[風子憎土]
シュウの放った密偵から『ルカ率いる王国軍が、ミューズからサウスウィンドゥへ渡った』との知らせが入った。その数、なんと5万。
対する同盟軍は、トランからの援軍を合わせても、その半分以下の2万にしか満たない。
大広間でその報を聞いていた者達は、皆、言葉を失った。
だが、その空気を変えたのは、軍主であるその人だった。
彼は、拳を振り上げ「ルカ=ブライトを倒すチャンスは、この時しかない!」と声を張り上げた。その言葉に、シュウが策を設けた。キバを囮として先鋒に配置し、他の将達を伏兵に置いてルカを挟み撃ちにする、というものだ。
「皆、力を貸してくれ!!!」
の言葉に、大広間は、仲間たちの歓声で埋め尽くされた。
ルカとの最終決戦が、幕を開けた。
「ねぇ、そろそろかなぁ?」
「きみ……少しは、落ち着いたら?」
ルック率いる魔法兵団は、率いる本隊を守る配置についていた。
その隣では、そわそわと落ち着きなく辺りを見回している。
シュウの考えた、策。
それは、キバを仲間にしたあの街道の三叉路にてルカを打ち取るというものだった。三叉路の両脇には森があり、そこは伏兵を置くには絶好の場所なのだ。
作戦内容は、まずキバが、王国軍第一軍を率いるルカをおびき寄せる。次に、彼が三叉路を過ぎた直後、森に隠れた伏兵で敵後続を絶って彼を孤立させる。
最後に、孤立した彼を同盟軍全軍で囲み、袋だたきに・・・。
それが、全容だった。
一か八かの賭けのような気もしたが、『裏切り者であるキバの事を、ルカなら悪鬼のごとく追ってくる』。シュウは、そう断言していた。
「うわー…。」
「……来たようだね。」
ずっと先の平原から、巨大な砂煙が舞い上がっているのを目視する。そこには、密偵の報告通り、見ただけで同盟軍のそれを遥かに越える軍勢が、馬に乗ってこちらへ向かって疾走する姿。
は、心底嫌な顔をしてしまったが、隣のルックは静かにそれを見つめていた。
「でも……本当に、すごい大群だわ…。」
そう呟くと、三叉路の北の方角から、ルカ率いる白狼軍が現れた。
「ルカ=ブライト……。」
砂煙を上げて猛進してくるその軍に、まず戦慄した。『狂皇子』とあだ名されたその姿に、知らぬ内に気圧されていた。手には、じっとりと汗ばんでいる。
遠目からとはいえ、その道を阻むようにキバの部隊が現れたことも見てとれた。それを見て、ルカが声を荒げる。
「キバ!! 敵の軍門に下るだけでは飽き足らず、この俺に刃を向けるか!!!」
「なにを! 実の父をその手にかけた貴様が、何を言うか!! 笑止!!! 片腹痛いわ、小僧め!!!!!」
キバが大声で罵れば、ルカが、それに柳眉を逆立て剣を抜く。号令と共に白狼軍が前進を始めると、キバが部隊に後退の合図を出す。追って来る狂皇子からゆっくり後退しながら、キバは彼をこれでもかと罵った。
何度も何度も、それは繰り返された。
そして、ルカが三叉路を通過した。
その時。
「今だ!! 遅れを取るな!!!」
「進めぇ!! 敵部隊を分断するんだ!!!」
フリックとビクトールの部隊が、白狼軍の側面に殴り込みをかけた。奇襲をモロに受けた白狼軍は、あっという間に前後に分断される。三叉路は、同盟軍と王国軍の兵で大混戦となった。しかし、部隊を割られたルカは、それを顧みる事すらなく、狂気に満ちた瞳でキバを追いかける。
ここで、の声が、平原に響き渡った。
「全軍前進!! 狙うは、ルカ=ブライトの首のみだ!!!!!」
その号令に、今まで伏していた同盟軍全軍が動き出した。白狼軍の後ろ部隊の相手をしている2部隊以外、シュウの作戦通り、全軍がルカを囲んだ。
だが、間を置かずに、放っていた斥候が青い顔をして戻ってきた。
「た、大変です!!」
「何事だ?」
聞けば、街道の先からは、ハルモニアの部隊が迫ってきているらしい。ハルモニアの部隊が到着してしまえば、下手をすると、後ろ部隊の相手をしている自軍が挟み撃ちに合う。
シュウが眉を寄せていると、遠距離からルカの部隊を攻撃していたルックが現れた。
「やっと来たね……。」
「ルック…?」
小さな笑みを見せた彼に、が首を傾げた。
「あいつの相手は………この前も言ったように、僕がするよ。」
「な、何を言ってるんだよ、ルック。一人であんな大人数を…。」
危ない、と必死でが止めようとするも、彼は不敵に笑うだけ。
「何も、心配はいらないよ。……。」
「ここにいるし。」
彼の隣には、護衛役のが、むすっとした顔で立っていた。
二人を止める前に、ルックが、眩い光を放って彼女と共に姿を消した。
「そんで、どうすんの?」
「……どうするって?」
二人が転移でやって来たのは、ルカの部隊から遠く離れた街道。
視線の先には、ハルモニアの部隊が見える。
「なんか作戦があって、にあんなこと言ったんでしょ?」
「………きみは、そこで黙って見てなよ。」
そう言うと、彼は、部隊を率いてこちらへ向かってくる青い帽子を被った少年に目を向けた。
ハルモニア軍は、もうすぐそこまで迫っていた。
「やぁ、ササライ。きみを待っていたよ。」
「………?」
1万はいるであろうハルモニア部隊を率いる少年に、ルックが皮肉ったような笑みを見せると、ササライと呼ばれた少年は、首を傾げた。
「きみは…?」
「僕かい? 今は………同盟軍の者、とだけ言っておくよ。」
「同盟軍の? ということは、きみは敵?」
「そうさ。」
それだけ言うと、彼が右手を掲げた。
それを見て『もしや…』と、は思わず目を見開く。
「ちょっ……あんた、まさか…!」
「。きみは、下がってなよ。」
有無を言わさず、彼は詠唱を開始した。
「我が真なる風の紋章よ。大気と精霊の力を集め……。」
「な、何を…」
戸惑いの表情を見せたササライに、彼が冷たく笑う。
「ルック……?」
その表情を目にし、彼の名を小さく呟く。
おかしいと思った。彼のこんな冷徹な笑みを見るのは、初めてだったから。
なんでそんな風に笑う? 敵ではあるが、どうしてそこまで冷たい気配を醸す?
それは、憎み蔑むように。静かな怒りが灯る、その瞳。
「ちょっと待って、ルッ…!」
「大地を切り裂く刃となりて、我が敵を切り裂け!!!」
詠唱終了と同時に、それまで穏やかだった風が、轟音と共に吹き荒れた。
それまで呆気に取られて見ていたササライは、咄嗟に右手を掲げる。
「くっ………我が真なる土の紋章よ……。」
「遅いよ!!!」
ルックが拳に力を込めた。すると風は、全てを切り裂く刃となって、ハルモニア軍に襲いかかる。軍馬が嘶き、兵士達が落馬によって悲鳴を上げた。
「こ…………このままじゃ………。」
慌てたようにササライが、素早く何か呟いた。と思った直後、ハルモニア軍を眩い光が包む。その光に驚いて、咄嗟に目を閉じた。
光の消失と共に目を開けると、そこにもうハルモニアの部隊はなかった。数分にも満たない内に、あっさりと決着がついたのだ。
ルックに目を向ければ、彼は、心底つまらなさそうな顔。あの凍り付くような眼差しは、とっくに消えている。
「ちぇ、逃がしちゃったか………。」
「ルック!!!!」
なんの説明も受けずに連れて来られて、話の輪にも入れず、挙句、玩具を取り上げられた子供のような舌打ちをかましている彼に、思わず抗議の声を上げた。彼は『一体なんだ』と言いたげな表情で振り返ったが、その表情が本当に憎たらしくて、思わず握り拳を作ってしまう。
「……なに?」
「あんた……あんたッ!! 私には『紋章のことを知られない方が良い』とか言っておいて……それなのに!!」
「……それとこれとは、話が別だよ。」
「それとこれとって、違いはねーだろーがッ!! 使うなら、初めから『使う』って言っとけ、このアホ!! 巻き添えくったらどうすんだよ!?」
「はぁ…。くわなかったんだから、グダグダ言わない。さぁ、戻るよ。」
こちらは真面目に怒っているのに、彼はどこ吹く風。ついでとばかりにため息を吐いて、ハルモニア軍のいた場所を見つめた。そこには、もう人っ子一人残ってはいない。それなのに・・・・。
訝しげな視線を送っていると、彼は、それに無視を決め込んだのか静かに言った。
「まぁ、いいさ…………あいつとは、また会えるだろうからね。」
楽しみだ、と。まるでそう言うような言葉とは裏腹に、酷く冷めた顔をしている彼を見て、胸には一抹の不安がよぎる。
けれど、その理由は・・・・分からなかった。