[実力]



 「では、私の就任に反意を唱える者に問おう。如何すれば、信じてもらえるだろうか?」

 彼女の言葉で、ざわめいていた貴族たちが、一瞬で口を閉ざした。彼女は『如何様に?』と問うたが、何がどうあっても彼らは賛成すまい。何より彼女自身が”力”を見せることが、彼らに理解させる一番の方法なのだから。

 「そうですなぁ…。では、貴女の”力”を、お見せ願いたい。」
 「……分かった。では、どうすれば良い?」

 それで貴族の一人がほくそ笑んだのを、ササライは目に捕らえた。その明らかに馬鹿にしたような口調に、不快感を拭えない。
 チラと横を見れば、もルカも目を伏せて沈黙している。

 「それでは……そうですなぁ。非力な貴女に、この場で、私の首を取っていただこう!」
 「はっはっは! それは、まったく面白い興ですな! ルクデンブル卿。」
 「いやいや、まったく! ルクデンブル卿は、実に面白い事を思いつかれる。」

 もルカも、何も言わない。ササライは、それが信じられなかった。
 彼女を慕い、共にこの国へやって来たのではないのか? 彼女を守るために、来たくもないこの国に、共に来たのではないのか? それなのに・・・・・・
 胸に湧くのは、やはり不快。不快、不快、不快。

 すると彼女が、静かに言った。

 「……その首を取れば良いのか? 貴殿等は…そんな下らない事で、私を信じると?」
 「えぇ、えぇ。信用しましょうとも! 出来たら、の話ですがね。はっはっは!」
 「……そうか。……だが、狩られた後に後悔はすまいな?」

 表情を変えずにそう問う彼女。ルクデンブル卿と呼ばれた男は、それに高笑いしている。暗に『こんな小娘、魔力以外に頼るものはあるまい』と考えているのだろう。
 ・・・・我慢だ。今はこの侮辱に耐える他ない。彼女自身が口を開いたのだから。

 「えぇ、それはもう。後悔など致しませんよ。死ぬわけがないのですからね!」
 「……そうか。」

 我慢だ・・・・・・我慢、我慢、我慢・・・・我慢・・・・

 「ただし…………紋章術ではなく、その貧弱そうな腕で取れればの話です。」
 「っ、控えろ、ルクデンブル卿ッ!! ヒクサク様のご命令だぞ!!」

 流石に無理だった。これ以上、彼女を馬鹿にされるのは。
 だが、ルクデンブル卿は、それすら面白がるように言った。

 「ササライ殿…そうは仰いましてもね。我ら貴族は、そのような小娘に権限を与えるヒクサク様のお気が知れないのですよ。やはり貴方もヒクサク様も、摘まれているとしか思えませぬ。」
 「何を…!!!」

 と。
 肩にそっと手を置かれた。誰だと顔を向ければ、
 止めてくれるな! そう視線で訴えてみたものの、彼は、静かな眼差しを自分へ向けるのみ。彼女がこうまでこき下ろされているにも関わらず、どうしてそう冷静でいられるのだ。そう言おうと口を開きかけた。

 しかし・・・・・

 見てしまった。一瞬、彼のその唇が、冷淡な笑みを浮かべたことを。それに酷くおぞましさを感じて、急激な不安に駆られる。
 次に、視線の端で彼女が動いた事に気づき、すぐさま目を向けた。彼女は、やはり表情を変えることなく懐から何か取り出している。
 それは、短剣だった。持ち手に細かな装飾が施された、とても美しい短剣・・・・。

 「ルクデンブル卿、だったか…? 最後に………もう一度だけ聞いておく。」
 「えぇ、えぇ、どうぞ?」
 「首を狩られて、貴殿が死ねば………泣く『家族』がいるのだろう? それでも、これを興とできるのか? 皆のいる前で、その名と共に『家族』共々辱められても……死した後、誰を呪うこともなく、後悔も無いと言い切れるのだな?」
 「えぇ、もちろんですとも! 貴女のような『小娘』に首を取られたとあっては、我がルクデンブル家の恥ですからね!!」

 そう言いながらも男は、腰に帯びている剣を抜こうともしない。打ち合ったとしても、力で負けることはないと高をくくっているのだろう。

 「……。」

 もう一度、彼女を見れば、静かに目を伏せている姿。
 それは・・・・何かに祈るような。ただ、静かに『祈り』を捧げているかのような・・・。
 だが、そっとその黒き双眸を開けると、その瞳がルクデンブル卿を見つめた。彼は、まだ笑いながら彼女を馬鹿にし続けている。

 不意に、言葉が聞こえた。隣に立つからだった。
 「……貴族っていうのは、やっぱり馬鹿なんだな。」と。

 「短剣を取り出したは良いが、これからどうしよう? といった所ですかな?」
 「はっはっは! これだから、紋章に頼るだけの輩は、困りますなぁ!」
 「さぁさぁ、ルクデンブル卿! 首を隠さなくて宜しいのですか? スパッと取られてしまいますよ?」

 「ははは、何を仰るか! こんな小娘に、やられるわけが……」

 彼の言葉が終わる前に、貴族たちの笑いが、一瞬にして止んだ。
 切り裂くような空気が通り抜けたと思ったら、次の瞬間には、彼の首が胴から切り離されていたからだ。しかし、その首は、どこへ行ったのか、胴体のみで椅子に着席している。

 その場は、恐ろしい程の静寂に支配された。

 「ル、ルクデンブル卿!!?」
 「いったい、これは!!?」

 「へぇ…。貴族ってのは、随分と面白いことをするんだな。あんたら、胴体に話しかけるのか? 話すなら相手の目を見ろって、言われた事はないか?」

 それまで沈黙を保ってきたが、嘲笑うかのようにそう言った。そして冷笑を浮かべながら、指でとある一点を指す。部屋の後方を。

 一同が、ゆっくりとそちらへ目を向けた。そこには・・・・・・・

 「ルクデ…!!」
 「く、首がっ…!!」
 「ヒィッ!!」

 つい先ほどまで前にいたはずの少女が、その名の男の『首』だけを手に、背を向けていた。
 即死だっただろう男は、しかし神経から来るものなのか、眉間をピクピク痙攣させている。
 貴族たちだけでなくササライも、彼女の行動に絶句した。

 「…………これで……………良いんだろう……?」

 彼女のその言葉に、誰も声を発することはしなかった。いや、出来なかった。
 一瞬で男の首を狩り、それを手に、無表情で短剣に付いた血を振り払うその姿を見て。
 ササライは、信じられなかった。戸惑うことなく彼女が人を殺めた事が。

 器用にも、男の髪を掴むことで彼女の服に血塗れは見られない。ポタ、ポタ、と男の首から滴る赤が、真紅の絨毯をさらに深い色合いにしていた。

 時間が止まっている・・・・・ように思えてしまった。

 ゆら、と彼女が振り返る。その顔には感慨も感傷もない。ただ純粋に『それで信用が得られるならば』と言っている。

 「私としては……このような形で、”力”を見せたくはなかったが、仕方ない。それで………他に異論のある者は?」

 「………。」
 「…………。」
 「………。」

 この場で口を開く者は、誰もいなかった。全員が目にする先は、彼女の手により絶命した、自分が『死んだ』とすら分かっていないだろう男の呆気に取られた顔。
 彼女は、一同を見渡してから、静かに言った。

 「ササライ……進行を。」
 「っ……あっ。そ、それでは……異論が無いようなので、これで終了する。」

 その言葉を期に部屋を出て行ったのは、ルカと。そして次に、男の首を最後尾の机へ置いて退出した彼女。
 貴族達は『夢を見ていたのか?』と言う顔をしていたが、現実だと理解するのに、時間はかかるまい。副神官長となるその実力を目にすれば、理解せざるを得ないのだ。

 しかし、民衆派を指示していたルクデンブル卿一派は、これから先も対立する事になるだろう。彼女は、ただ彼の言う通りの事をしてみせただけだが、殺しは殺しなのだ。
 この出来事は、いくら自分が裏で庇立てしようとも、光より早く民衆派たちに届くことになるだろう。

 でも・・・・・・もっと良い方法は、なかったのだろうか?



 人を殺すことを最も良しとせぬ彼女の行動に、深く震える溜息が零れた。