[夜の化身]
酒場を後に、星辰剣を右手に掴んだまま、どこで話をしようか考えていた。他の者に、聞かれるのも見られるのもマズいのだ。
どこがいいかと尋ねると、彼は「好きにしろ。」と言った。
エレベーターで最上階を目指し、屋上へと出た。少し風が吹いている。風は髪を緩く靡かせ、彼方へと去って行く。気温は、不快を与えるほど高くもなく低くもない。乾燥もしていなければ、ジメッとしてもいなかった。丁度良い気候だ。
梯子を伝い、足場の悪い屋根に腰を下ろし、星辰剣を肩にかけて、満月を肴に酒を口に含んだ。・・・・・・・今宵は、3の倍数の月ではない。
さてどう切り出そうかと考えていると、それまで沈黙していた星辰剣が、口火を切った。
「おい、小娘。」
「…小娘じゃないし。って名前だし。」
「喧しい。貴様なんぞ、小娘で充分だ。」
「あんた、結構ムカつくね…。」
星辰剣をジロリと睨んでから、次に目下に広がるデュナン湖を見つめる。闇夜に包まれてはいるが、月の光が淡く優しく照らし出す、世界。湖面は澄んでいて、僅かな風の悪戯によって、その中に写る世界を緩やかに揺らしている。
明日が戦だなんてこと忘れてしまう。でも、なんでだろう? すごく悲しいなぁ・・・。
目を細めながらそう思っていると、彼は言った。
「貴様は、継承者だな…?」
「…うん。」
湖面から目を離さずに答えると、彼は続けた。
「その右手に宿る呪い……”創世”だな?」
「…なんで知ってんの?」
「そうか、やはり…。もう目覚めておったのか…。」
「…目覚めてた? なにそれ? どういうこと?」
「………ふむ。」
「ちょっと、ちょっと! 一人で納得しないでよ! 私にも分かるように教えてってば。」
問うてみるも、彼はそれを無視して続ける。
「ならば、貴様の使命は……”共鳴”だろう?」
「そうだけど……なんでそんなに知ってんの? ってか、さっきの質問は無視なわけ?」
彼は、ふんと鼻を鳴らした。
「私は……『夜の紋章』の化身。」
「…化身? なにそれ?」
「化身は化身だ。話を進めよ。」
「…さっき、右手が疼いたから、真なる紋章なのかなって思った。でも紋章って、人だけじゃなくて武器にも宿るんだね。」
「よく喋る小娘よ…。」
「お喋りで悪かったね。そんで、共鳴なんだけど…。」
「………それが、貴様の使命ならば。」
一応の承諾を得て、彼に向かって右手を掲げた。
眩い光は、辺り一帯を照らし、包み込んだ。
光が収まったのを期に目を開け手袋を外すと、共鳴の余韻からか、手の甲には『夜』の刻印が。それは次に創世へと変わり、最後に大地の紋章となって消えた。
「ありがとね。」
「……構わん。しかし…」
「なに?」
「いや……なんでもない。」
「? そっか。それじゃあ…今ので人が来るかもしれないから、とりあえず戻る?」
「ふむ、そうだな。」
共鳴をしたのは屋上で、かなり派手に光ったため、もしかしたら階下の住人が気付くかもしれない。そう思い、星辰剣を肩にかけなおすと、転移で一階へ戻った。
「お、もういいのか?」
「うん。ありがとね。」
酒場に戻って星辰剣を返すと、ビクトールが「もう一杯やろうぜ!」と言った。どうしようかと考えていると、酒瓶を見たフリックが、驚くように目を瞬かせる。
「…お前、もうそんなに空けたのか?」
「あー、うん。けっこう酔いが回ってきたから、今日は、この辺でおさらばしようかな。」
「んっだよー! これからだってのに!」
実は、星辰剣と話している時も、ちょこちょこ飲んでいた。何故かは分からないが、彼を手にしてから、いやに『昔』を思い出すからだ。辛い、思い出ばかりを・・・。
グルグルと蘇る記憶から逃げるように、酒を飲んだ。残ったのは、四分の一ほど。
渋るビクトールに小さく笑い、それじゃあ、と言って踵を返す。「明日は出陣だから、早めに寝ろよ。」と言ってくれたフリックに手を振って、酒場を後にした。
「あいつ、けっこう飲むんだなー。」
「…………。」
「なんだ? どうした星辰剣?」
いつもならブチブチ文句を垂れるはずの相棒に、ビクトールは声をかけた。しかし返事がないので手に取って見ると、彼は静かに言った。
「あの娘…。」
「なんだ? のことか?」
「…あやつの心には……闇が在る。」
「あん? 闇…?」
「今は、まだそれは小さなものだろう…。だが、それは………これから次第に広がり……あやつの心を全て覆い尽くすことになるやもしれん。」
「……………。」
その言葉に、ビクトールは閉口した。星辰剣も、それ以降何も言わなかった。
唯一、その会話を聞き取れなかったフリックだけが、首を傾げていた。