[デュナンへ]
日差しの強い日だった。
南国特有の、ジリジリと肌を焦がす感覚。それを不快に感じたが、そんな甘ったれたことを抜かしている余裕が今は無かった。
「ん…?」
空を見上げ、現在の時刻を確認する。陽は天高く昇り、正午過ぎを示していた。
あれからは、すぐに旅に出た。愛する人を捜すための旅に。
師に断りを入れ、『2年後に起こる戦には、必ず参戦する』という条件付きで。
2年という短い期間ではあったが、様々な可能性を考え、一人で近隣諸国を点々とし、果ては海を渡った土地にまで足を伸ばした。
そして年に4回、転移でトラン領内へと戻っては『約束の場所』へ足を運んだ。
しかし、彼は、現れなかった。
悲しいことに、旅先での情報も皆無。
なまじ、昔から人の通らないような道を進んでいただけあって、彼の情報を得るのは至難の業だ。どこへ行っても、「そのような少年は見たことがない」と言われてしまっては、ただ肩を落とすしかなかった。
それでも諦めず、情報を求めた。
いくつか情報が入った。こんな感じの子供を見た事があるけど、もっと幼かったような。いや髪の色が違う、目の色が違う。いや、もっとキツい顔をしていた。いや、いや、いや、いや・・・・・。
ほんの少しの情報で一喜一憂しては、振り回される日々が続いた。
時には森を抜け、河を、湖を渡り探し続けた。それでも彼の手がかりは、得られなかった。けれど、決して諦めることはしなかった。
そうこうしている内に、期限の2年間は、あっという間に過ぎていった。
レックナートとの約束が迫っていた為、嫌々ながら帰郷を決意し、帰路についた。
転移魔法が使えるのだから、それで戻ることも出来たが、生憎、それでは手に入るかもしれない貴重な情報を逃してしまう。そんな未練がましい考えが過り、徒歩でトランの国境を目指した。
そして、険しい山道に入り、そこを越せばトラン共和国内という場所まで来た。
道中、モンスターやら山賊やらに道を阻まれたが、相手は、女一人と舐めてかかったせいか、それとも、140年以上の経験を積んだ自分に適うはずもなかったのか。その道筋には、それらの者達が静かに倒れ伏していた。
「あれ? もう国境…?」
辺りを見回しながら、地図を片手に頂上を目指す。
すると、目の前に光が現れた。それが師だということは、嫌でも分かった。
「。」
「お久しぶりです、レックナートさん。」
「変わりありませんか…?」
「…はい。探し人には、会えませんでしたが…。」
あえて重くならないように、冗談めかしてそう言った。
彼女は、いつものように静かに佇んでいたが、やがて言った。
「時が……来ました。」
「……はい。」
「貴女は、ルックと共に、デュナンの地へ赴きなさい。」
「デュナン…?」
繰り返しながら、首をひねる。
デュナン地方。
2年前、まず始めに、探し人の情報を集めるために訪れた土地だった。あの時耳にした話では、ジョウストン都市同盟とハイランド王国で休戦協定があり、平穏だったとは言わないが、張りつめた緊張の中でもまだ穏やかさはあったはず。と、いうことは・・・・
「休戦協定が解除されたんですか? それとも、どっちかが、先に何かやらかしたんですか?」
「…………。」
その問いに、彼女は答えない。ということは、応と見て良いのだろう。
「分かりました。行ってきます。」
「はい…。」
そう言って転移を使おうとしたが、ふと気になる事があった。
「そういえば、あの子は?」
「……すでに送り出しました。」
「そうですか。で、デュナンの、どの辺りに行けば良いですか?」
「……デュナン湖の南西に位置する湖沿いに、ノースウィンドゥという、今はもう荒れ果てた城があります。」
「ノースウィンドゥ…?」
「そこで、再び『天魁星』を中心とした宿星が集まります。」
「…分かりました。」
「……気をつけて。」
「デュナン、ねぇ…。」
師の残した光を見つめながら、一人ごちた。
デュナンと聞いて、まず思い出したのは、そこで出会った人物だ。昔、巨大国家に追われて逃げている最中、利き手に大怪我を負い森を彷徨っていた自分を保護してくれた、器の大きい男。あぁ、彼とその友人は、まだ元気にやっているだろうか?
もう何十年も前に、恋人と共にその地を訪れた時のことを思い出し、そっと溜め息をついた。
「この世界のどこでも、どんな時でも………戦は繰り返す、か…。」
右手を宙にかざすと、そこから零れ落ちた光が、波紋を作り出す。
「テッド……。早く会いたいよ…。」
空を見上げてそう呟き、そっと目を閉じた。