[根源]



 あの三叉路での戦い。
 結果として言えば、同盟軍は、ルカの首を取ることが出来なかった。逃げられてしまったのだ。
 それも、ルックがササライの相手をしている間に・・・。

 達は、全軍でルカを包囲したが、あと少しというところで、ハイランドの将ユーバーに邪魔をされた挙句、彼の放った高等魔法で大打撃を受けた。
 やルックは、その場からかなり離れていた場所にいたため怪我はなかったが、前線で戦っていた者達はそうもいかず、ルカと直接刃を交えていた部隊は、その攻撃をモロに食らうことになった。

 ルカは、ユーバーと共に姿を消し、同盟軍は、本拠地に戻ることを余儀なくされた。






 本拠地へと戻った後、「部隊整理がある」と言ったルックにその場を任せ、は、ある人物の部屋へ向かっていた。
 階段を幾重にものぼり、目的の部屋の扉をたたく。キ、と音を立てて開かれた扉から顔をのぞかせたのは、クラウス。
 自分を見て首を傾げた彼に、ニコリと微笑んで見せる。

 「こんにちは、クラウスさん。」
 「あなたは、確か…殿…?」
 「急な訪問、申し訳ない。キバ将軍は、いらっしゃいますか?」
 「え? あ、はい…。」

 急な来訪者に、彼は少々驚いていたようだが、すぐにそれを引っ込めて部屋に招き入れてくれた。部屋に入ると、キバが、やはり息子同様驚いた顔。
 それもそのはずで、キバ親子と自分の間には、特に接点がない。交流など皆無だった。

 「こんにちは、キバ将軍。」
 「あ、あぁ、殿…でしたかな? どうぞ、おかけ下さい。」

 勧められた席について、まず軽く笑みを作った。

 「将軍。ご多忙のところ、申し訳ありません。」
 「殿……いったい、どうなされた?」
 「実は、少々お伺いしたい事がありまして…。」

 そう言ってから、扉の前で立っているクラウスに視線を向けた。その意図を汲み取ったのか、キバが彼に声をかける。

 「クラウス。」
 「はい…。」
 「儂は、彼女と話がある。お前は、少し席を外してくれんか?」
 「……分かりました。」

 彼は何か言いかけたが、父の視線に促されて、部屋を出て行った。
 それを背に感じながら、ホッと息をはく。

 「それで、殿。話とは?」
 「はい。実は……」

 ここで、言葉を濁した。



 キバの部屋を訪れた理由。それは、ルカに関して問うためだった。
 ルカを見たのは二度。一度目はルルノイエに忍び込んだとき。二度目は今回の戦で。
 彼を見ていて、感じたことがあった。彼の瞳の奥に宿る狂気に、ずっと引っかかりを覚えていた。

 『なぜ、彼は、都市同盟を憎むのか?』

 に、ルカの話を聞いたことがあった。彼は、その時に言っていた。

 『ルカという男は、都市同盟を憎み、この地の全てを荒野に変えようとしている。力のない者を楽しむようになぶり殺し、その死体すら辱める。』

 ルカという男が、都市同盟に並々ならぬ憎悪を宿しているということは、にも分かった。だが、何故あそこまで狂気に身を落としてしまったのか、腑に落ちない部分があった。
 そこで疑問が湧いたのだ。それを心に宿すきっかけとなったのは、いったい”何”だったのだろうかと。とても気になっていた。

 キバは、アガレスの重臣だったと聞く。腹心の部下だったと聞く。その彼なら、ルカの中にある狂気の源を知っているかもしれない。
 そう考えて、訪ねたのだ。



 「ルカ=ブライトについて、お聞きしたい。」

 そう切り出すと、彼は目を見開いた。

 「ルカの…?」
 「えぇ。ルカは、この都市同盟を憎んでいると聞きました。」
 「ふむ……。」

 彼は、視線を落として考え込むよう髭を触った。やはり知っているのだろうか?
 構わず続ける。

 「彼を見ていて、思ったんです。なぜ彼が、あれほどの狂気に囚われてしまったのかと。」
 「…………。」
 「もしご存知でしたら、是非ともお聞かせ願えませんか? 何が、彼をあれ程までに……憎しみのみに染め上げてしまったのかを。」

 その問いに彼は黙していたが、やがて視線を上げた。

 「なぜ、儂に……そのような事を?」
 「ルカを見た時に、確かに『狂っている』と思いました。でも……それと同時に、彼が哀れに思えて仕方なかったんです。」
 「哀れ、と…?」
 「…はい。考えたんです。人が人を憎む理由を。それは、心に大きな傷をつけられた時だろうと。彼は、都市同盟を憎んでいる……それなら、狂気と呼ばれるものをその身に纏うほど、都市同盟という存在によって心を深く傷つけられたのではないか。そう思いました。」
 「…………。」
 「彼をそうまでさせた”何か”を……貴方なら知っていると思い、こうして訪ねました。」

 暫く考えて、彼は、一言「そうか…。」と言った。

 「失礼は、承知の上だったのですが…。」
 「いや、お気にめさるな。」

 それから暫く、彼は無言を貫いていたが、やがて腹を決めたように語り始めた。ルカ=ブライトの過去を。狂気に見入られ我を忘れてしまうほど、心縛られる根源となった哀しいその”過去”を・・・・。






 一通り話し終えた後、キバは、に視線を向けた。見れば彼女は眉を寄せ、悲しそうな顔をしている。それに驚いたといえば嘘になる。

 「殿…?」
 「あ、申し訳ありません。」

 我に返り、目尻に浮かんだ涙を拭う女の姿が、酷く儚げにうつった。その心に見えた奥深い優しさを感じた。
 実の父である王を暗殺した皇子。都市同盟の村を次々と襲い、武器を持たぬ人々を、何千何万とその手にかけた男。狂気と憎悪に心を奪われてしまった、哀れな人間の成れの果て。

 キバは、アガレスを殺したルカを許すことが出来なかった。いかに過去に起きた出来事があの男を苦しめ、追いつめていたとしても。それでも、忠誠を誓った主君を殺したあの男を許すことなど、出来なかった。それなのに・・・・
 目の前のこの女性は、殺戮を繰り返す男の過去を聞き、涙を浮かべている。なんとも優しい娘だろう。なんと慈悲深いのだろう。全てを包み込むような、優しさに溢れたその心。
 あの男の”今”を見ながらも尚、その過去に涙を流せるとは。

 じっとその姿を見つめていると、涙を拭い、彼女は小さく微笑んだ。

 「……ありがとうございました。やっと、彼の”狂気”の原因が分かりました。」
 「うむ…。」
 「それと、無礼を承知でこうして押し掛けましたこと……お許し下さい。」
 「気に…病まれるな……。」
 「それでは、私は、これで失礼させて…」

 「父上!」

 ここでクラウスが、勢い良く扉を開けた。それにキバは、渋顔を作って嗜める。

 「クラウス、何を慌てているのだ。」
 「し、失礼しました! ですが父上、大変なことが…」
 「大変なこと? 如何様なことだ?」
 「はい…。とにかく、大広間に……。殿も…。」

 珍しく焦った顔のクラウスに促されて、席を立った。






 広間に着くと、皆すでに集まっていた。
 人の合間をすり抜けて前へ行き、へ目を向ける。その隣にリドリーが立っていたことにまず驚いた。彼は、王国軍に捕まっていたはずではなかったか。

 「なんで…?」

 声を上げると、ルックに腕を掴まれた。どうやら彼も呼ばれたらしい。

 「ルック?」
 「……シュウが、大事な話があるってさ。」

 キバとクラウスも広間へやって来たことで、殆どの将が集まった。
 それらを一通り見渡してから、シュウが口を開いた。

 「今宵……………ルカ率いる王国軍による、夜襲がある。」
 「なっ…!」
 「どういう事だ!?」

 シュウの言葉に、一斉に声が上がる。だが、彼はそれを視線で制すると、手にもっていた一枚の書状を皆に見せた。

 「それは………リドリー将軍が、ある人物から預かって来た、この書状に記されている。」
 「それって、誰から…?」
 「敵軍師……………レオン=シルバーバーグだ。」

 フリックの問いに、彼は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。彼があんな顔をするなんて珍しい。そう思っていると、それまで黙っていたが言った。

 「皆は、多分、敵の策略だと思ってるかもしれない…。でも僕は、このチャンスを逃したくない。」
 「私も……殿の意見に賛成です。」

 軍主の言葉に、シュウが頷く。は、声高らかに叫んだ。

 「これは、僕らに残された最後のチャンスだ! あの鬼神ルカを打ち取る、最後の!!」

 大広間に集った将達は、その声に拳を振り上げ、歓声を上げる。

 「これを………これを、最後の戦いにしよう!!!!!」

 オォーーーーーーーッ!!!!!!!

 拳を振り上げる者や、武器を抜き放ち掲げる者、そして声を上げる者。
 大広間は、仲間達の歓声で埋め尽くされた。



 けれど、そんな中。
 だけは、静かに床を見つめ、その場に立ち尽くしていた。
 その様子に気付いたのは、その”理由”を知るキバと、隣にいたルックだけだった。