[英雄]
に誘われて出かけた場所は、バナーという小さな村だった。なんでも、この村から森を抜けるとトラン地方へ通じるらしい。
は、この村の存在を初めて知ったが、は、以前トラン共和国と同盟を結ぶために一度だけこの村に来たことがある、と言っていた。
渡し船を降りて橋を渡り、村を繁々眺め回す。
「へぇー。小さいけど、のどかなそうな村だねぇ。」
「はい! 僕、ここには一度しか来たことがなかったんですけど、なんだかこの雰囲気が好きで…。」
「あっ! そういえば、宿屋の裏にある釣り場を気に入ってたよね!」
答えたの言葉に、ナナミが続く。
釣り、という単語に、ふと瞳を揺らした。
「釣り……?」
「はい!」
懐かしい。そう思った。
なぜなら、釣りは、”彼”が好んでやっていたことだったから・・・・。
二人で旅をしていたあの頃を思い出す。
彼は、川辺を見つけると「食費を浮かす!」などと理由をつけては、釣りをしていた。本当はそんなことしなくても、モンスターを倒して得た金で充分やっていけたのに。
『釣りは……あんたの、唯一の趣味だもんね…。』
そして、それを隣で眺めながら、魚がかかると自分も一緒になって竿を引いていたものだ。
『魚は、あんまり好きじゃなかったけど……マグロだけは、バクバク食べてたよね。』
それは、遠い昔。
あの船にいた頃、彼は食に関して何のこだわりも無いようだった。ただ生きるためだけに食べる。その印象が強かった。何故もっと美味そうに食べないのだろう? と、その時は首を傾げたものである。
そんな彼も、マグロの味を知ってからは、それを好んでよく食べていた。「マグロ好きなんだ?」と聞いて、ムスッとした顔で「お前には関係ないだろ…。」と言われたことを、今でも覚えている。その時は、笑顔で鉄拳を振り下ろしたが・・・・。
「ふふっ…。」
「?」
思い出し笑いをしていると、ルックが不思議そうな顔。
「どうしたんだい?」
「え? あぁ、ごめん。何でもないよ。ちょっと思い出し笑い。」
「…っそ。」
いつもの素っ気ない返事が返ってくる。
と、誰かに呼ばれたので振り返ると、いつの間にかが遠くから手を振っていた。
「あれ? いつの間に…。」
「………きみが、一人でニヤけてる間にだよ。」
ちょっとだけムカついたので、とりあえず久々に拳を落としてやった。
「ッつー………覚えてなよ……。」
「あんた、それしか言えないの? 馬鹿の一つ覚えじゃん! バーカバーカ!」
殴られた頭を擦りながら恨み言を零す彼に呆れながら、手をヒラリと振ってみせる。
達のいる場所につくと、彼等の真ん中には、小さな男の子がいた。
「…だれ、その子?」
「こんにちは、お姉さん! 僕、コウっていうんだ。」
元気よく自己紹介をしてきた少年に「私はだよ、よろしくね!」と答えると、がそっと近づいた。
「さん、実はですね…。」
彼は、コショコショと耳打ちしてきた。
話によれば、宿の裏手にある釣り場にとよく似た人物がいるらしい。それなら実際に見てみたい、と足を運んだのだが、金髪の青年が邪魔をしていて入れないという。なので、このコウという少年が『山の方へ行って青年をおびき寄せるから、その間に会ってきて』と提案したのだという。
「でも…。コウ、危ないよ?」
「大丈夫だよ! 僕、この辺りの森は、自分の庭みたいなものなんだ!」
止めるのも聞かず、コウは歯を見せ笑いながら森へと駆けて行った。
それを見送ると、ナナミが「さ、行こう!」と言って、釣り場に向かう。
『…………なんだろう、この感じ。』
なんとなく、ザワリと胸に嫌なものが過った。
「お前………?」
「じゃねぇか!?」
「……、久しぶり…………変わりはないようだね。」
コウの言ったように、宿の裏手にある釣り場には、とよく似た格好の少年が釣りをしていた。と思ったら、その少年の顔をみた途端、フリックとビクトールだけでなくルックまでが、少年に声をかけた。
『……?』
その少年を見て、薄らと記憶の中にある『誰か』を見る。私は、この少年を知っている。
と呼ばれた少年は、振り返ると驚いたように目を瞬かせていたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「みんな…………久しぶり。」
そう言って、彼は釣り竿を手に立ち上がると、ビクトール達と何か話し始めた。
それを見ながら、ルックをつついて「誰?」と問てみる。
「……トランで起こった『解放戦争』を率いた、=マクドールだよ。」
「えぇっ、あのマクドールさん!?」
彼の言葉に反応を見せたのは、自分はなくだった。
いったいなんだ? そんなに彼は有名なのか? と思い、とりあえずまた聞いてみる。
「あの子、有名人なの? 、あの子のこと知ってんの?」
「なに言ってるんですかさん!? =マクドールさんといえば、解放戦争で有名ですよ!」
そういえば、何年か前にトランで戦争が起こった、とルックが言っていた気がする。しかし、この少年が、それを終戦に導いたとは・・・・。
腕を組んで首を傾げていると、が「凄い人なんですよ!」と目を輝かせていた。いつの時代でも、少年は『英雄』に憧れるものだ。
「あ…。」
と、ここでと目が合った。瞬間的に印象の良い笑みを作って見せたものの、少年は、ただ自分を上から下まで眺めている。
「…?」
その行動に、少し困惑してしまった。どちら様? といった感じで見つめられるなら話は分かるのだが、目の前の少年からは、そういった空気が感じられない。なにか考え事でもしているのか、ただ自分を見つめている。
と、それを見ていたビクトールが、茶化すように笑った。
「お? どうした、? に見とれてんのかぁ?」
「え? あっ…。す、すみません…。」
「あー、いえいえ…。」
その言葉で我に返ったのか、彼が頭を下げた。「気にしないで。」と返すと、彼は急に真面目な顔つきになり、伺うように問うてくる。
「……さん……ですか…?」
「え? うん、そうだけど…。」
今しがた、ビクトールが自分の名を口にしたはずだ。それなのに、繰り返すよう問うてくる。えも言われぬ空気、だった。酷く居心地の悪い空気だった。
「ところで。お前、どうしてこんな所に…」
フリックが、そう言いかけた時だった。
「坊ちゃん!! 大変です!!!」
悲鳴にも似た声が、宿の方からかかった。
一斉に皆でそちらへ振り返ると、先ほど行く手を邪魔していた金髪の青年が、血相を変えて駆けてくる。坊ちゃんとは、のことだろう。
は、息を乱しながら膝に手をつき呼吸を整えている青年を宥めるように、落ち着いた声で問うた。
「グレミオ……どうしたんだ…?」
「そ、それが…。コウくんが、山賊に……!!」
「なっ…!?」
グレミオという青年の言葉に声を上げたのは、だ。
さっきの嫌な予感が当たってしまったかと考えて、は、下唇を噛む。
すると、が釣り竿をその場に置き、代わりに傍らにあった棍を手に取って歩き出した。
「坊ちゃん…!」
「……行くぞ、グレミオ…。」
その背に、がすかさず声をかけた。
「ま、待って下さい! 僕も行きます!!」
「え、ですが…。」
「コウが山賊にさらわれたのは、もとはと言えば僕の責任です! だから……!」
の言葉に、は振り返った。
「くん……だよね…。きみさえ良ければ……力を貸してくれないか…?」
「は、はい!!」
憧れの英雄に言葉をかけられは体を緊張させたが、どうやら、やる気が全身に漲ったようだ。
「さーてと。いっちょやるかぁ!」
「おい、あまり力み過ぎるなよ。」
「へっ、分かってるって!!」
フリックとビクトールが、軽口をたたいて歩き出す。
「! 山賊退治、頑張ろうね!」
「うん!」
「……僕は、あまり気乗りしないよ。」
その後ろを、ナナミ、、ルックが続く。
「………………。」
そんな中、は、無言だった。中々その場から動けずにいた。
胸に沸き上がってくる吐きそうなザワつきに、眉を寄せる。
けれど、ここで立ち止まるわけにはいかないと考えて、足取りが重いながら彼らの後を追った。