[星辰剣]
酒場へ向かうと、ザワザワと人の声が行き交い、注文を取るのに大忙しなウェイターやウェイトレスやらが忙しなく歩き回る姿。今日も大入りのようだ。
「大繁盛って感じ?」
賑わう喧噪を見回していると、何かの話に花を咲かせては、大笑いする男達。そして、良い男の話に夢中になっている女達の声。
一通りそれらを眺めてから、カウンターへと足を運んだ。
「おや、じゃないかい?」
「どうも、こんちは。今日も大入りで、大変そうだね。」
この酒場を切り盛りしている女主人レオナが奥から現れ、片手を上げて挨拶を交わしながら「どこか座れる場所ないかな?」聞くと、彼女は「うーん、そうだねぇ…。」と言いながら、辺りを見回した。満席のようだ。
明日はラダトへ出陣するため、今はそれを少しでも忘れるために、皆、飲みたいのだろう。戦の前は、だいたいいつもこんな感じだ。元々この酒場は賑わっていたが、今宵のそれは尋常ではない。
まぁ、しゃーないかと苦笑いして、カウンターに肘をついた。
「これ、閉店になっても居座るんじゃない?」
「そうだねぇ…。大入りだからね。ところで、ご注文は?」
「んー、いつもの宜しく。」
「……おや、丸々一本かい? まったく…。あんまり飲み過ぎんじゃないよ。」
「残ったら、ちゃんと持って帰るもん。そんで、部屋でチビチビ飲むんだもん。」
わざとらしく可愛子ぶってそう言うと、彼女は困ったように笑ったが、ふと「おや?」と言ってある方向を指差した。
「ん?」
「ほら、あそこだよ。ビクトールとフリックがいるだろ?」
「あ、ほんとだ。」
彼女の示す方──奥の角の席には、名指された男二人が、何か話している姿。と、何が面白いのか、ビクトールがフリックの肩を叩いて大笑いを始めた。子供達から「熊さん」とのあだ名をつけられている男に叩かれて、大層痛そうだ。
「…盛り上がってるね。」
「、行っておいでよ。」
「うーん…。」
「あいつらなら、気を使うこともないんじゃないかい?」
「まぁ、そりゃそうだけど…。」
彼等を見て笑う彼女に手渡された酒瓶を片手に、彼等の元へ向かった。
「こんばんはー。」
するすると行き交うウェイター達をすり抜けて目的のテーブルへつくと、まず軽く挨拶。された本人達は、ジョッキ片手に盛り上がっている最中だったようで少し気が引けたが、既に出来上がっているようで、ビクトールがニカッと笑って「おー、こっち座れ!」と席を勧めてくれた。
「ありがとう。それじゃあ、お邪魔するね。」
「あぁ。」
「座れ、! 座れ座れ!」
ビクトールとは違い、フリックはさして酔っていないようで、小さく笑っている。
酔っぱらいの相棒を持つと大変だね。まぁな。視線でそんな会話をしながら、とりあえず勧められるままに席についた。
すると、手に持っていた瓶を見て驚いたのか、フリックが目を丸くする。
「お前……そんなに飲んで大丈夫なのか?」
「え? あぁ、ここで全部飲むつもりはないから、大丈夫。残ったら部屋に持って帰るし。」
「その歳で、そんな酒飲むんだな。」
「当たり前じゃん。とっくに成人してるんだからね。」
心の中で『もう164歳だし』と付け足して、小さく笑う。
するとビクトールは何を思ったか、酒瓶に張りつけられているラベルを見て、感心したように呟いた。
「ほぉー! お前、こいつぁ随分とキツい酒だな。」
「そう?」
「お前に飲めんのか?」
「しっつれいな!」
瓶を取り返して栓を抜き、丁度良くグラスを持ってきてくれたウェイターに礼を言って、勢い良くそれを注ぐ。一杯目は、取りあえず何も考えずにグイッと飲み干して、またグラスに注いだ。彼らは呆気に取られたのか、ポカンと口を開けている。
「……なによ?」
「いや…。」
「よし、分かった! お前はイケる口なんだな! まぁ飲め! 浴びるほど飲め!」
冷静に目を逸らすフリックとは違い、ビクトールは気を良くしたのか肩をバンバン叩いてくる。けっこう痛い。
彼は、完璧に出来上がっているらしく、耳まで真っ赤になっていた。その弾みで、彼の椅子にかけてあった大剣が、ゴトッと音を立てて落ちる。
と、どこからか怒声が上がった。
「何をするか、ビクトール!!」
「…?」
声に驚き思わず辺りを見回すも、表情でそれと分かる者は見当たらない。
するとビクトールが、椅子にかけなおした剣に向かって喋りかけた。
「あー、なんだよ星辰剣。こっちは、楽しく飲んでるっつーのに…。」
「なんだよ、ではないわこの馬鹿者が! この私を、こんな古びた汚い椅子にかけるとは……あまつさえ落とすとは何事か、と聞いている!!」
驚いて目を丸くしてしまった。それは決して恥ずべきことではないのだが、あまりに呆気に取られていたため、逆にフリックに心配されてしまう。
剣が喋ってる・・・・。あ、なんか柄に顔面みたいのがついてる。すごい顔だな。イカツい。なるほど、アレが喋ってるのか。
妙に納得してその場を静観していると、ビクトールは「うるせぇなぁ…。」と興が冷めたような顔。
「なんだと、貴様!! そもそも己は、小間使いのくせに……!」
うんぬんかんぬん。文句を垂れ始めた、喋る剣。
ビクトールは、それに無視を決め込んだようだが、フリックは苦笑いしている。
だがは、その剣に興味を持った。
「ねぇ、ビクトール…。」
「んぁ?」
「それ、面白いね。」
そう言った瞬間、喋る剣・・・・星辰剣の標的が、自分に移った。
「そこの小娘! 貴様、今なんと言った!?
「げっ、すげー地獄耳だ、コイツ…。」
「何だと!!?」
ヒートアップする星辰剣に、いらぬことを言ってしまったかと引き攣る。
だがそれも、星辰剣に繋がっている肩掛け紐がとけ、彼が音を立てて倒れそうになった所で幕を引いた。慌ててそれ(彼?)を支えたのは、本人だった。
と・・・・
「ッ……」
「む…?」
例のごとく、右手が大きな疼きを発した。
『これはもしや…』と星辰剣を手に見つめていると、「おぉ、すまねぇ!」と言って、ビクトールが彼を掴もうと手を伸ばす。
だが、それを止めたのは、星辰剣本人だ。
「…待て、ビクトール。」
「あ? なんだ?」
「私は、この小娘に用がある。」
「はぁ? なに言ってんだ、お前…。」
「おい、小娘。私を連れてここを出ろ。」
「……へ? え、っと…。」
疼きの原因を考えていたため、一瞬反応が遅れた。疼くということは、それはつまり・・・・そういう事なのだろう。
だが星辰剣は、その時間すら待てないのか、また怒声を発した。
「何度も言わせるな! とっとと、言われた通りにせんか!」
「え、あぁ…ごめん。怒んないでよ、分かったから。」
素直に従っておいた方が良い。それが自分の、また彼の為でもある。
しかし、ここで納得いかないのはビクトールだったようだ。彼は、話に入れなかったのが悔しいのか、はたまた別の理由があったのか、星辰剣に食ってかかる。
「てめぇ、星辰剣! いい歳こいたジジィのくせに、ナンパなんかしてんじゃねぇ!!」
「何を言うか、この大馬鹿者が! 貴様のような能無し単細胞と一緒にするな!!」
星辰剣が負けじと言い返したことで、また先のやり取りが待っているのかと思うと、苦笑いするしかない。すると、フリックが機転をきかせて「こいつは俺がなんとかするから、とりあえず行ってこいよ。」と言ってくれた。
「でも…。」
「こいつらをこのまま放っておいたら、明日の朝になっても話ができないぞ?」
「そんじゃあ、お願い…。」
「あぁ、任せてくれ。」
まだ何か言い合う二人を引き剥がすように、星辰剣を手に席を離れた。だが、ビクトールは、フリックに後頭部をド突かれてなお星辰剣に罵声を浴びせ続けている。
「ッつーーっ! やい星辰剣! こっちは、お前の顔を見なくて清々するぜ!」
「まだ言うか、この筋肉達磨が! 減らず口を叩きおってからに! それは、こちらの台詞だ!!」
やる気満々の二人を引き剥がし、は右手に星辰剣、左手に飲みかけの酒瓶を持って、酒場を後にした。