[家族]



 同盟軍の軍師、シュウの用いた奇策によって、王国軍がラダトから撤退した。
 同時に、同盟軍には、有力な人材が二人も増えた。先の戦で刃を交えたキバと、その息子クラウスである。
 彼等は、捕らえられ縄をかけられたが、自らその戒めを解いたのだ。そして「仲間になってほしい」と、敵であったはずの親子に頭を下げた。
 初め、彼等は「首を斬れ!」とそれを拒んでいたが、直後に届いた、敵軍師レオン=シルバーバーグからの書状内容を聞くと、静かに項垂れた。彼等が忠誠を誓っていたアガレス=ブライトが、暗殺されたと言うのだ。
 親子は、主君の死に涙を流しながら、同盟軍に名を連ねることを了承した。






 それから、数日が経った。

 『会議がある』との報をルックから聞いて、は、彼と共に大広間へと向かった。
 到着すると、どうやらすでに始まっていたらしく、シュウがと何か話しながら眉間に皺を寄せている。

 「ねぇ。シュウの眉間、修羅場になってない? 何かあったのかな?」
 「……さぁね。」

 素っ気ない返事に「可愛くない…。」と呟き、その頭を軽く叩きながら輪の中に入ると、どうやら内容としては『軍を動かしたいが、トラン共和国の動きが気になる』とのこと。
 トランと聞いてルックを見れば、彼は、叩かれた頭を擦りながら自分を睨みつけていた。

 「ふむ……どうしたものか。」

 思案するシュウを、一同が見つめる。
 すると、ここで、入り口から声がかかった。

 「それなら親父に頼めばいいじゃん。」
 「…?」

 その場にいた全員が、声の方へ一斉に目を向ける。
 そこに立っていたのは、短髪の青年だった。だが、やはりこの青年に対しても、は記憶を突つかれた。あぁ、たぶん知ってる。彼は、どんな名前だったか?
 そう考えていると、青年を見たアップルが、声を上げた。

 「シーナ!?」
 「ようアップル、久しぶり!」

 青年は、アップルと顔見知りなのか、ひらりと手を上げて挨拶をしながら輪の中心にいるシュウの所まで歩いていく。
 その一連の動作を目で追っていると、隣のルックにつつかれた。

 「ん? どしたの?」
 「………きみに、一つ教えておくよ。あいつとは、関わらない方がいい。」
 「なんで?」
 「あいつの行動を見てて、分からないかい?」

 そう言われたので、視線を青年へと戻した。そして『なるほど』と思う。彼は、シュウやと話しながらも、その場にいたアップルやテレーズにウィンクを送っていたのだ。

 「なるほどねー。」
 「きみ……軟派な男は、嫌いだろ?」
 「ふんふん! ルックさんは、私のことをよーく理解していらっしゃる!」

 冗談めかして肩を諌めてみせる。
 だが、何故かシーナを睨むルックが気になったので、聞いてみた。

 「そういえば、あんた、あの子と友達なの?」
 「友達? …………冗談じゃない。」
 「ってことは、なんかの知り合い?」
 「先の……トランでの戦争で、同じ軍だっただけだよ。」
 「トランの? ふーん…。」

 聞く所によれば、シーナは、解放戦争中でも宿星入りしていたらしい。

 「あのナンパっぽい子が、ねぇ…。」
 「それと……たぶん今回も、あいつは宿星に入ってるんじゃない?」
 「ほぉー!」

 話が終わったのか、シュウやビクトール達が部屋を出て行った。
 解散するの早っ! と思いながら、に近づき声をかけてみる。

 「やっほー、!」
 「あ、さん。お疲れ様です!」
 「 お疲れー。…で、何がどうなったの?」
 「トラン共和国に、同盟を結びに行くことになりました。」
 「…トランに? 行くの? あんたが?」
 「はい!」

 彼は、笑顔で頷く。
 と、ここで、アップルと話をしていたシーナが声をかけてきた。

 「あ、きみ可愛いね! 名前なんて…」
 「きみなんかに名乗る名は無いよ、シーナ。」

 近づいて差し出されたシーナの右手を、ルックが勢い良く払った。バシッ! といい音がしたあたり、あの兄弟子なりに、相当な力が込められていたのだろう。まぁまぁ痛そうだ。
 明らかに『不快だよ』といった顔を押し隠すこともなく、冷めた視線でシーナを睨みつける彼の行動に思わず目を丸くしたが、もっと驚いたのはシーナの方だったようだ。

 「お前……ルック!? なんでこんな所に……!」
 「それをきみに言う義理はないよ。」

 早口でスッパリと、シーナにそう言った彼に、有無を言わさず腕を引かれた。

 「ちょ、ルッ…」
 「……いいから行くよ。」
 「ちょっと待っ…、いだだだだ! あんた、ウデ痛いって! 死ぬ死ぬ、私、超死ぬ!」
 「……このぐらいで死ぬほど、きみは、か弱くなんかないだろ?」

 話してみるぐらいなら、良いじゃないか。
 そう思ったが、手を引く彼の力が思いの外強くて、大広間から出るしかなかった。






 「………………。」

 成す術なく、二人が広間を出ていく所を見ているしかなかったシーナは、「私もお供します!」と言ってパーティーインしたフリード=Yに問うた。

 「……おい、フリード。」
 「え? は、はい…?」
 「ルックは、彼女の……なんだ?」
 「へっ? さ、さぁ…?」

 やルックとさして交流のないフリードは、首を傾げながらも答えにならない答えを返す。それを見ていたが、小さく笑った。

 「ルックにとって、さんは………家族なんじゃないかな?」
 「……かぞくゥ!? あのルックに家族だって!?」
 「うん。なんかいつも一緒にいるし。ルックにとっては、きっとお姉さんみたいな存在なんじゃないかな?」
 「おいおい、冗談だろ!? ”あの”ルックだぞ!!?」

 確かに、”あの”ルックに。一同は、同様にそう思ったのだが、それを軽やかにスルーして、の言にナナミが同意した。

 「そうだね! ちゃんとルックくんって、いつも一緒にいるもんね!」
 「うん。だから、邪魔したんじゃないかな?」
 「そうだよ、きっと! ルックくん、シーナくんにちゃん取られちゃう、って思ったんだよ!」
 「うん。」

 端からみれば、それは、大層微笑ましい会話だったろう。だが当の本人達が聞いたら、はともかく、ルック本人は「…大概にしなよ?」と怒りを露にするはずだ。
 それら一連の会話を見ていたビクトールやフリックは、苦笑いを隠せなかったが、しかし。やナナミの言うことも、あながち間違ってはいないのだろう。
 解放戦争の頃よりも、いくらか『ルック』という人間性が、柔らかくなっているような気がしたからだ。生意気でこまっしゃくれた部分は、あの頃のままではあるものの、相手が家族となれば、その喧々とした空気も少しは和らぐのだろう。

 「でも…」と、は言った。

 「もしかしたら………ルックは…」
 「うん? なにか言った?。」
 「ううん……何でもないよ、ナナミ。」

 は、シーナ達に挨拶をすると、小走りに大広間を出て行った。

 「ちょっと、どこいくのー!?」
 「さんに用事があるの忘れてたから…。大丈夫、すぐに戻るよ!」
 「もう、またー!? さんさんってー!」

 軍主のいなくなった大広間で、不満そうなナナミの声が炸裂した。






 「あのルックに家族、ねぇ…?」

 シーナが、ポツリと呟いた。
 それを聞いていたのは、ビクトールとフリックだ。

 「……ん? ってか、おかしくないか? あいつの”家族”っていうなら、なんで解放戦争の時に居なかったんだ? もしかして、俺が気付かなかっただけか?……あーあ! いたって分かってたら、絶対声かけたのになぁ!」

 彼のぼやきは止まらない。
 だが、ふと後ろに佇む男二人に気がついた。

 「あれ? フリックにビクトールじゃん? なんだ、生きてたのか。」

 「……お前なぁ。」
 「……はぁ。」