[拒絶の裏側]



 「。言われた通り、新しいのを用意したけ……」

 新しい神官服を用意してくれたのか、ササライが彼女の部屋の扉を叩いたのは、次の日の事だった。
 だが、言い終える前にその視界に入った者を見て、思わず絶句している。随分と小さくなってしまった『彼女』を見れば、まぁ驚くのも無理はないだろう。

 ヒクサクの側近より『面倒を見るように』と言付かったのが、彼で本当に良かったと思う。
 なまじ初対面というわけでもなく、英雄戦争で顔を合わせている為に(彼女は、統一戦争でも一度顔を合わせていると言っていたが)、多少は知れている。
 そして、彼女の本意ではなかろうが、彼は彼女に興味を持っているようで扱い易い。本人にそう言えば困ったように笑うのだろうが、の中では、ササライの『駒としての重要性』は、この宮殿内では群を抜いている。だが、彼女が『引き込むな』と言うのだから、それはしない。こちらに都合良く彼を使えば良いだけだ。
 ルカはまだ『引き込めるなら、引き込むべきだ』と考えているのか、目が合うと鼻を鳴らされるが・・・・。

 視線を外し、ササライの視線の先にいる彼女を見つめる。彼女は、相変わらず無機質とも言える顔で小さくなった手を開閉していたが、徐にササライに言った。

 「ササライ、服を……。………ありがとう。」
 「え、っと……。」
 「…。着替えて来るから、後は、お願い…。」
 「あぁ、分かった。任せてくれ。」

 目を瞬かせている彼から包みを受け取ると、彼女は、それまで代用品として着ていた白のタートルネック(彼女の物らしいが、如何せん今の状態では大き過ぎて、長さが太ももまである)を着たまま寝室へ入って行く。
 後は頼む、というのは、事情を詳しく説明しておいてくれ、ということだ。故に状況がまったく飲み込めていない彼に、説明を始めた。






 「っていうことは……その”抗環の縛”っていう…呪い、で……?」

 彼女から聞いたことや、自分達が見たものを一通り話し終えると、彼が来る前に入れてもう温くなってしまった紅茶を一口。隣のルカはといえば、ずっと沈黙を保っているものの、自分と同じく『こいつは、知らんだろう』という顔。

 「あぁ。でも俺たちは、聞いたこともないし、彼女も知らないみたいだ。」
 「抗環の縛………抗環の縛……。」

 話を耳に入れながら、彼はその言葉を反復している。その考え込んでいる表情を見て『やっぱり知らないか』と思ったが、とりあえず聞いてみた。

 「なにか、心当たりはあるか?」
 「………ううん。やっぱり聞いたこともないよ。ごめん。僕じゃ役に立てそうもない。」
 「そっか…。」

 それならば、やはり自分と彼女が思い当たる『人物』に問うのが一番良いのだろう。その相手が答えるとは思っていないが、『本来の彼』ならば件の封印球の正体を知っているかもしれない。
 就任の儀が二日後に迫ったこの状況。さてどうするか、と思案した。

 『やっぱり、彼女は、先に『彼』の所へ行くのか…?』

 すぐ傍で、ササライとルカの会話が聞こえてくる。

 「は、元に戻れるのかい?」
 「……戻れるかどうかは、今のところ何とも言えん。」
 「そっか…。」

 『仮定として……。この国に入国すると決めた時点で、何があってもおかしくないと彼女は考えていたはず…。イレギュラーな事態を予測していたなら、背中に大きな刺青を入れたのも納得出来る。』

 「でも、就任の儀は、どうするんだい?」
 「…知らん。」
 「知らんって…。」

 『ただ、彼女以上にハルモニアが上手だった? ……まぁ、それはいいか。器が小さくなったとしても、彼女の持つ魔力は変わらない。それは、問題無い。十中八九、あいつの仕業だ…。』

 「この中で彼女は、他の神官たちにも姿を見られているんだよ?」
 「…黙れ。そんなことは、分かっている。」
 「ルカ皇子、もう少し真面目に、僕の質問に……」
 「いい加減に皇子は止めろ。ブライトは、とうの昔に捨てた。ルカと呼べ。」

 『と、しても、”あいつ”も相当強い”力”を持っているはず…。無理に”彼”を引きずり出したとしても……相応の抵抗はあるか。…それよりも、”彼”に”あいつ”を制御するだけの力が、残っているのか…? ……何にしても、あの刺青があっても、彼女自身の器に負担がかかるのは、避けられないはず…。』

 「それなら、就任の儀の日取りを延期しようか?」
 「……おれに聞くな。そいつに聞け。」

 思案しながら二人の会話に耳を傾ける。ルカは、ササライの相手を放棄した(自分に丸投げした)ようで、思案を止めることなく、彼と会話することにする。

 『彼女の”用事”と、就任の儀…。どちらを先に持ってきても、結果は変わらない。……でも出来ることなら、彼女に負担がかからない方法を見つけたい。必要以上に苦しめたくない。』

 「ねぇ、。就任の儀を延期するかい?」
 「いや、そのままで良い。彼女も面倒事は、とっとと終わらせておきたいだろうし。」

 『どっちにしたって、内政は俺で、軍務はルカ。……できるだけ、彼女は”そっち”に集中したいだろうから…。…まぁ、小煩い貴族や神官達は、俺が何とでも出来るし。』

 「そうかい? でも、あの状態じゃ…」
 「今のところ、解決する術がないんだ。あれで通すしかないだろ?」
 「事情を知ってる僕らは、良いかもしれないけど…。他の者が納得するとは思えないよ。」
 「……そういう奴らを相手にするのは、彼女じゃない。俺の仕事さ。」

 『貴族たちによる、神殿派に民衆派。この国の暦を見れば、確実に内乱は起こる。副神官長就任……けれど、子供という異例。貴族や神官を納得させる為には、”力”を見せることだけど……。』

 「確かに…きみは力もあるし、頭が良いのは認めるよ。でも、それじゃ納得しない者もいるんだ。分かるよね?」
 「要するに、彼女の”力”を知らない奴ら、ってことだろ? てっとり早いのは、彼女が”力”を見せれば良い。でも、それは、俺たちが彼女に強制する事じゃない。」
 
 『彼女なら、出来れば穏便に、を選ぶ。そうなると………一番最善の方法として、ササライに表立ってもらうしかないか。』

 「けど、きみも知っているだろうけど……この国は、二つの派に別れてる。ハイイースト動乱を知ってるよね?」
 「あぁ、暦書で呼んだ。」
 「…あれは、何とか治める事が出来たけど……まだ完全じゃないんだ。ここ数年で、ようやく安定の兆しを見せてきたんだ。それなのに、何の会議も情報公開もせずに、いきなり副神官長に就任なんて…。素性や経歴を知らない彼らにしてみれば、彼女は、乱を起こす格好の材料になるよ……。」

 『…なるほど。彼は、彼女の身を案じているのか。それなら尚更、使わない手はないな。』

 「それならササライ。きみが、上手く取りなしてくれないか?」
 「え…? ……僕も、それは考えたけど…。でも、僕一人じゃどうしようもない事は、いくらでもあるんだよ。」
 「きみが言いたいこと、よく分かってる。俺が望んでいるのは、あくまできみには『中立』でいながら上手く手を回して欲しいってことだ。それが、俺たちにとってもきみにとっても最善だろ?」
 「それは、そうだけど……。」

 『…これだけじゃダメか。それなら、もう一つ……。』

 「それじゃあ、ササライ。力を持っている貴族との繋がりと、神殿内できみを慕う派閥を教えてくれないか?」
 「え? 良いけど、でもそれって…」

 「……。」

 ここで声がかかった。目を向ければ、着替えを終えた彼女が寝室から出て来る姿。
 抑揚の無い声。『余計なことはするな』と言っているのだ。

 「でも、。俺の中では、これが一番やり易いと思……」
 「ササライの力添えは、必要無い。」
 「。ササライは、信用できる。彼が内密にしてくれるなら……きみの憂いは、現実にならずに、事も問題なく運ぶんだ。」
 「必要無い。私が、”力”を見せれば済むことだからね。」

 あくまでも彼女は、ササライとの関わりを望んでいない。その言葉が何よりの証拠。そしてそれは、彼の身を案じてのことだと理解はしている。
 『必要無い』。その言葉を受けた本人にそっと視線を向ける。案の定、彼は、眉尻を下げて悲しそうな顔。隣にいるルカは、沈黙を貫き、どちらの意見にも加担しない。それは、きっと『彼女は、強調したことに対して絶対に引かない』と分かっているからだろう。

 彼女は、ササライを見つめると言った。

 「ササライ。服のことは感謝するよ。でも、これからは……事務的なこと意外では、首を突っ込んでこないで。」
 「僕は…」
 「約束して。私たちが何をしようと、あんたは、あくまで『中立』でいること。私は、あんたに害を加える気もないし、どうかしようという気もない。……もう一度だけ言うよ。私情で私たちの所へ来ることは、絶対に許さない。」
 「………。」

 彼女のその言葉に、ある種の”想い”が込められていたことを、彼は感じてくれただろうか?
 は、そう思った。どこまでも突き放そうと思える、その言葉の裏側にある『優しさ』を。それを伝えた彼女の瞳。そこに僅かな哀しみが見えたのは、錯覚だろうか。錯覚でも良い。それを彼が、感じてくれれば。
 しかし、彼がその想いに気付くのは、もう少し先かもしれないと思った。まだ彼は、『足りない』。

 少年は、小さな声で「分かった…。」と言うと、部屋を出て行った。
 あぁ、やはり彼は、まだ気付けないか・・・・。

 チクリと胸が痛んだ。
 上手く事を運べなかった自分に、少しだけ腹が立った。