[彼のため息]
が同盟軍に加入してから、2ヶ月が経過した。
その期間で、この城には、着実に人が増え続けていた。同盟軍参戦をした頃は、まばらにしか人が居なかったこの城も、今や色々な店が建ち並び、通りを行き交う人の量はそれに比例していた。
それも全て、や仲間達の努力の賜物だった。
努力といっても、本人は、各地の都市と同盟を結ぶため自ら足を運んでいるだけ。しかし、彼の強みと言っても良いのは『人と人を繋ぐ力』だった。彼は人を引きつける笑顔、優しさ、そして想いを持っていた。
それは、彼特有の魅力でもあり、また最大の武器でもあった。人々は、この少年に見えない力を感じて引き込まれていった。
彼やその仲間の力は、次第に大きさを増してゆき、結果、様々な都市との同盟を結ぶまでの大型勢力になった。
まず、トゥーリバーとの同盟。
トゥーリバーには人間、コボルト、ウィングボードという3種族が、それぞれ河を境に暮らしている。
同盟を得る前、仲違いや敵軍師の策により断念せざるをえないかと思われたが、の「故郷を愛する気持ち」という言葉で結束し、見事ハイランド軍の撃退に成功した。
次に、学園都市とも言われる、グリンヒル。
だが、ここは、すでに王国軍の手に落ちていた。その為シュウの策を用い、グリンヒル市長代理であるテレーズ=ワイズメルを救出することを目的とし、フリックを引率者としたと年の近い少年少女を学生として送り込んだ。(編成には、ルックも組み込まれていたため、も同行を申し出たのだが、年齢が釣り合わずに却下となった)
そして、仲間達の不安を一蹴するかのごとく、彼等は、見事テレーズを救出して戻ってきた。
そして最後に、マチルダ騎士団。
この騎士団を統治するゴルドーという男に拒まれたため、同盟は成らなかった。だが、青騎士マイクロトフと赤騎士カミューの二翼による離反によって、騎士団員の半数が同盟軍に名を連ねることになった。とても大きな収穫だった。
そうしている内に、ポツリポツリとしか人のいなかったこの城も、日増しに大きく強大になっていった。
そんなある日。
ルックに誘われて、は大広間に向かっていた。
広間へ入ると、既に会議は始まっていたようで、足音を忍ばせながらその輪の中へと入る。どうやらを筆頭に、同盟軍の主要人物達が『王国軍がラダトに現れた』という話をしているようだ。
ふんふん、と内容を聞いているだけで、自分がいてもさして意味をなさない。そうルックに視線を送ったものの、どうやら彼は無視を決め込むつもりらしい。
それなら仕方ないかと情報を耳で受けていると、ビクトールがに言った。
「おい、。ラダトに偵察に行ってみようぜ?」
「え?」
それを聞いたシュウが、途端、柳眉を逆立てた。
「ビクトール! 殿を、そんな危ない目に…!」
「いいよシュウ。僕、行ってみるよ。」
「! お姉ちゃんも行くよー!」
「しかし…!」
「だーいじょうぶだって! 俺がついてるからな。」
「馬鹿者! 発案者がお前だから止めているんだ!」
ドン、と胸を叩いて自信満々に言い切るビクトールに、シュウが怒鳴る。
これまた面白そうなカードだ、と笑うのを我慢していると、が両者の間に入った。
「シュウ、大丈夫だよ。見つかるような真似は、絶対しないから。」
「そうそう。街の中を偵察したら、すぐに戻ってくるからよ。」
「……………。」
結局シュウは、ビクトールに押し切られ、彼等のラダト行きを渋々許可した。善は急げとばかり、早々に出発するらしいに、声をかけてみる。
「、ナナミ。気をつけてね。」
「はい、行ってきます!」
「心配しなくても、は、私が守るから大丈夫だよ! 行こ!」
元気な挨拶をして、ナナミがの手を引いて、広間を出ていく。
と、いつの間にか横に立っていたビクトールが「あいつら、本当に元気だな。」と笑っていた。そうだね、と無難な言葉を返しながら少年少女の名残を追っていると、遠慮のない視線が突き刺さる。
「…ねぇ。あんた、不躾すぎじゃない?」
「おぉっと、悪い悪い…。」
「んで、なに?」
「……んーにゃ。何でもねぇさ。」
「達のこと、お願いね。」
「おう。任せとけって!」
そう言うと、彼は肩をポンと軽く叩くと、彼らの後を追っていった。
視線を戻すと、シュウとフリックが何やら話し込んでいた。そっと近づくと、シュウにジロリと睨まれたが、聞いてはいけない話ではなかったようで、特に何も言われなかった。
「で、ラダトに駐屯したのは、キバってやつの部隊なんだろ?」
「……情報では、そう聞いている。」
「ってことは…。ルカは、まだ出てきてないってことか。」
「恐らく。」
その話を耳にして、記憶を探ってみる。『ルカ』という名前。
同盟軍に入った折、ルックから、一通り『ルカ』という人物に関しての話は聞いた。ハイランド王国の皇子であること。休戦協定を破り、都市同盟に再び戦火をもたらしたこと。巷では、”狂皇子”などとあだ名されていること。
ルカという名は、もちろん知っていた。朧げながらも思い出した。だが、それは名ばかりで、顔は全くといっていいほど覚えていない。
一体、どのような面相をしていただろうか?
首をひねっていると、ルックが声をかけてきた。
「………ねぇ。」
「ん?」
「……馬鹿なこと……考えない方がいいよ。」
「馬鹿なことって?」
彼の言うことが理解できなくて、素直に聞き返したつもりだったのだが、ここで彼は『しまった』という顔をした。
・・・・あぁ、なるほど。彼は、自分がハイランドの王都であるルルノイエに行くのでは? と考えたようだ。だから牽制のため『馬鹿なことを考えるな』と言ったのだろうが、生憎、自分はそこまで考えていなかった。だから、思わず余計なことを口走っていらぬ知恵を与えてしまった、と顔を顰めたのだろう。
ニヤリとほくそ笑む。
すると彼は、その視線から逃れるように顔を逸らした。
「なぁるぅほぉどぉねー!!」
「……先に言っておくけど、止めておきなよ。」
「いやーん! ルックみたいなプリティーボーイに助言してもらえるなんて、お姉さん嬉しいわー!」
「……………。」
ここぞとばかり、茶目っ気たっぷりに嫌味を言ってやると、彼は苦虫を噛み潰したような顔。それもそのはずで、己の失敗をあえて『助言』と茶化されてしまったのだ。
彼の眉間には皺が寄り、表情はいつもと違い『酷く不快だ』と言っている。
それを鼻で笑ってやって、「んじゃ行ってくるわ!」と踵を返した。
と、彼がポツリ。
「……。」
「なに? 私、急いでるんですけどー?」
「……はぁ。もう勝手にしなよ。」
最後にとびきりの笑顔を見せて、広間から出た。
「まったく………。……僕は、知らないからね…。」
その場に残されたルックのため息は、話をしていたシュウとフリックの耳に届くことはなかった。