[天魁星]
転移の光がおさまったのを期に、目を開ける。
師に示された場所は、なんとなく覚えていたが、如何せんうろ憶えだったため、狙い通りその場所に来れたか不安があった。
眼前には、所々ボロボロになってはいるが、大きく頑丈そうな城。石造りの高い塀で囲まれた、背にデュナン湖を負う大きな城だ。
「ここ、だよね…?」
とりあえず人に尋ねてみようと考えて、正門であろう壊れかけた塀を通り抜けて、城に入れる扉を探す。それを見つけて、中へ一歩足を踏み入れると、横から声がかかった。
「こんにちは! どちら様ですか?」
声の方へ顔を向けると、そこには、栗毛色のサラサラした髪に栗色の瞳の少年。赤を基調とした動きやすそうな拳法着を身に付け、額には、金の輪っかをはめている。
人懐っこい笑みが可愛らしい、子供だ。
「あれ…?」
声をかけてきた少年に、僅かに記憶を刺激された。思い出そうと見つめていると、余りに不躾だったのか、少年が困ったように頬をかく。流石に初対面で失礼だったなと思い、声をかけようとするが、遮るように少年の後方から声がかかった。
「あっ、見つけた!」
またも声の先に目を向けると、今度は『元気印』という言葉がぴったり当てはまりそうな少女。少女は、と呼んだ少年に駆け寄ると、あろうことかその首を絞めはじめた。それを目にしながら、少女の言葉を反復する。
そして、目の前の少年が『誰』であるのか理解して、「あぁ…。」と口に出した。そうだ、彼は『』だ。そして、その首を絞めているのは『ナナミ』。
140年という長い歳月を生きたからか、登場人物の顔を、はっきりと思い出せなかった。思わず苦笑い。
次に、未だの首を絞めているナナミの肩に、そっと手を置いた。
「ねぇ…。そのって子、そろそろ死んじゃいそうだから…。」
「えっ!? あ! ちょっと、しっかりしてー!!」
失神寸前の少年の肩を揺さぶり、少女が叫んだ。『これ以上、トドメをさしてどうする』と思ったが、とりあえず窮地は脱したようなので、まぁ良しとする。
少年は、暫く揺さぶられていたが、やがて我に返ったのかハッと目をあけた。
「もう! 死んじゃったかと思ったよー!」
「ご、ごめんナナミ…。」
終始眺めているのも悪くはなかったが、それより聞きたいことがあった為、声をかけた。少年は立ち上がり、すみませんと照れくさそうに笑う。
「きみ、大丈夫?」
「あ、はい。済みません、見苦しいところをお見せしてしまって…。」
「あー、いいよいいよ。それよりさ…。」
「はい?」
ここで、どうしようか考えた。
とりあえず、この城のリーダーか軍師に会って話をするのが早いと思ったが、いきなり現れて『仲間になりに来た』と言っても怪しまれるだけだ。
それならば、こう言えば良いか。
「えっとね。ここに『ルック』って子、居るよね?」
「あ、はい。ルックのお知り合いですか?」
「うん。まぁ、そんなとこ。あの子に『が来た』って言ってもらえれば、たぶん分かると思うんだけど…。」
目を丸くする少年に、あからさま過ぎたかと苦笑い。しかし、今の自分にとって身元を保証してくれる人物は、あの子しかいない。
固まってしまった場の空気に、さてどうするかと考えていると、彼は笑顔になった。
「分かりました! さっそく伝えてきますね!」
「あ、待って! お姉ちゃんも行くよー!!」
走り出す少年を、少女が物凄い勢いで追いかける。
その背を見つめながら、『あの二人、姉弟だったっけ?』と、記憶の奥底を探ってみた。
少年少女がこの場を離れて、暫く。
突如、目の前に光が現れたため、とりあえず目を閉じながら光の沈静化を待った。
現れたのは、ルック。彼は、いつものような無表情で口を開いた。
「……久しぶりだね。」
「よっ! 2年ぶり!」
「……変わりはないようだね。」
「そっちもね。……あれ? あんた、また背ぇ伸びた?」
こちらへ戻ってすぐに旅立ってしまったため、数えるぐらいしか会話していなかったが、この2年の間にも彼は成長しているようだった。そんな身内の成長を喜ばないはずがなく、嬉しさのあまりその額を小突くと「何するのさ…。」と不機嫌そうな顔。
相変わらずだなぁ、と笑いながら、早速本題に入った。
「じつはさぁ…。」
「……軍主に紹介しろって?」
「お、分かってんじゃん! さっすがー!」
「……レックナート様、どうせ紹介状も書いてくれなかったんでしょ?」
「うむ、全くもってその通り! 物わかりの良い弟を持って、私は幸せモンだよ!」
「……勝手に弟扱いしないでくれる?」
「オラッ! とっとと軍主んとこ連れてけー!!」
「………本っっっ当に、きみって…………頭の中も変わらないよね。」
直後、2年ぶりの鉄拳が、彼に襲いかかったのは言うまでもない。
「…要するに、彼女は、レックナートとやらの紹介で同盟軍に力を貸しにきたと…?」
「そうだよ。」
階段を幾重も上がり、大きな広間に連れてこられたは、この軍の軍師を勤めるシュウという男を紹介された。
一通りルックが説明を終えると、鋭い眼光を放ちながら、彼は上から下まで眺め回してくる。彼の事も思い出せたが、なにしろ140年というブランクがあったため、顔と名前がそう簡単に一致しない。というより、顔も名前もほとんど朧げにしか残っていなかった為、外部からの適度な刺激がないと思い出せなかった。
シュウは、顔立ちが整っている。そして、その瞳は、世界を見通しているかのごとく精悍な光を帯びていた。誰がどう見ても『良い男』と太鼓判を押すだろう。だが反面、氷のような冷たい印象も秘めていた。
あまりにジロジロ眺め回されたため、苦笑いしながら遠慮のない男を見つめ返す。彼もまた、己の視線にそれを合わせた。
「……話は分かった。」
「どうも…。」
「しかし、お前を採用するという決定権が、俺にあるわけではない。」
まぁ、そりゃそうだ。一番偉いのは、軍主様だからね。
そう思いながら苦笑いしていると、その言葉に含みを感じたのか、ルックが横槍を入れた。
「……ふーん。それなら、軍主に認められれば良いんだね?」
揚げ足をとる、というわけではないのだろうが、聞きようによってはそうとも取れる。しかし・・・・
ルックは、別に彼女の味方をしたワケではなかった。それが『師の意向』だと分かっていたから、そう問うただけだった。
彼女は、解放戦争に参加しなかった。参加出来るだけの”力”を、まだ持っていなかった。ルックは、彼女自身に戦闘の経験がなく、また紋章を扱う能力も些かの不安があった為なのだろうと、当時師の意向に対してそう結論付けていた。
その師が、こうして今回、彼女を戦に送り出したのだ。
彼女の能力は、ルック自身まだ見ていないため定かでないが、師が認めたのだから、戦力になれこそすれ足手まといにはなるまい。そういった、実に単純明快な思考からの結論だった。
だから、そう言っただけだ。
軍師は、その言葉を気にもかけないのか、一言「そうだ」と言った。そして・・・。
「フリック……。軍主殿をお連れしろ。」
「…あいつ、どこにいるか分かるか?」
「分からないから探して来い、と言っているんだ。」
全身に青を纏った男、フリックの名も、は思い出した。これもまた良い男で、その爽やかそうな風貌や頼りがいのありそうな体つきは、十代の女子に人気がありそうだ。
フリックは、シュウの言葉に思いきり溜め息をはいて、広場を出ようと踵を返した。
と・・・・
「あ、! なんか、皆、集まってるよ!」
「えっ? 今日は、軍議は無いって聞いてたんだけど…。」
聞き覚えのある声と共に、あの少年と少女がやって来た。
「あ、さっきの…。」
にナナミ。
先ほどの礼を言う前に、ルックにこちらに連れて来られてしまったため、話終えてから探そうかと思っていたのだが、自分達から来てくれるとは、なんと好都合。
は、自分の姿を見ると、ナナミを伴い駆け寄ってきた。
「あ、さっきの人ですよね? ルックは…」
「うん、さっきはありがとう。無事にルックにも会えたし、本当に感謝だよ。」
「そうですか、良かったですね!」
「私は、宜しくね!」
名前を教えながら笑顔を見せると、彼も笑顔になって「こちらこそ、宜しくお願いします!」と頭を下げた。
なんて可愛らしい子なのだろう。そう思いながらその頭を撫でていると、今まで黙って一部始終を見ていたシュウが、急に声を荒げた。
「殿!!」
「あ、シュウ。今日は、軍議は無いって…」
「無論、軍議はありません。それより殿。軍主たるもの、無闇矢鱈に頭を下げるべきではありません。」
「え、っと…。」
すると、気圧される弟に加勢するがごとく、ナナミが割って入った。
「ちょっと、シュウさん! 挨拶は、人の基本なんだよ! それには…!」
「お前は黙っていろ。俺は、殿と話をしているんだ。」
ピシャリと言い放たれ、何か言いかけていたナナミは、うっ、と言葉を詰まらせる。
その光景を見ながら、唖然としてしまう。すると、ルックが声をかけてきた。
「どうしたのさ?」
「いや…軍主って…。」
「のことだけど?」
「うそ…?」
「………僕が、きみに嘘をついたことがあるか……考えてみなよ。」
その言葉に素直に考えてみる。だが、なるほど確かに、彼は生意気で可愛げのない奴だが、自分に嘘をついたことは一度もなかったような気がする。
「…………。」
「……そこで馬鹿正直に考えるあたり、きみって、やっぱり頭悪いよね。」
「クソガキ。」
なんとなくムカついたので、その頭をはたいてやった。すると彼は、頭をさすりながら「…覚えてなよ。」と、すっかり口癖になっていた言葉を吐き捨てる。
・・・・なんだか、物凄く久しぶりに聞いた。
達に視線を戻すと、まだモメているようだった。捲し立てるナナミに、冷静かつ冷淡な言葉を返すシュウ。その合間では、眉を下げて二人を宥めようとする幼い軍主の姿。
その空気に和やかさを感じて黙って見ていたが、生憎、隣の兄弟子がそれをじっくり静観できるほど気長な性格ではなかったようだ。
「……ねぇ。取り込んでる所悪いんだけど、に許可取れば良いって言ってたよね?」
「ん? あぁ、そうだったな…。」
まだ何か騒いでいるナナミに無視を決め込み、シュウが答える。
それならばと、普段は面倒ごとを嫌がるはずのルックが、腕を掴んできた。そして、の前に突き出される。
「。彼女が、この軍に入りたいって言ってるんだけど?」
「えっ、彼女が…?」
「……僕は、嘘をつかないよ。もちろん、実力はあるんじゃない?」
「そっか。うん! 嬉しい。これから宜しくお願いします、さん!」
「うん。、宜しくね!」
軍主は、心から嬉しそうに笑ってくれた。それに釣られて笑ったが、隣を見ると、なぜか顔を顰めている兄弟子。
なんだと思いながらが差し出した手をとり、握手を交わした。
と。
・・・・・・・・・右手に、あの”疼き”。
「………。」
「えっ!?」
突如襲った、大きな疼き。これを経験したのは、過去、一度や二度ではない。
思わずそれに顔を顰めていると、どうやらも感じたようで、声を出して目を見開いていた。
『もしかして、この子……。』
そう思いながら、自分を見つめる彼に、何食わぬ顔で笑いかける。
ルックに視線を向ければ、彼は何かもの言いたげな顔をして、光を発しその場から消えた。
軍主に認められたことで、は、晴れて同盟軍に名を連ねることとなる。