、らしくもない自分を彼方へと追いやろうと何度か深呼吸する。
 ふぅ・・・・。息を吐き出すと、頭が回転しだした。

 今、問うべきこと。
 その問題に対し、どう対処するか。
 事の正体が掴めない場合、『誰』を訪ねるべきか。

 いつものように、優先順位をつけながら頭を使う。冷静さを欠いていたとはいえ、やはり彼女の事となると焦りが出てしまう。
 それをルカは理解していてくれたのか、何も言ってはこない。

 彼がソファにかけたのを見て、その正面に座った。
 そして、少女へと姿を変えた彼女に声をかける。

 「。」
 「…………。」

 自分がそうしている内に心内で動揺を消し去ったのか、彼女の顔は酷く冷静だった。先ほどまで僅かに寄せられていた眉も、今はまったく動かない。
 何があった? そう問う前に、彼女は顛末を話しだした。

 「あの書庫で……本を読んでたら………神官に声をかけられた…。」
 「…顔は?」
 「見てない…。着ている物で、顔が隠れてた…。でも………神官の中でも、相当高位の奴だと思う……。」
 「…高位の?」
 「そう…。着衣が、この中で見かけた連中とは……少し違った…。あれは、きっと……ササライみたいな神官将よりも、高位なんだと思う…。」

 その体同様に声も幼くなっていたが、その答えは、いつものような淡々としたもの。それが余計に、自分の中で違和感となる。女性にしては低めであった声も、今は、幼い少女そのものだ。

 「他に、そいつは、何か言ってたか?」
 「……………コウカンノ……バク…。」
 「…?」
 「あの神官は……おかしな封印球を持ってた…。内部で、渦を巻いてた…。それを、私に発動したんだと、思う…。光が止んだ後、そいつは………”抗環の縛”成れり、と言って、転移で逃げた…。」
 「抗環の……縛…?」

 彼女の言葉を、何度か声に出して反復してみるが、残念なことにそんな言葉は聞いた事がない。長い時を生きている自分がそう思うのだ。ルカもきっとそうだろう。
 そんな封印球の存在は、200年近く生きてきた今まで、聞いたことも見たことも・・・。
 ただ分かるのは、縛という言葉。それは、呪縛か何かだろう。彼女が「封印球に閉じ込められたような気がした…。」と付け足したことで、そう考えた。

 「そいつを、捕まえられなかったのか?」
 「…逃げられた。恐らく、転移で……。」
 「そうか…。」

 以降彼女は、口を閉ざした。自分と同じく『今は、対処の方法が無い』と考えたのだろう。
 さて、ではどうするか? は思考を巡らせた。
 だが、ふと脳裏を過った人物。あぁ、『彼』ならやってくれるだろう。

 「……。その”抗環の縛”とやらが、どんなものなのか……正体が掴めなければ、どうしようもない。でも今パッと思いついたけど、その封印球の存在を知るだろう奴は、俺の予想で一人いる。」
 「……うん。私も、それを考えてた…。」
 「でも、俺としては……きみを一人で、そいつの所へ行かせたくない。」
 「……いや、いいよ。私一人で充分だから…。それに『あいつ』には、用があるから…。」
 「でも……」

 静かに首を振る仕草。それで、また彼女に対する違和感が増す。
 自分ひとりで行く、という話題が終了したと取ったのか、ここでルカが口を開いた。

 「おい。その前に、就任の儀とやらがあるのを忘れておらんだろうな?」
 「…うん。『あいつ』の所に行くのは、それが終わってからで良い…。」
 「ふん、ハルモニアのやる事だ。どうせその”抗環の縛”とやらも、今すぐどうにかなる話でもあるまい?」
 「…うん。」

 その会話を聞きながら、ふとある事に気付く。彼女の腰に括られていたはずの刀が、姿を消しているのだ。

 「そういえば、……刀は?」
 「……あぁ。あれなら…しまっておいた…。」
 「どこに?」
 「…紋章が持つ空間……って言った方が、良いかな…。体が元に戻らない事には、あれをまともに使えないだろうから……そこにしまっておいた…。」
 「やっぱり、体力や力もなのか?」
 「…うん。子供返りしたから、当然と言えば当然かもしれないけど……。何か有事の際には、魔力に頼ることになるよ……。」

 真なる紋章が、固有で持っている空間。話で聞いたことがある。高度な魔術師は、それを使用する事が可能だと。
 だが、筋力等まで子供返りしたのでは、彼女にとっても不都合が多かろう。
 しかし、それすら気にならないのか、それとも何かしら策があるのか、彼女は、小さくなった手をじっと見つめて開閉しているだけだった。

 ふと、彼女が顔を上げた。「どうしたんだ?」と問うと、服の裾を引きずりながら「これも新調しなきゃ…。」と言った。それもそうか。自分と同じだった背丈も今は、随分と小さくなってしまったのだから。

 「分かった。すぐにササライに用意させるよ。」
 「……おい、。あれは、貴様の小間使いか?」
 「いや、そういう意味じゃ…」
 「…馬鹿者が。ところで、こいつの事は、どう説明するつもりなのだ?」

 確かに。
 ササライや中枢部で活動する神官達は、彼女の事を知っている。彼女を見ている。
 しかし、こうなってしまったのだ。仕方ない。ありのままを話すしかないのだ。そう考えはしたが、とりあえず本人の了承を取ろうと問うてみる。

 「、どうする?」
 「……いいよ。どうせこの問題が……すぐに解決するとも思えないから…。」
 「分かった。それなら、すぐにササライに用意『してもらう』。」



 させる、から、してもらう、に言葉を変えた辺り、先の言葉を気にしているのだろうか。
 ルカは、ふとそんな事を思ったが、あえて口には出さなかった。