[遠出]
ルカとの決戦を終えてから、二週間が経過した。
頭を潰せば、軍の統率を乱すのは容易い。
ルカという巨大な柱を失った王国軍は、すぐに軍をまとめてハイランドへ戻っていった。
その後は、軍の編成やら労いやら、本来ならば団長であるはずのルックがやるような事後処理に追われていた。
それらを全て終えたあとに、ようやく自由な時間を得ることが出来た。
持て余すほどに自由な時間だった。
にパーティーインを頼まれる時以外は、殆ど毎日生まれ変わった男の元へと足を運んだ。日中では、人目があったので、人々の寝静まる夜半であったり、まだ誰も起きぬ夜明け前であったり。人目を盗んでは、魔術師の塔へ戻った。
同盟軍の者たちは、彼女がいつどこへ出かけているかなど、知ることもなく───否、気付くことすらなかった。
いや・・・・・・一人だけ、それに気付いた者がいた。
「………こんな時間に、どこに行くんだい?」
「ッ!!」
陽もまだ出ぬ時間。
いつものようにベッドから起きて、簡単な身支度をすませてから、転移を使おうと右手を掲げた。しかし、それを遮る光と共に現れたのは、ルック。
なんとまぁタイミングの悪い。そう思い、内心苦笑いしながら誤摩化しの笑みを張り付けていると、彼は冷たい視線を送ってくる。
「べ、別になにも…」
「別にってことは、無いんじゃない? こんな夜も明けてない内にさ。」
「き、気にしすぎじゃない? あんまり気にし過ぎると、将来ハゲるよ…?」
「……僕が禿げるだって? ……下らないね。この僕が、禿げるわけないじゃないか。」
「わ、分からないでしょ? 将来ハゲたくないなら、部屋に戻った方が良いよ…?」
「……………。」
これは、明らかにおかしい。明らかな挙動不審だ。
そう思ったルックは、手を振り部屋から出ていこうとした彼女の腕を、がっしり掴んだ。途端、ビクッと不審に肩を引き攣らせた彼女は、それでもなんとか自分を振り切りたいようで、哀願するように請うてくる。
「ルックぅ、見逃してよーう!」
「無理だよ。だって、きみ怪し過ぎるし。それに気持ち悪いから、その甘ったれた声をどうにかしてくれない?」
「…………。」
ここで、彼女が口を閉ざした。自分の言に『確かに』とでも思い、観念したのだろうか? いや、しかし・・・・。
今まで彼女の行動を見てきた自分が、それをきっぱり否定した。思い込みは、怪我の元だ。それは、彼女と接してきた自分が、一番よく知っている。
不審に思ったので、名前を呼んでみた。そこで、やはり自分が正しいことを知った。彼女は、閉口したわけではなかった。何やらブツブツ唱えているのだ。
まさか・・・・・!!
「ッ、、きみッ……!!」
「本当マジごめん!」
そう言うや否や彼女は、掴まれていた腕を振り払うと、飛び退いた直後に転移を発動させて姿を消した。
「………まったく。」
部屋に残されたルックは、呆れ返って顔を盛大に顰めながら、ポツリ。
「まぁ……きみが、どこで誰といるのか……何となく察しはついてるけどね…。」
ルカは、あれから順調に回復していった。
最初は、何日も眠り続けていたせいか歩けばフラフラしていたが、ここ最近では、部屋を出て塔の中を歩き回ったりしている。順調過ぎるほど順調に回復していった。
だが一応、あの塔は、レックナートが所有者だ。了承を得なければならない。なので、事後報告として許可を得に行った。
彼女は、少し困った顔をしていたが、両手を合わせて頼み込んだのが功を奏したのか、致し方なしと言ってくれた。
なにより、ここはトラン領内だし、都市同盟の者が分かるはずもない。ルックの事が若干心配の種ではあったものの、彼は、きっとこの戦が終わるまでここに戻ることはないだろう。
それにこの塔は、人間の手で来ることは出来ない。トランの竜騎士団の力を借りるか、転移を使える者でしか来ることはできないのだ。
我ながら良い場所を選んだものだ、とニヤリ笑った。
そして、もともと体の作りが頑丈なのか、はたまた生命力が人間離れしているのかは定かではないが、彼は、すでに塔の外に出て剣を振り回すまでになった。
本拠地へ戻ってきたのは、昼過ぎだった。
石版の前を通ればルックに捕まると思ったので、転移で部屋に戻る。
ベッドに腰掛けて、ふぅー、と長いため息を吐き出し、寝転がって窓の外を見た。空はいつものように快晴で、今日は雲一つ見当たらない。
すると、コンコン、とノックの音。
「だれー?」
「あ、僕です。です!」
扉越しに問うと、返ってきたのは明るい声。一瞬ドキリとしたが、すぐにそれを笑顔で隠して入室を促した。
「失礼します。こんにちは、さん!」
「おー、元気? 無理してない? なんかあった?」
笑顔で招き入れ席を勧めると、彼は小さくお辞儀して座った。
「紅茶、飲む?」
「あ、いえ……。」
言いながらティーセットを取り出そうとするも、彼がそれを辞したので首を傾げていると、頬をかいて笑っている。
「その……やっと、一段落ついたので……。」
「うん…?」
「えっと…。良かったら、僕と………少し遠出しませんか?」
そう言って、彼が頬を赤く染めた。それがなんだか可愛らしく思えて、吹き出してしまう。
「わ、笑わないで下さい!」
「ぷっ、ごめんー!」
言って更に赤くなっていては、世話がない。更に笑いが込み上げたが、あまりやり過ぎると拗ねてしまうかもしれないと考え直し、悪戯っぽく肩を竦めるに留めた。
「。それって、もしかして………デートのお誘い?」
「え…!」
一段落ついたので、たぶんシュウ辺りが、彼に休暇を与えたのだろう。
あれだけの激戦を繰り広げて、ようやく勝利を掴んだのだ。少しぐらい自由な時間があってもバチは当たるまい。その限られた時間をこの少年は、自分と共に使ってくれるということか。のんびりとした時に揺られるのも、そう悪くはない。
カァッ! と音がつくほど顔を赤に染め上げた彼の肩を軽く叩いて、微笑んだ。
「そんじゃあ、行こうか!」
「は、はい!!」
「……………僕も行くよ。」
ここで、思わぬ乱入者が現れた。
声の方に目を向ければ、ルック。しかももの凄く不機嫌そうな顔で突っ立っている。
「げッ…!」
「、きみ………かなり失礼な反応だね。」
今朝方の出来事を思い出して盛大に嫌な顔をするも、彼は、お構い無しにに言った。
「それと、。」
「え、な…に…?」
場が凍るほどの瞳をもって彼に睨まれた軍主は、少々後ずさる。
「シュウから伝言だよ。『念のため、ビクトールとフリックを連れて行け』ってさ。」
「え、えぇッ!? そんな、どうして…!!」
どうやらその決定に不満があったようで、軍主殿は声を上げて抗議に入る。それにフンと鼻で笑って見せ、ルックは冷徹に笑っていた。
「いくら、ルカ=ブライトがいなくなったとしても、二人歩きは流石に危険だからじゃない?」
「そ、そんなぁ!」
抗議も虚しく、いつの間にその話を嗅ぎ付けていたのか、ナナミまでもが「お姉ちゃんも行くよー!!」と、部屋に乱入してきた。
彼は、かなり残念がっていたが、それを見てルックはもう一度鼻を鳴らした。
を筆頭に、、ルック、ナナミ、果てはビクトールとフリックまでもがお供になり、パーティーは一気に満員となった。