[出会いの街で]
コウは、グレイモスの毒を吸っていた。
グレイモスが持つ猛毒の鱗粉は、それを吸引した者の体を、徐々に蝕んでいく。次第に顔色が青くなっていく少年を見て、どうするかと皆が思案していると、グレミオが言った。
「グレッグミンスターには、リュウカン先生がいるはずです!」
一行は、コウを連れて、大至急グレッグミンスターへ向かった。
さらに栄し、美しき黄金の都。
グレッグミンスターに到着すると、グレミオが、コウを抱いて城に入っていった。
は、何やら入りたくなさそうに顔を曇らせていたが、ビクトールに「一度ぐらい顔出しておけや。」と言われて、苦笑混じりに頷くと、その後を追った。
ら同盟軍一行は、その間に街を散策することにした。フリックとビクトールは、酒場に行くといって宿へ行った。
その場に残されたは、チラリとを盗み見た。
彼女の顔色は、とても良いとは言えない。
明らかに、おかしいと思った。森の中からここへ来るまでの間、彼女は一言も口を開かなかったのだ。話しかけてもずっと上の空で、何を言っても生返事。彼女が全く口を開かないなんて、非常に珍しいことだ。
いつもなら彼女は、大抵誰かと話をしながら笑っている。それはルックであったり、ナナミであったり、レオナやアンネリーだったり。色々な人々と交流を持っては、朗らかに笑っていた。
しかし、あの森でグレイモスを倒した後から、彼女は、ずっと俯いたまま。近寄ることすら許されない気配を纏っていた。
どうやら、彼女と一番近い間柄のルックもそう感じていたらしい。だが彼は、下手にそれを問いただすこともなく、ただ黙って彼女を静観していた。
いったい、なにがあったんだろう?
かち合うことのない黒い瞳を見つめていると、そんなことを知ってか知らずか、ナナミが声をかけてきた。
「ねぇ、! とりあえず、皆でご飯でも食べに行こうよ!」
「え、あ……うん。そうだね。」
はしゃぐナナミに笑顔を返していると、ここで、ようやく彼女が口を開いた。
「あー、ごめん。私はいいや…。」
「ちゃん?」
彼女は「ちょっと考えたいことがあるからさ…。」とだけ言うと、逃げるようにその場から立ち去った。
「さん…。」
「ねぇ、ルックくん。ちゃん、どうしちゃったの?」
覇気のない彼女の背を見つめながら、姉弟が心配そうに問う。だが問われた本人は、眉を寄せながら不快そうに言った。
「そんなの…………僕にだって、分かるはずないだろ……。」
それは、どこか怒りを抑えているようにも感じられた。
一人、早足で街を歩いた。人の合間をすり抜けるよう、静かに。
行きたい場所があった。行かなくてはならない場所があった。
大通りを行き交う人の波をすり抜け、とある角を曲がる。そして、そこから見えた大きな門をくぐりぬけた。すぐ先にある階段を下りて森の入り口につくと、そこで足を止める。
グレッグミンスターの正門前。
喧噪は、もう届かない。
そこに一人静かに座り込むと、ふと想いが口をついた。
「……………テッド………。」
愛しい人の名を呼び、瞳を閉じて、たった一つの想いに身を馳せた。
この場所は、また彼と出会うために約束した場所。
この時代に戻り、早2年。
その間、彼が見つかることは無かった。紋章同士の繋がりが消えてしまっていた所為だ。それでも諦めることはせず、その2年を、彼を探すためだけに費やした。
それでも、彼は、見つからなかった。
同盟軍に身を置き始めてからも、ずっと捜していた。約束を交わしたあの場所で。
年明けから数えて、3、6、9、12の満月の夜には、必ずそこで彼を待ち続けた。ずっと、夜通し待ち続けた。
それでも、彼は、やってこなかった。
今いるこの場所。ここも、約束された二つの内の一つ。もちろんその満月の夜の間中、何度も二つの場所を往復した。ずっと、ずっと彼を待っていた。ずっと・・・・
でも、それでも・・・・・・・彼は、現れなかった。
所持者が変わることで、元の所持者の居場所が分からなくなる。そう言われていた。それで希望が湧いた。だから諦めなかった。
彼は、生きている。
けれど・・・・。
という少年に宿っていた紋章が、目に焼き付いて離れなかった。
ねぇ、待って。
どうして、きみがそれを持っているの?
それは、彼が・・・・・・・テッドが持っていた『物』じゃないの?
どうして、きみが、それを? 生と死を司る紋章、ソウルイーターを・・・・
それなら、彼は、今どこにいるの?
きみは、彼から”それ”を受け継いだの?
ソウルイーターを持たないのなら、もう彼は『あの女』から逃げなくて良い。
あの女は、どうなったの? 死んだの? それとも、まだあの紋章を狙っているの?
だとしたら、きみが狙われているの?
しかし、という少年を見ていると、逃亡者という雰囲気でもない。
それなら、あの女は、死んだ? それなら、それなら・・・・
もう、逃げる人生を送らなくていい。彼は、逃げる必要すらないじゃないか。
それなら、どうして・・・・彼はこの場所に来てくれないの?
教えてよ・・・・誰か・・・・・・教えて・・・・。
目の前が光った。転移の光だ。
そこから現れたのは、ルック。
彼は、不機嫌な顔を隠そうともせずぶっきらぼうに言った。
「……こんな所にいたんだね。」
「ん。ちょっとね…。」
目を伏せて、それ以上の言葉を拒否した。今は関わらないでほしかった。何も言わないでほしかった。一人にして欲しいと、そう願った。
その願いを一蹴するように、手を取られた。
「ルッ…」
「……コウは、無事だってさ。さっきが戻ってきて、そう言ってた。」
「そっか、良かった…。」
「それから……。今日は、の家に泊まることになったよ。」
「え?」
思わず、顔を上げた。しかし・・・
自分の中の疑問を解く鍵が、他でもない彼だろうということも、どこかで分かっていた。
陽は、すでに傾きはじめ、すぐにも夜がやってくる。
「それに……が、誰かさんに話があるような顔してたからね。」
「……………。」
彼に強引に手を引かれ、転移した。